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【404】窮すれば通ず

 廃病院の三階、かつてナースステーションだった空間。

 カーバンクルは錆びついたカウンターの裏に身を潜めていた。


 割れた窓から差し込む月光と人工灯が、床に散乱するカルテやガラス片を白く浮き上がらせている。

 彼女は膝を抱え、浅く、しかし一定のリズムで呼吸を繰り返していた。


 階下から軍靴の足音が響く。

 一人や二人ではない。統制された複数の部隊が、フロアを虱潰しに検索している音だ。


「たくさんいるなぁ」


 ここに来るまでに、既に四人を無力化した。

 階段の踊り場で一人、廊下で二人、旧手術室で一人。

 いずれも音を立てず、悲鳴すら上げさせずに処理した。


 だが、敵の数は減るどころか増えている。

 次から次へと新たな殺意が送り込まれてくる。


 カーバンクルは左耳のイヤーカフに触れた。


「……ショウ」

『おう、生きてるか!? バイタルが少し乱れてるぞ』


 ショウの声には、いつもの軽口の裏に焦燥が混じっていた。


「四人やった。でもキリがない。……ちょっと疲れちゃった」

『マジか。アンタが疲れるなんて、よっぽどだな』

「今日だけでもう20人くらいやってるからね……」


 インカムの向こうで、激しいタイピング音が響き続けている。


『連中の通信を傍受してるが、外周にはまだ一個小隊以上が控えてる。重装防護服を着込んだ本格的な突入部隊も到着したみたいだ。正面突破は無理だぞ』

「わかってる」


 カーバンクルは目を閉じ、呼吸を整える。

 ほとんど肉体改造していない以上、疲労という生理現象からは逃れられない。


 廊下から新たな足音が近づいてくる。

 三人一組。連携の取れたプロの動きだ。


「……やれやれ」


 カーバンクルは目を開けた。赤い義眼が暗闇で鋭く光る。

 足音がカウンターの前を通過した瞬間、彼女は弾かれたように飛び出した。


「!?」

「で、出た! 出たぞッ」


 先頭の男の背後へ回り込み、延髄へ手刀を一閃。

 崩れ落ちる体を支えにするように回転し、二人目の膝関節を蹴り砕く。

 三人目が銃口を向けようとした時には、既に懐に入り込み、掌底で顎をカチ上げた。


 ドサリ。


 三人が重なるように倒れる。

 所要時間5.8秒。


 だが、カーバンクルの肩は上下していた。

 動きにキレがない。コンマ数秒の遅れが、いずれ致命傷になる。


 倒れた兵士の腰から通信機を引き抜こうとしたが、画面は既にブラックアウトしていた。


「……また切れた」


 通信機を床に放り投げる。


「ショウ。敵の通信機、生体反応が消えるとすぐロックされる。奪っても使えない」

『だろうな。やられた奴のIDが悪用されるのを防ぐためのプロテクトだ。指揮官は相当慎重で、臆病な野郎だぜ』


 カーバンクルは再びカウンターの陰に戻り、割れた窓から外を覗き見た。

 廃病院を取り囲むように、黒い影が無数に展開している。

 完全に包囲されていた。


「このままジリ貧になれば……負けるかも」

『ああ。アンタは化け物だが、電池切れはある。……どうする?』


 沈黙が落ちた。

 カーバンクルは思考を加速させる。


 逃げ道はない。同じ場所で戦い続ければ限界が来る。

 ならば、はやくゴールを決めるしかない。


「……ショウ。アイデアある?」


 そのとき珍しく、彼女から助けを求めた。

 ショウは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに不敵な声色に戻った。


『……あるぜ。とびきり危険で、イカしたやつがな』


 キーボードを叩く音がさらに速くなる。


『いいか、カーバンクル。指揮官は今、部下からのリアルタイム情報を頼りに命令を出してる。だが、倒れた兵士の通信は即座にカットしてる。これが奴の弱点だ』

「弱点?」

