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妖精は薔薇の褥で踊る  作者: うさぎのたまご
一章 妖精が踏みしだくは薔薇の花
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歪んだ心

 エヴィータ視点のお話です。


 エヴィータが誰かを忘れた人は↓

 エヴィータはブラットベリー公爵夫人で、レオノールの妻。

 レオンの母親、若干、病んでます。



 少女の白い手がほっそりとした少年の顔を撫でる。

 唇に浮かぶのは自愛の笑み、この少女はいったい誰だろう。


**************************


『レオンがいないの』


 そう気づいたのは今日の午後のことだった。あの子はいつも乳母の部屋に入り浸っているから、二日間顔を見ないことも珍しくはない。


 レオン、夫の気を引きたくて付けた名前だが、いつしか振り向いてくれない夫を愛するよりも夫にそっくりな息子を愛する方が遥かに簡単だと言うことを知った。


 欲しいものは与えて、気に入らないものは捨てる。


 レオンは聞き分けが良く、全く手がかからなかったが、それが逆に気に入らなかった。


 ある日、我慢できずに叩くと、青い目が怯えたように歪む、そこに夫の影を見つけてエヴィータはその日から日常的に暴力をふるった。耐えるように引き結ばれた唇も、潤んで何かを決めたように伏せた目も、あの日の夫にそっくりで――。


 血だまりの中、あの女とあの女の子供を抱く姿にそっくりで。


 レオンがいなくなった日は、ナイフで腕を切りつけて散々詰った日のことだった。


『貴方のせいで、こんなみじめな生活を送らなきゃいけないのよ!』


 あなたが私を愛してくれないから――。


『貴方がもっと優秀だったらあの人は私を見てくれるのに!』


 私が悪いんじゃない。悪いのはこの子だ。

 せっかくあの人に似た名前を付けてあげたのに気を引くことすらできないなんて――。


『可愛いレオン』


 傷だらけになった顔を、顎を掴んで上向かせる。


『おまえは一生誰にも愛されずに生を終えるの』


 呪いのような言葉にレオンはもう目も揺らさない。


『馬鹿、本当に馬鹿、いつまでも夢を見ている愚かな子』


 こう言うとレオンは数日帰ってこない。

 それでも構わなかった。なのに――あの子が私をおいて行く。


 このことを考えるだけで腹立たしい。


 あの子はあの人の代わりに私に尽くさなければいけないのに、私にはそうする権利があるのに、許さない。


 もう一度連れ戻してみせる。

 そんな時に聞いたのはレオンが使用人に南の部屋の位置を訪ねていたというもの、南の部屋はあの女の娘がいるところ。


 あの女の娘が私の息子を盗った。


 娘もあの女と同じで私のものを奪う。

 許さない。

 だけど少女は私の問いにあっさりと答えた。


「そんなもの、要らない」


 と、唐突に彼女の膝で眠っている少年を引き裂きたくなった。

 そしたら少女はいったいどんな顔をするのだろうか――?

 改めて少年の顔を見て、息をのんだ。


 完成された美、そうとしか言いようがない。


 欲しい。


 欲望が顔に出たのだろうか、凍てつくような視線を感じ、顔を上げると悲鳴を呑みこんだ。


「見ないで」


 短い言葉にこめられたのは怒り、今まであの女の娘と言うだけで散々酷いことを言ったが、少女はそれに反応もしなかった。


 それほどこの少年が大事なのだろうか? 


 体が震える。


 小さくなるエヴィータに少女は視線を固定した。


「用事は、なに」

「レオンを連れてきて」


 屋敷の中にいないことは分かっていた。

 エヴィータは今までときどき少女を外に出してあげていた。依頼と引き換えに。その大半は人を殺すようなもので、あの女の娘を私が使っている。それを思うだけで暗い喜びが得られた。でもある日気づいたのだ。


 少女を私が使っているのではない。少女が私を使っているのだと。気付いたのは些細なこと、ある日、何気なく少女を見た時、エヴィータはすべてを語った。


 何故なら、その目に映っていたのは私でなく、ただの外に出るための便利な道具だったから、それからはずっと会っていなかった。

 エヴィータは嫌悪に歪みそうになる顔を無理やり微笑ませた。


「できたら外に連れ出してあげる」

「要らない」


 耳を疑う。少女は今何と言ったのだろうか?

 顔をまっすぐに見てしまい、慌てて視線を逸らす。この顔は、本当に毒だ。


 でもそれでわかってしまった。少女はそれを強がりではなく本心から言っていることを。理解する。少女は少年だけがいれば他は何もいらないと言っていることを、

 嫉妬で目眩がした。


「私が、お母様の元へ連れて行ってあげると言っても?」

「……」


 少女はあの女が生きていると思っている。


 少し考えるような間を置くと、少女は腰に回してあった少年の腕を解き、丁寧にクッションの上に置いた。何かを探すように彷徨った手にもクッションを持たせる。すると少年は不服そうにしながらもまた動かなくなった。


 たったそれだけの動作でどれだけ少女が少年を大事にしているか、また少年が少女を思っているか、それが分かってエヴィータは目を細めた。


 もしも、少女の目の前で少年を傷つけたら少女はどんな顔をするのだろう。

 あの女に似た顔は歪むのだろうか?


 そして、逆に少年の目の前で少女を殺したら少年はどんな顔をするのだろう。

 やっぱりあの一片の狂いもない美しい美貌も醜く歪むのだろうか?


 見てみたい――それを、主人がいなくなったペットは自分が飼おう。


 なぜなら自分にはその権利があるのだから、





 誘拐されたのはフェルニアでもアルトレルでもなく、異母兄弟のレオンでした。


 次の投稿は明日の午後6時になります。

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