第6話 悲しい歌
その日、帰りも亜子さんと一緒になった。
「ねえ、お兄さん。お兄さんは人を好きになると、どうなるの」
それは突然の質問だった。
「ん。そうですねえ、」
そう言ってからしばらく考えた。亜子さんは隣で自転車を押しながら幸助が応えるのを待っていた。出来るならばあまり答えたくない質問だった。然し彼女は黙って幸助が応えるのを待っているようだった。彼は人の話の聞ける人なのだと思った。
しかし、そう感心したのと共に彼は彼女の意志が強いのを感じとって少しばかり驚いた。実際のところは何がどうして彼女から幸助に対して話しかけられているのか彼には分からなかった。彼はもっと、底知れない不気味な何かを彼女から感じていたかも知れない。女の人は時折、不気味に閉口すると知っていたが、快活な彼女がこうして黙して平静としていることは彼にとって恐ろしかった。
幸助は少しどもり気味になって話した。
「嫌だな、何か。人のことを好きに思う時は、悲しい歌ばかり聞いてます」
「え、どうして? 私なんかうきうきするけど。なんか、楽しくならない?」
亜子さんは俄然強く応えてきた。幸助はこうなれば正直なところの話しか出来ないような気がした。
「いや、僕はいま、そういうことに責任を持てないんですよ」
「そうか」
亜子さんはずっと真っ直ぐ先を見ていた。しかし彼にはその表情からは何も読み取れなかった。
「だから、そういうの考えると、悲しい歌ばかり聞きたくなりますね」
「どんな歌なの?」
幸助は苦しい顔をして亜子さんを見た。
亜子さんは幸助のその顔を見て少し目を泳がせ気味になった。
「私、何でどうしてばっかり言って、いつも駄目だって思うんだけど、また言ってる」
――この人は何を求めているのだろうか。幸助はそう思った。
それは亜子さん自身にも分からないことだったのではないだろうか。
「――でも良いんじゃないですか。そういうの嫌いではないですよ。」
彼は沈黙を絶って話をつなぐのに必死であった。
「――でも教えてはくれないんでしょう?」
「分かってるじゃないですか」