『ああ。指揮官は“誰が生きてて、誰が死んだか”をバイタルを見て、手動で通信を切ってる。ここでもし、短時間に大量のバイタルがロストしたらどうなる?』


 カーバンクルは思考した。

 一瞬で答えが出た。


「……通信機の切断が追いつかなくなる?」

『正解。そして、その瞬間にだけ発生するセキュリティホールがある。そこを突けば、指揮車の位置を逆探知できる』


 ショウの声が低くなる。


『これから侵入してくる敵を、しばらく泳がせるんだ。五人、いや十人くらい。建物内に引き込んで、十分に散開させるんだ』

「……リスクが高そうだけど」

『わかってる。十人のプロに囲まれることになる。だがそれを一気に、数秒以内に殲滅してくれれば……敵の生きた通信機を手に入れられる可能性が高い』


 カーバンクルは赤い瞳を細めた。

 十人を同時に相手にし、かつ瞬殺する。

 正気の沙汰ではない。だが、他に道はない。


「……やる」

『よし、コードを送る。倒した敵の通信機をこのコードで強制接続してくれ。一瞬でも繋がれば、あとは俺がこじ開ける』


端末が震え、複雑なハッキング・プログラムが転送されてきた。


「受け取った」

『作戦開始だ。……死ぬなよ、相棒』


 カーバンクルは端末を仕舞い、廊下へと姿を現した。

 あえて足音を立て、気配を撒き散らす。

 「獲物はここにいる」と教えるように。


「! 足音っ!」

「こっちだ!!」


 階下から重い足音が近づいてくる。

 防護スーツを着込んだ重装部隊だ。

 カーバンクルは音もなく移動し、廊下の奥、袋小路になっている広間へと彼らを誘導し始めた。


 一人、二人、三人……。

 影のように視界を横切り、撃たせずに逃げる。

 敵は無線で仲間を呼び寄せ、包囲網を狭めてくる。


『四人通過。……まだだ、まだ足りない』


 ショウの声が緊張で張り詰める。

 カーバンクルは広間の梁の上に張り付き、眼下の獲物を数えた。


 五人、六人……九人。

 全員が武装し、殺気立っている。


『合計九人。……上等だ』


 ショウが息を飲む音が聞こえた。

 九人の重装兵が広間に集結しつつある。彼らはまだ気づいていない。

 自分たちが狩っているのではなく、一つの檻に集められた羊であることを。


「……始めようか」


 カーバンクルは梁から音もなく舞い降りる。

 赤い義眼が、最大出力で輝いた。


「――戦闘モード、起動」


 脳内で時間が引き伸ばされる。

 九人の心拍、視線、銃口の向き。

 全てが数値化され、最適な破壊のルートが光って見えた。


「……っ!?」


 最初に反応したのは、直下にいた階段付近の兵士だった。

 気配に気づき、顔を上げた瞬間——カーバンクルの両足が、そのヘルメットごと頭部を挟み込んでいた。


 ガシャッ!


 着地の衝撃と体重を乗せた回転。

 頸椎をへし折り、男は声もなく崩れ落ちる。


「なっ!? て、敵――」


 カーバンクルはその死体を足場に再跳躍。

 隣の兵士の首に両脚を絡ませ、遠心力で投げ飛ばした。


「敵襲ッ! 上だ!」


 奥の三人組が叫び、サブマシンガンの銃口を跳ね上げる。

 カーバンクルは投げ飛ばした兵士を肉の盾にし、弾丸の雨を突破した。


 ダダダダッ!

 銃声とともに、兵士の血しぶきが舞う。


 火花が散る中、カーバンクルは床を滑るように接近。

 先頭の男の足払いをかけ、転倒する隙に喉を踏み砕く。


「ぐおっ、がフッ」


 二人目の膝関節を裏から蹴り抜き、悲鳴を上げる間もなく側頭部に肘を叩き込む。

 三人目がバックステップで距離を取ろうとしたが、カーバンクルの回し蹴りがその顎を捉え、脳を揺らした。


 五人が沈黙。経過時間、4.2秒。


「畜生ッ! 囲め! 撃て!」


 最深部の部屋から、残り四人が飛び出してくる。


 今度は連携が取れている。

 二人が制圧射撃を行い、残り二人が左右から挟撃ルートを取る。

 逃げ場はない。


(……けど、計算通り)


