炎の聖剣
その時背後で気配を感じた。後ろを振り向くとそこにはアンジェが何やら訝しんだ表情で俺とルシアを見ている。
「お二人共、随分と仲良くなりましたね。一晩川沿いでお喋りをして打ち解けたみたいで何よりです」
「どうしてそれを!?」
「昨晩アラタ様が私とルシアのネグリジェ姿に興奮していたので、いつその時が来るかと待機していたのですが……案の定アラタ様は手を出さず外に行ってしまい、ルシアも追って行ったのでもしかしたらと思って観察していたんです」
あの甘酸っぱい雰囲気漂う状況を見られていたことに俺は浮気現場を見られたかのようなうしろめたさを感じた。
しどろもどろな言い訳を考えていたらアンジェらしいコメントがやって来た。
「二人共いい雰囲気だったので、事が始まったら私もすぐに参加できるようにずっと見守っていたのですが……期待した展開にはならなかったので残念でした。それでちょっと寝不足なんです」
アンジェが可愛らしい欠伸をして寝不足気味を主張する。なんかもうここまで来ると、彼女の性欲に対して敬意を持ってしまう。
「アンジェってそういうとこぶれないね」
「痛み入ります」
「アンジェちゃん、それ褒めてないと思うよ……」
こんなしょうもない話をしながら先に進んで行くと開けた場所に出た。森の中に突如出現した草原、その中心に大木が立っている。
ピクニックをするのなら丁度いい場所だろう。
そんな事を考えているとルシアが難しい顔をしている事に気が付いた。
「どうしたの、何か気になる事でもあるのかい?」
「……どうもおかしいんです。この一帯は草原であることには間違いないんですけど、あのような木は無かったはずなんです」
ルシアが草原のど真ん中に堂々と鎮座している大木を指差して理由を教えてくれる。
「アラタ様、こういう時のルシアの記憶力は確かです。恐らくあの木は元々あそこには無かったということでしょう」
「――だとすると木の姿をした魔物トレントの可能性があるか? でもあいつは他の木に紛れて近づいて来た相手を襲う性質があったよね。そう考えるとトレントじゃないって事か」
俺たちが草原の大木を怪しく思っていた時、突然地震が発生した。まるでこの森自体が震えているような感じだ。
体勢を低くして揺れが治まるのを待っていると周囲の地面から次々に木の根が出て来るのが見えた。
その根は全てがある場所に繋がっている。例の怪しさバリバリの大木だ。木の根が脈打つと大木に異変が起きる。
地中から伸びた無数の植物のツタが大木を覆うとワニのような巨大な口を持った頭部が形成される。目にあたる部分には眼球は無く空虚な丸い窪みがあるだけだ。
頭部の周囲には血のように赤い花がいくつも咲き乱れおどろおどろしい雰囲気を際立たせている。
そいつはトレントなんかよりもずっと大きく、異常な魔力とプレッシャーを俺たちに向けて来た。
「何だこいつは!?」
「これは……イビルプラントです! 本来ならこのような初級のダンジョンにいるような魔物ではないはず。手練れの魔闘士がパーティを組んで初めて対処できる危険な魔物です。今すぐ逃げましょう!」
「私もルシアと同じ考えです。今の私たちでは到底太刀打ちできる相手ではありません。一度森から出て冒険者ギルドに討伐依頼を――」
アンジェが言いかけた時、彼女の脚にイビルプラントのツタが巻き付き本体の近くまで連れ去って行く。
それは一瞬の出来事で俺もルシアも反応することが出来なかった。
連れ去られたアンジェの身体に次々にツタが触手のように絡みつき自由を奪ってしまう。
「あうっ!!」
身体が締め付けられる痛みでアンジェが悲鳴を上げる。魔術を使うことも出来ない状況だ。
「アンジェ、待ってろ今助ける!!」
