第8話 食事
門に手をかけて、階段を駆け上った。玄関の前のセメントで埋められた三和土は、彼があの時足を落としたところであった。その場所に立って、鍵を差し込んだ。大学から家に帰ると、祖母は先に食事を済ませているのだが、彼の食事の世話をするのに、リビングにいて、テレビでも見て待っているのである。
「最近テレビもよく見えなくなってきちゃったわねえ」
祖母は老眼鏡を上げ下げして、見え方を確かめているようだった。
祖母は戦争を経験した世代である。そのころの食事はさもしいものであっただろう。身体は背の高い子供ほどしかなく、背中で背筋は折れ曲がって顔を前に突き出したような姿勢になる。
「祖母さんは普段、なにかすることはないの?」
「わたし?」
祖母は実の孫と会話ができることが嬉しいのか少し声が高くなる。
「七宝焼の教室もなんだか遠いように感じてきちゃってねえ。最近行くのが億劫なのよ」
祖母はそう言いながら、さてと、と言い立ち上がった。そして祖母は台所に向かった。
「本があるけどそれも読んだりしない?」
幸助は何をしようとするのにもできる場所がなく、祖母の部屋の本棚をただ眺めていた。
「疲れちゃうのよねえ、もう目が悪くて。アンタ若い時にたくさん本は読みなさいよ。そういうことができるのは今だけなんだから――」
「ふうん」
コートをソファアに脱ぎすててから、祖母の用意する食事を目にした。
「アンタ肉好きでしょう?」
彼はまた焼肉だと思っていた。歳をとると料理のレパートリーが減っていって毎日同じような食事を作るようになってしまうというけれど、もうだいぶん前から生姜焼きだの、すき焼きだの焼肉だのと、豪華なのは良いが、同じような物を食わされている気がしていた。調理も火加減が強すぎて何を作りたいのかもわかっていないようだ。
「それじゃあ焦げちゃうよ」
「ええ、そうかしら?」
幸助は何か違和感を感じながらも祖母を席に着かせて冷蔵庫から適当な野菜を探してざっくりと切り刻んで一緒に炒めた。祖母ももう身体も頭もうまく働かない歳になった。以前にもまして身体は皺だらけになった。最近は腹も妙に膨れて、足もびっこを引くくらい悪く歩きづらそうだ。
「ここに来た時は、まだ私も、目が見えたりして、いろいろできたのにねえ――。だけどアンタはこっちに引っ越してだいぶ元気になったわよねえ」
それはもう15年も前の話だ。けれども確かに祖母とはそのころ話をするくらいしか共通の話はないように思われた。幸助はそれだけの年月、祖母とかかわらずに生きてきたような気もしていた。