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プロローグ

 ある世界は戦の炎に包まれていた。

 その戦はたった五人によって引き起こされた戦。


 人外さえ足元に及ばぬ魔力で魔法を駆使し魔導師達の頂点に立つ超越した存在。“魔導老師”


 現実を塗り替える現実を作り出し、全てを飲み込む偽りの存在。“幻姫”。


 死霊を操り、生ける全てを冥府へと引き込む不死なる存在。“死霊公爵” 


 触れる事さえ憚られる呪われた武具を身に纏い死地に赴く呪われた存在。“黒騎士”


 そして幾多の魔獣、魔物を従える災悪たる存在。“魔王”


 彼らの戦いは大陸を巻き込み二年に渡って繰り広げられ、人知れず終局した。

 大陸の王達はその後の彼等を探したがその姿を見た者は誰もいない。

 王は彼等に王の称号を送る。恐怖と尊敬の意を込めてーーー



『 魔帝 』



 と・・・。





 新聖暦200年、ユーフラテス大陸西、宗教国家イエステン属領、ハロルド・ウイン辺境伯領属、ラムーン。


「ティア先生さよ~なら~」


「先生さよ~なら~


「ハイ、さようなら。課題をわすれないでね」


 主要となる大都市とくらべ圧倒的に小さい田舎街。日も傾き始めた頃に響くのは子供達の明るい声。家路につく子供達を見送っているのは眼鏡を掛けた黒髪の小柄な少女。彼女はこの小さな街で子供達に読み書きと計算を教えている。


「さて、晩御飯の買い出ししないと」


 今日の仕事も終った。あとは自分の時間だ。

 街の人達に会釈しながら歩きだした彼女の考えは今日の献立。そうだ今日は皆しっかり覚えてくれたから奮発してちょっといいもの食べよう。そう思い立ち友人のいる店へと足を伸ばす。

 少し歩いて見えてきたのは木の板にワインボトルの絵が彫られた看板を掲げた建物。友人が経営する飲み屋だ。

 木で作られた扉を開け中に踏み込むと鼻をつくアルコールの香りと料理のいい香りに昼間から飲んでいる男たちの笑い声。そして


「ここは子供が来るとこではありませんよ」


 と、笑いなが出迎えてくれた女性がいた。

 それに苦笑しながらカウンターに着く少女は“いつもの”と常連のように注文する。


「まだ日も暮れてないのにお酒ですか? まったく、この不良合法ロリは」


「煩いなぁ。せっかく親友が来てあげたんだからもっと歓迎しなさいよ。あとロリ言うな。私は23のれっきとしたレディよ。次言ったら店燃やすからね年齢不相応娘」


「その前に貴方の首を飛ばしてあげますよティアさん」


「ハイハイ、できもしないことは言わないのクロア」


 そして二人は互いに笑いあう。カウンターの中にいるクロアと呼ばれた女性は慣れた手つきでグラスに氷を入れて“アスティア”とタグのついたボトルから液体をクラスの半分注いで更にそこに水を注ぎ、シルバーの棒で混ぜてから少女に出した。


「ハイ、あとお通しです」


「ありがと。クロアもなにか飲みなさいよ」


「ありがとうございます。それじゃジュースいただきますね」


「そういえばクロアってまだ19たっけ? 見てくれは全然大人なんだけどなあ」


「・・・お誉め言葉の方で取っておきますね」


 それから二人はたわいもない話題で盛り上がる。途中酔った客が絡んできたが軽くあしらったのはご愛嬌。


「そういえば。イエステンにギラステインが進行を始めたらしいですよ?」


 日も暮れて、空を星が埋める頃。クロアは唐突に切り出した。ギラステインは大陸の北に位置する武力国家。一年中雪に閉ざされたその国は農業や畜産業よりも裕福な鉱石が採掘されることから工業が盛んで国柄とも逢わせて自然と武力国家へと発展した。


「早いわね。世界が大打撃受けた魔帝戦争からまだ2年だってのに」


 “魔帝戦争”

