居酒屋“黒揚羽”店主のクロア・エドワードです
雨の降り頻る夜。最後のお客さんを送り出した私は少し早い時間ながらも経営している酒屋“黒揚羽”の店じまいに勤しんでいた。普通なら雨が降れば客足は遠退くものだけど、私が住んでいるラムーンの人達は足を伸ばしてくれる。
「最近、雨が続きますね・・・」
店前に立て掛けてある看板を中に入れようと外に出た私は空を見上げ呟く。昼は止んで夜に降るという最近の天気。まだお昼に洗濯や買い物ができるからいいが夜の商売をしている私には憂鬱な天気だ。
親友の不良合法ロリに頼んで薙ぎ払ってもらおうかとも考えたが別にいいかと思い直し、看板に手を掛ける。
「あら?」
その時看板の影にある黒い何かに気が付いた。
良く見ればそれは泥にまみれた布。なんでこんな場所にあるのだろうかと少しばかり考えたが店前にあっては格好が悪いので処分しようとそれに手を伸ばす。
「え、子供?」
布を持ち上げた手が止まる。泥まみれの布にくるまっていたのは大体七歳ぐらいの子供。一瞬、死体かとも思ったが、小さいながらも呼吸をしていた。だがグッタリとしており、顔色も悪い。
あわててその子を抱き上げ、店の中に駆け込み二階の自室のベッドに寝かす。そして、何処からともなく取り出した漆黒の錫杖を子供の額に翳した。
「この子は奴隷、ですよね」
大分時間がたって子供の顔色が良くなって静かに寝息を立てている側で私は小さく呟く。
助けた子供は小さな女の子。泥にまみれた髪をお湯で脱ぐってあげると現れたのは私の黒い髪とは対照的な綺麗な金髪。どこか生活に苦しい家庭が売りに出した子か、はたまた没落した貴族の元令嬢か。
彼女の首に填められた呪縛の首輪とお腹に刻まれた奴隷紋からしてかなりの価値がある子供だったのが分かる。何故、あんな場所にいたのかは分からないが何かの理由で命かながら逃げてきたのだろう。
「もう、朝ですか」
いつしか雨が上がり太陽の光が窓から差し込んでいた。
「・・・・今日は休業ですかね」
さて、あの子の為に温かい朝食でも作ろうと思い彼女に背を向けた時
「・・・」
背後から女の子が動く気配を感じた。振り替えればそこには体を起こして周りを見渡している少女。
そして私を見つけると
「―――――!?」
声にならない悲鳴を上げ怯えながら部屋の隅へと逃げる。流石の私もこうまで怯えられるとちょっと傷付くモノがあるのだが。そこは年上として我慢し、笑顔で彼女に言った。
「ご飯、食べますか?」
目の前ではものすごい勢いで朝食用として作りおきしておきしていたスープとパンを一心不乱に食べる少女。私はそれをテーブルに頬杖を付きながら微笑ましそうに眺める。
よっぽどお腹が空いていたのだろう。奴隷としての待遇は良くても逃げ出してから何日も一人で歩いていたことが分かる。
そんな事を考えてた時、少女が私の事をジッと見ている事に気付いた。首を傾げて見れば彼女は半分程に減ったスープの器とパンの籠を私に向けて差し出していた。
「おかわりはまだたくさんありますから気にせず食べてください。あと女の子なんですからゆっくりと行儀良く、ね?」
その言葉にパアッっと笑顔になった彼女は再び、パンにかぶり付く。 けど、私に言われた事を思い出したのか慌てて背筋を正すと手づかみだが小さく千切って食べ始める。
その様子に苦笑しながらもゆっくりと食事を続ける彼女に問いかけた。
「食べながらでもいいので私の質問に答えてくれますか?」
私の問いかけに彼女は一瞬硬直し、次には困ったように狼狽えだした。そして、私に向け口を開いたが
「――――」
その口から言葉が紡がれることはなかった。
思わず目を見開く。少女は申し訳なさそうに俯き、目尻に涙を貯めている。
「それでは私の質問に頷くか首をふるかで答えてくれますか?」
それから私はいくつかの質問をしていった。
分かったこととして彼女はギラステインの下級貴族の娘。家が没落するに当たって売りに出されたがニブルヘルムとの国境で賊に襲われて奴隷商の一行は壊滅、命かながら逃げてきたようだ。声については理由は分からなかったが怯えようからしてとても怖い目にあったか、よっぽどのショックを受けたのだろう。
「それでは最後に貴方はこれからどうしますか? また、旅にでますか?」
その問に彼女は表情を暗くして俯く。それに構わず私は続ける。
「それとも私と一緒に暮らしますか?」
彼女は驚きの表情で私を見つめた。まさかそんな事を言われるとは思わなかったのだろう。一瞬嬉しそうな表情を見せたが直ぐに表情を暗くして、自分の首に填められた首輪に手を添える。
呪縛の首輪と奴隷紋は一種の呪い。基本的に私有している人物が死ぬと効力を失う。しかし、それが残っているということは彼女を縛っているギルドがかなりの大組織を意味する。貴族出身ということもあって私に迷惑を掛けると分かっているのだろう。
「一緒に暮らすなら以前のような貴族の生活はできません。働かざる者、食うべからず。私は酒場を営んでますので貴族とは違う庶民の生活、また
冒険者として私のお手伝いをしてもらいますがどうですか?」
けどそれに構わず言い切った。
私は奴隷のことなど気にしない。いたいならいてもいいと言ったのだ。それを聞いて彼女は涙を流しながら仕切りに頷く。それを確認したのちに私は立ち上がり彼女に近付くと奴隷の首輪に両手を添える。直後、迸る黒い電流。これは首輪が外そうとする人物を迎撃する呪い。しかも彼女の価値からしてかなり強力なモノだ。それを受けて苦しい表情を見せない私は驚きに目を見開く彼女を無視して
「それでは私達はこれから家族です。家族の間にこれ等は邪魔ですね」
奴隷の首輪を両手で引きちぎった。目の前の出来事に呆然とする彼女。それを気にせず、続いて彼女の衣服をまくり上げる。お腹に刻まれた奴隷紋の端に指を添え、まるでシールを剥がすかのように刻まれている奴隷紋を纏めては引き剥がした。
「貴方に新しい名前をあげましょう。“ナミ”。貴方は今日からナミ・エドワードです」
私から与えられた名前を聞いた瞬間彼女は涙を流しながら私に抱きついた。お腹で上げることのできない泣き声を上げている彼女が泣き付かれて寝てしまうまで私は優しく撫で続けた。