四枚の手紙
「楽しくなさそうだね」
窓から二人の様子を見ていたレオノールは窓に頭をつけて、吐息と共に言葉を発した。
「そうでございましょうか? 私の目には十分楽しんでいらっしゃるように見えますが?」
後ろで報告書を持って控えているのはこの家の執事、クリス。
二人で手を繋いで帰るフェルニアの後姿を目に焼き付け、まいったねと苦笑した。そもそもレオノールはアルトレルが一日で根を上げるだろうと思っていたから、三日も持つこの状況は想定外だったのだ。
――もう立つことも辛いだろうに……
しかし、レオノールも鬼ではない。アルトレルとフェルニアを引き離すつもりはなく。数日だけちょっとした教育をアルトレルに施そうと思っていた。もしくは自分と血の楔を結ばせるか……何もしていないのに教育を施したらフェルニアに嫌われる。
後ろで何やら勘違いをしている執事に笑いかける。
「僕が言っているのはそういうことじゃないよ。クリス、僕があの子に楽しんでもらいたかったのは庭だ。庭。アルじゃない。あの子のあれはどこからどう見てもアルトレルと一緒に居られて楽しいとしか思っていなさそうな顔だろう? それに……二人とも貞操観念が薄い」
独り言のつもりだったものは、知らぬ間に口からあふれだす。
8歳と10歳、異性を意識する年頃にしては貞操観念が薄い。フェルニアは異性と言えば自分、父親と後は興味の欠片もなかった奴隷しか知らなかったしそんなことを教える人間もいなかったので当然と言えば当然、一方アルトレルも奴隷の生活が長かったせいか、触れる。触られるに関して一般的な感覚を失っている。
「それで、何をしたって?」
最近仕事が忙しくて、アルトレルとフェルニアの暮らしは一度も聞いていない。勿論クリスにすべて任せてあるから心配はいらないと思うが、血が足らないアルトレルがフェルニアに何かしていないかどうかが気になる。
それにクリスは目を泳がせて咳払いを一つすると言いにくそうにつかえながら話し出した。この男には珍しいことだ。
「そう、ですね……まず今日は朝から起きて……いつも通り、その、抱きしめあうと……朝食の席で食べさせあいっこ、をしていたそうです……」
「クリス、君は目がおかしいのか? あの子がそんなことするわけないだろう」
冷たくこちらを見る視線を思い出して顔を顰める。
フェルニアはたとえ天地がひっくり返ってもそんなことはやらないはずだ。想像すら現実と遠すぎて思い浮かばない。
働かせすぎたかと真面目に頭の心配をしたが、一度言うとクリスは覚悟ができたのか、一息にぺらぺらとまくし立てはじめた。
「いえ、本当です。それから半刻ぐらいは旦那様が贈られた檻の中で抱きしめあっていて、フェルニア様が本を読んでいらっしゃるときは、アルトレル様は邪魔にならないように檻の中に閉じこもり、昼食は先ほどと同じ形式で食べます。入浴も一緒になさろうとしましたが、そこは私の命に代えても止めさせてもらいまし……」
「当りまえだろう‼」
途中で怒鳴ってしまい、頭を抱える。大の大人が情けない。
「いや、分かった君は頭と目と耳がおかしい。働かせすぎたよ。ごめんね。病院に行っておいで、あとは私が目を通しておくから……。ね」
クリスの手から報告書を取り上げようとするが、クリスはもう一度淡々と言い切った。
「いえ、本当です。午後も午前中と変わらない時を過ごし、夜になるとアルトレル様はいったんお部屋へ戻り、お湯を浴びるともう一度フェルニア様の元へ戻ります」
「何をするために……?」
絶妙な話のきり方、もう疑いようもない。この男は正気だ。
「それは訊かなくても分かる夜のいとな――失礼、冗談が過ぎました。お二人は最近フェルニア様の寝台で一緒に寝ているのでそのためでしょう。それからフェルニア様から手紙を預かっています」
途中でレオノールの目つきが険しくなったためか、全く悪いと思っていない態度で謝るクリスに湧き上がる苛立ちを抑えることが出来ない。
しかしフェルニアの手紙には喜びを隠せなかった。フェルニアからもらった手紙など三年前が最後だ。
しかし読むにつれてレオノールは期待がしぼんでいくのを感じた。手紙には少し拙いが丁寧な文字でアルトレル付きのメイドを解雇したことと、その理由を懇切丁寧に客観的、かつ道徳的な言い回しで遠まわしに異性同士なのに配慮が足りないと書いてあった。なぜこれだけのことを分かっていながら、自分たちに当てはめようとしないのか理解に苦しむ。
「……クリス、手紙はこれだけかい?」
手紙四枚すべてがメイドに対する苦情でレオノールは肩を落とした。四枚あるのだったら一つくらいは自分にあてたものがあると思ったのだ。苦情の手紙ではなく。
「はい、それから先ほどは言い損ねましたが、旦那様がアルトレル様に血を呑むなと仰ってから、彼は何度かフェルニア様を噛みました。あ、噛むと言っても甘噛みで――特にフェルニア様もご不快には思っていなかったようなので放置していますが、良かったでしょうか?」
自分にあてられた手紙がないという、残酷な真実を突きつけられ、レオノールは疲れたように笑った。
「そう言う時は止め、いや、そうなると今、アルトレルの世話は誰がやっているんだ?」
まさかフェルニア自身がやっているのではと思い、厳しい声が出た。
「僭越ながら私がさせていただいております」
「そうか……ならいい。ところで、フェルニアとアルトレルの仲はどこまで進んでいる?」
ドアから出て行こうとするクリスを呼び止めると実に言いにくそうに身じろぎして、そそくさと移動しながら一言、
「……私は、口付けをしているのは拝見しました」
一瞬、頭が真っ白になり、持っていた書類をぐしゃりと握り潰した。