 2年前に起きた魔帝と称される5人の人物によって引き起こされた5人の争い。魔導老子、黒騎士、死霊公爵、幻姫、魔王からなる五人の戦いは国境を超え、世界を股に掛けて一年もの間繰り広げられた。各国は五人を討伐しようと、己の国に引き込もうとするが接触の前に闘争の余波で派遣軍は壊滅。交渉の席に着くどころか戦闘にもならなかった。


「大方疲弊してるところを叩こうとか思っているのだと思いますけど」


「まぁ、ここは大丈夫でしょ。国境っていっても山脈が間にあるし。それよりもゼノとディーバから手紙が来なかった?」


「来ました来ました!お子さんが生まれたんですよね!?」


「写真に写ってたけどスッゴク可愛かったわよねぇ♪」


「ハイ、ディーバさん凄く幸せそうで羨ましかったです」


「あの中二とヤンデレもとうとう親かぁ。長生きはするものねぇ」


「世の中どうなるか分からないものですねぇ」


「だね。それじゃ二人の幸福を祝って乾杯しましょうか♪」


「それじゃ店じまいして私も飲みますね」


「飲め飲め♪ 今日は飲むわよ!」


「お~♪」








 大陸東部、連合国家ニブルムヘルム、第7都市バチスタ。

 白を基調とした建物。通りに広げられた屋台の数々。大陸最大の国、その第7都市は今日も活気で賑わっていた。


「ハイ、確かに依頼完了を確認しました。疲れ様でしたゼノさん」


 そんなバチスタの一角冒険者ギルドで受付嬢から労いの言葉を掛けられている男性。


「どうも。またなにかあったら頼むよ」


 黒いマントで身を覆い、背中に身にそぐわないルバートをさ背負った若い青年。ゼノと呼ばれた彼は受付嬢から報償金である硬貨の入った袋を受け取った後に受付から離れる。

 向かう先はギルド内にある酒場。その窓際にある席へと足を伸ばす。


「よ、お疲れさん」


 彼を迎えてくれたのは少し窶れた感がある美青年。ゼノと同じくして黒いマントに身を纏った彼は先に注文していただろう料理に舌鼓を打っていた。


「悪いなヴーゼル付き合わせちまって」


「なに、俺自身運動不足だったからな。いい気分転換になる」


 申し訳なさそうに席に着く彼に対してヴーゼルは“だから気にするな”と言った。


「報酬は山分けでいいか?」


「要らねえよ。お前さん今はなにかと物要りだろ。ダチからの祝金だと思ってもらっとけ」


「すまんな」


 今一度頭を下げて報償金の入った袋を懐に納めた。


「A ランクのゼノさんとヴーゼルさんですよねぇ。ご一緒させていただいてもいいですかぁ♪」


 丁度その頃を見計らってか数人の女性冒険者が二人の席にやってきた。彼女達は皆肌の露出が多い装備だ。回りの男性冒険者達の視線を集めている。


「いやいや君たち。その日稼ぎなAランクの俺達よりも彼処にいるSランクのロドリゲス殿の所に行った方がプラスになるんじゃないのかい?」


 ヴーゼルが指差す場所には一人酒をチビチビと飲んでいるスキンヘッドで隆起した筋肉の持ち主がいた。


「彼なら稼ぎもいいし。君たちにとって俺達よりもプラスになると思うんだが」


「え~、確かに稼ぎはいいと思いますけど顔で全面的にマイナスじゃないですかぁ」


 ロドリゲス殿の額に青筋が見えたのは気のせいにしたい。


「ならこうしょう俺が君たちの相手をする。だがゼノは勘弁してやってくれ用事があるんだ」


「わ、悪いな。また今度誘ってくれ」


 席を離れようとするゼノ。しかしそれは女性冒険者の一人によって阻まれた。


「え~、私達と楽しみましょうよ~」


 抱きついてきた一人の女性冒険者。マント越しからも分かる柔らかい感覚。普通なら赤面してしまうのだが彼は顔面蒼白になる。マズイこのままじゃアイツがくる。


 そう思った直後。


「おい嬢ちゃんここは子連れでくる場所じゃねぇぞ」


 という男性冒険者の言葉が酒場内に響いた。同時に入り口へと集まる視線。


 そこにいたのは黒い婦人服を身に纏った女性。美しい黒髪、白い肌、アメジストを思わせる紫色の瞳。表情を作らないその顔が更に美しさを引き立てている。そして腕の中には小さく寝息をたてている赤ん坊。