イビルプラントの触手を躱しながら可能な限り接近し触手に向けて白零を放つ。触手は緑色の体液を吹き出しながら千切れて吹き飛んだ。
「よし! これを続けていけば――え!?」
地中から新しい触手が出現し再びアンジェに絡み付いてしまう。それどころか段々とその数は増えていった。
「アンジェちゃん! 炎系統の魔術なら……ファイアーボール!」
ルシアが炎系魔術であるファイアーボールを連射して触手を燃やしていくが結果は同じだった。
白い光弾と無数の火の玉を連射しても大量の植物のツタで構成された壁を崩し切ること出来ず、その間にもアンジェの身体は触手に覆われていく。
気が付けば草原の至る所から触手が出現し退路が塞がれつつあった。
「アラタ様、逃げてください。今ならまだ間に合います……ルシアと一緒にイビルプラントのことを町に伝えてください」
苦しいはずなのにアンジェは声を振り絞って俺たちに逃げろと言った。それが意味する事は明白だ。
それはアンジェを見殺しにする事を意味している。ルシアもそれを瞬時に理解しどうするべきか悩んでいる様子だ。
でも俺の考えは最初から決まっている。
「アンジェ……俺は逃げないよ。こんな所に君を一人置いて逃げるくらいならここで一緒に死ぬ。俺たちは一蓮托生だ。君のマスターになると決めた時から覚悟は出来てる。――でも安心しろ、俺が必ず助けるからそこで待っていてくれ!」
「……はい、分かりました。待っています……あなたが来てくれるのを」
アンジェの目から涙がこぼれ落ちるのが見えた。俺は絶対に諦めない。最後の最後まで足掻いてやる。
――その時だった。突然どこからかオレンジ色の光が発生しこの草原全体を照らし出した。
まるで朝日の陽光のように強くそれでいて優しい光。その光源に目を向けるとそこにはルシアがいた。
彼女の胸元に山吹色の紋章が浮かんでいる。それはオークとの戦いの中でアンジェが見せてくれた現象と同じだった。
「これは――!」
「アラタさん、私も同じです。私もアンジェちゃんを助けたい。見殺しになんて出来ない。一緒に……一緒にアンジェちゃんを助けましょう! そのために私をあなたの剣にしてください!!」
ルシアの目は真剣だ。繋がっていなくてもその強い気持ちは痛いほどに分かる。俺たちのアンジェを助けたいという意志は同じなんだ。
「分かった。俺に力を貸してくれ、ルシア! マテリアライズ――ブレイズキャリバーーーーーー!!!」
俺が叫ぶとルシアの身体が炎に包まれ一本の剣へと変身した。
退魔の紋章が刻まれた銀色の両刃の刀身、赤を基調としながら金色の装飾が施された鍔、その鍔の中心には紋章と同じ山吹色のエナジストが輝いている。
「行くよ、ルシア!」
『了解です、マスター!』
俺たちの周囲にいる触手が全方位から一斉に向かってくる。逃げ場がない以上迎撃する必要がある。
ブレイズキャリバーの剣先を地面に突き刺し魔法陣を展開する。
『一気に焼き尽くします!』
「分かった! 魔力注入完了――バーンウェイブ!!」
魔法陣から灼熱の波が全方位に放たれ、その波に触れた触手が一斉に燃えていった。地中に潜んでいた触手予備軍も同時に消し炭にしたので追撃が来るまで猶予がある。
その隙にアンジェを助ける!
「ルシア、ブレイズエッジを使うよ!」
『はい!』
魔力をブレイズキャリバーに集中すると山吹色のエナジストの輝きが増し刀身が炎の衣を纏った。
炎の剣で迫りくる触手を焼き斬りながら全速で駆け抜ける。捌ききれなかったものが俺の頬や脇腹、脚をかすめ傷口から血が流れていく。
そんなダメージには目もくれず、ある程度触手の数を減らすと空中で触手に覆われているアンジェに向けて跳んだ。