 カーバンクルは壁を蹴り、三角飛びの要領で天井近くまで跳ね上がった。

 射線が交錯し、敵同士の弾丸がお互いをかすめる。


「ッ!? や、やめろ、撃つなッ」


 着地と同時に右から来た兵士の腕を取り、関節を極めて投げ飛ばす。

 その体が左の兵士に激突し、二人がもつれ合って倒れる。


 残り二人。

 カーバンクルは低い姿勢で懐に潜り込んだ。

 一人の腹部に掌底を叩き込み、内臓を破裂させる。


「ぎぃああああ――!」


 最後の一人が、至近距離から麻酔銃を引き絞った。


 バスッ。


 カーバンクルの右手、人差し指と中指の間に熱い衝撃が走る。

 指の間で、弾頭が回転していた。


「……っ!? あ、ありえない……弾を、止め――」

「返すよ」

「ギッ……!!」


 投げ返された麻酔針の弾が、防護服のバイザーを貫いて目に突き刺さる。

 男が倒れ、廊下に重苦しい静寂が戻った。


 九人、全滅。

 所要時間、17.8秒。


「ふぅ……はぁ……」


 カーバンクルは膝をつき、荒い息を吐いた。


「……九人、終わった」

『聞こえてたぜ。派手にやったな』


 ショウの声がインカムに響く。


『けど、急げ。一秒も無駄にするな。通信機を回収しろ!』


 カーバンクルは立ち上がり、倒れた兵士たちの懐を探った。

 まだ画面が点灯している端末を次々と引き抜く。

 一つ、二つ、三つ……。


 四つ目を回収した瞬間、手の中の端末の一つがプツリと消灯した。


「一個切れた」

『構わない、想定内だ! 残りでいい、コードを繋げ!』


 カーバンクルはポケットから自分の端末を取り出し、ショウから送られてきたハッキング・コードを表示させる。

 それを兵士の通信機にかざし、強制同期させる。


「一個目、接続」

『受信した! 次!』


 二個目、三個目。

 作業を進める間にも、床に転がる通信機が次々とブラックアウトしていく。


 指揮官が異常に気づき、遠隔で回線を遮断し始めたのだ。

 時間との勝負。


「八個目、接続……あ、消えた」


 手の中で端末が沈黙する。

 残りはあと二個。


「あと二個」

『十分だ! その二個を維持しろ! 逆探知開始した!』


 ショウの打鍵音が、マシンガンのように加速する。

 カーバンクルは残る二つの通信機を両手で握り、画面が消えないことを祈った。


 一秒、二秒、三秒……。


 インジケーターが赤から緑へ変わる。


『……捕まえたぜ!』


 ショウが叫んだ瞬間、手の中の通信機も完全に沈黙した。

 だが、もう遅い。


『セキュリティ突破。通信ログの逆探知に成功!

 ……ビンゴだ。指揮車の位置を特定したぞ!』


 カーバンクルの目の前にホログラムの地図が浮かび、赤いマーカーが表示される。

 ここから南西へ820メートル。路地裏に潜む移動指揮車。


『配送業者に偽装した大型バンだ。ナンバーも割れた。

 ……へへっ、随分と安全な特等席で高見の見物してやがる』


 カーバンクルは立ち上がった。軽く首を回す。


「……行こう」

『おう。指揮系統は大混乱だ。今なら包囲網もザルになってるはずだ。……やれるか、相棒?』

「もちろん」


 カーバンクルはニヤリと笑うと、三階の窓ガラスを蹴り破った。


 夜風と共に虚空へ身を躍らせる。

 隣のビルの屋上へ着地し、そのまま疾走を開始した。


 背後で怒号と銃声が響くが、もう誰も彼女の背中を捉えることはできない。


 狩られる側から、狩る側へ。形勢は逆転した。

珍しく笑っているカーバンクルさんですが、難しめのミッション、共闘感とかでちょっとテンションが上がっているものと思われます

意外とそういうのも好きなのだ

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