 全く酒場にそぐわない彼女は声を掛けた男を無視して歩き出す。


「や、やあディーバ。久しぶりだーーーぶふぅえ!?」


 ヴーゼルが冷や汗を流しながら彼女に歩み寄ったが上段回し蹴りで開け放たれている窓から外へと放り出される。悲鳴を上げる者はいない。否、上げたくても上げさせてはくれない恐怖がこの店内を包んでいた。彼女はゼノ達の前に立つと

光のない瞳を女性冒険者達に向けゆっくりと口を開いた。


「はじめまして雌猫共。ディーバ・デモニクスと言います。夫のゼノアール・デモニクスから離れていただけますかしら?」


「「「は、ハイ!」」」


 慌てて逃げ去っていく女性冒険者達。それをまるで虫けらを見るかのように見送った彼女は再びゼノを見据える。


「あぁいった雌猫は自発的に追い払ってくださいと何度も言ってるはずですが?」


「す、すまん」


「まぁ、いいでしょう。今回は鼻を伸ばしてませんでしたので不問にします」


 そう言って彼女は先程までヴーゼルが座っていた席に腰掛けて


「お疲れ様ですあなた。いつも私達の為にありがとうございます」


 とよく見なければ分からない程の笑顔を浮かべながら自分の夫を労った。途端に店内の空気が柔らかくなり、静ながらも各々食事を再開する。


「家とレーエンを守ってるのがお前ならお前達を守って養うのが俺の仕事だにすんな」


「ハイ」


 その言葉を聞いて嬉しそうに頷く彼女は抱き抱える娘の頭を優しく撫でる。


「てか、何でレーエン連れて出てきてんだ」


「お散歩をしていました。それほど遠くに行くつもりはなかったのですが雌猫の匂いがしたもので」


「相変わらず恐ろしい勘と嗅覚してんなディーバ。というか俺を蹴り出しといて謝りもなしか」


 頬を擦りながら席に戻ってきたヴーゼル。彼は自分が座っていた席にディーバが座っているのを確認すると苦笑しながら空いている席に座る。


「すみませんヴァンフォーレ卿。頭に血が上がってました」


「その表情で謝られても謝られてる気がしないんだが・・・」


「ヴーゼル。ディーバはちゃんと謝ってるぞ」


「ヘイヘイ。一国の主である陛下がそう言うんならそうなんだろな。ところでお嬢は産まれてどれくらいなんだ?」


「次の火の月で大体10ヶ月過ぎぐらいですね」


「ほう、この様子だと大きな病気もないみたいだな」


「おかげさまでな」


 それから三人はたわいもない会話をしながらゆったりとした時間をすごし始める。

 そして夕方、そろそろ帰ろうと切り出したゼノに従いディーバ、ヴーゼルも立ち上がる。


「オジサマ。お気遣いありがとうございます」


「・・・何の話だ」


 店を出る直前にディーバはSランク冒険者であるロドリゲスに歩み寄って小さく頭を下げる。


「レーエンが起きないよう他の方に圧を掛けてくださったのですよね」


 そう言われピクリと彼の眉が動く。ディーバの後ろではゼノが頭を下げて、ヴーゼルが食事の代金とは余分に金を払っていた。


「勘違いするな。俺は煩いのが嫌いなだけーー」


「あぅ・・・」


 言い終わる前に彼の言葉を遮った小さなうめき声。その声を辿った先には小さなあくびをしながらゆっくりと瞼を開ける。それを見てロドリゲスは小さく舌打ちをする。


「そういうことにしておきます」


「煩い。用がすんだらさっさと帰れ。赤ん坊が泣くぞ」


「大丈夫です。この子は人を見た目で判断しませんから。レーエン、ロドリゲスのオジサマにお礼とご挨拶を」


 母親の言葉を理解しているのか腕の中の赤ん坊はロドリゲスをジッと見つめた後ににこりと笑い楽しそうに声を上げた。

