白の庭園
『いい、南の館には決して入ってはいけませんよ』
小さいころからお母様に言われて育った。決して行ってはいけないと……。
でも、もう限界だった。夜に聞こえるのは鞭のしなる音、振り上げられるのは愛おしんでくれた手――ねぇ、なんでお母様は僕を叩くの? 父様が嫌いだから?
僕が父様に似ているから母様は自分を嫌うのだろうか? 裂けて血が滲んだ腕を抑える。
苦痛にゆがみそうになる顔を無理やり微笑ませた。
「南の館ってどこにあるの?」
南の館――
そこの部屋にはたくさんの噂があって、曰く怪物がすんでいる。夜な夜な動き出す遺体が安置してある。悪霊がとりついている。など不気味なものが多い。
でも、それでこそ僕――レオンが望むものだった。
「いいえ、存じません」
先程、殴られたせいで痛む頬を抑える。
誰も教えてくれないのだったら自分で行くしかない。
そこで、全部終わらせるのだ。
夢も希望も未来も全て、黙って叩かれ、暴力に耐えても母様は自分を見ないのだから、あの人が見ているのは僕の向こうにいる父様だ。
ふらふらと歩いて、もうどれくらい時間がたったかわからなくなった頃、銀色の柵が見えた。
この屋敷は良くも悪くも広すぎる。
そっと柵に手を添えると、ピリッとした痛みが走った。どうやらここから先は結界かなにかで守られているらしい。
はいれない。
それを理解すると共に目の前が真っ暗になる。ぼんやりと顔をあげて、思わず息をのんだ。
綺麗。そんな言葉しか思い浮かばない。
白薔薇の庭園の中には自分と同じ年頃の子供が二人、寄り添っていて、その容姿もだが、何より少女の浮かべる笑顔に魅せられた。
触れたら溶けてしまいそうに儚げな色の少女に、逆に触れたら傷つきそうな、毒を思わせる少年。感じるものは相反しているのに、二人はまるで一緒にいるのが当たり前みたいでーー空気が溶けて混ざり合う。
一瞬、自分の状況も忘れて魅入っていると肩をたたかれて振り返った。
誰だろうと振り返ると数人の男の使用人がいた。
「若様は南の館に行きたいんですよね」
優しそうな顔、目の中には暗い欲望が渦巻いている。
「うん……」
痛いんだ。もう嫌なんだ。
誰か――誰でも良い。
僕を殺して、そして助けて、
幸せそうにほほ笑む少女を見て、何かが切れたのだろうか、我慢していたものが溢れだして、レオンは意識を失った。
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白い花を数本切って束にすると顔を上げる。
見えるのは青い空、感じるのは澄んだ空気。
覚えている限り堂々と出たのは初めて――なのにフェルニアの心は全く動かなかった。
「部屋に戻ろう」
「ティ……」
淡いパステルグリーンのドレスをひるがえすと後ろで声が上がって足を止めた。
「なに?」
可愛らしく首を傾げると、どことなく落ち込んだ様子のアルトレルの姿が目に入る。
「なに?」
もう一度聞くと少し澱んだ赤い目があげられ眉を顰める。
アルトレルの目はこんな色ではなかったはずだ。
三日前の夜からなにかおかしい。
「気に、いらなかった、と思って……」
そういえばアルが父から了解を取ってきたと思い、私の為にやってくれたのだろうかと目を瞬かせる。しかし正直、前は外に出ることを望んでいたが今はどうでも良いのだ。
「アルの顔色が悪いわ。庭園はまた今度にする」
こちらの方がよっぽど大切。
白薔薇の花を左手に持ち直し、アルトレルと手を繋ぐと、部屋へ戻ろうと足を向ける。
でも、目の前で揺れる黒い髪を視界に入れるとどうしようもなく思う。
アルには赤い薔薇の方が似合う。と
手から花束が滑り落ちた。