 それを見て思わず笑顔が零れたロドリゲスは慌てて表情を取り繕う。


「お前んとこの坊主に言っとけ。次の依頼はお前を連れてくってな」


「ハイ、主人をお願いします」


「あと暇なら嬢ちゃん連れてまたこい。その方が静かでいい」


「ハイ、その時はよろしくお願いします」


 そして酒場を出ていく三人。Sランク冒険者の男は騒がしくなり始めた空間で一人、次を楽しみに酒の入った盃わ傾けるのだった。





 第7都市バチスタ郊外森。


「見送りはここまででいいな。それじゃご両人久しぶりに楽しかったぜ」


 森の奥深く。月の光が唯一の明かりであるこの場所でヴーゼルは親子三人に別れを言う。


「私も楽しかったですよ」


「今度一緒に飲もう」


 そして三人の親子は暗闇の奥へと消えていった。それを最後まで見届けたヴーゼルは


「ところでお前さん等は俺に用があるんじゃないのかい?」


 そう口にした。

 直後首筋に当てられた冷たい感触。


「ヴーゼル・ヴァンフォーレだな。我々と共に来てもらおうか」


 耳元に囁かれる男性の言葉にヴーゼルは肩を竦める。


「どこの国の間者かはしらないけどさ。俺はしがない冒険者だぜ? あんた等の目に止まるようなことはしてないはずなんだけどなぁ」


「・・・・」


 軽口を叩くヴーゼルに対して無言の間者。直後彼の視界の端に森の奥へと走っていく複数の人影が映った。


「どういうつもりだい?」


「人質だ。貴様が来なければあの親子を殺す」


「物騒だねぇ。ところで旦那そこまでするってことは俺の素性を知ってのことかい?」


「貴様が魔帝の一柱という調べは済んでいる」


「そうかいそうかい・・・なら」


 愉快にわらう彼はいった。


「俺が死霊公爵だってのももちろん知ってるんだろうなぁ?」


「ぎぃやぁああああっ!?」


 闇に包まれた森の中に耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響く。

 突然の悲鳴に彼の首筋へと刃物を当てていた男は一瞬身体を硬直させてしまい、その一瞬を突いたヴーゼルは男の顔を鷲掴みにする。


「くかかかかかっ。あんた等も大将にバカな命令されてんなぁ」


「う、うぁ・・・」


 男は腕を振りほどこうとするが目の前で自分の顔を鷲掴みにする男の歪んだ笑顔により身体がいうことを聞かないでいた。その間にも次々と周囲で上がる断末魔のごとき悲鳴。

 この任務に連れてきた人数は全員で30人。皆精鋭揃いの猛者達だった。それが次々と何者かに駆逐されている。それが男をさらに恐怖させていた。


「ま、どうでもいいから。死んでくれや」


 そこで男の意識は途絶えた。








「さてはて、どうでもいいとは言ったが」


 帰り道、ヴーゼルは歩きながらひとり思考する。

 二年前、死霊公爵と呼ばれた自分を含め魔帝は世界から姿を消した。皆、魔帝という痕跡を残さずに世界に溶け込んだ筈だった。どこかで抜けがあったのだろうか。もしくは・・・・。


「調べてみるかねぇ」


 ゆっくりと彼の色が薄れていく。

 あいつらを殺した事によって死霊公爵は再びこの世に引きずり出された。他の四人も時間の問題だろう。


「たく、こっちは戦争のない世の中でのんびりしたいんだがねぇ」


 ならば他の皆が、とくに魔王と幻姫が見つかる前にカタをつけよう。


「くかかかかかっ。さてはて鬼がでるか蛇がでるか」


 そして、不気味な笑い声と共に死霊公爵はその姿を消した。







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