値踏みされるもの、されないもの
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
地上の光は、あまりにもあっけなくベルを迎えた。
「……生きて帰ってきた、か」
ダンジョンの湿気と血の匂いが嘘のように、乾いた風が頬を撫でる。
ベルジュールは、大量の素材袋を肩に担ぎ直した。
重い。だが――心地いい重さだった。
「……こんなに持って帰るの、初めてだな」
牙、皮、魔石。
どれも質がいい。数も多い。
“豊作”。
その言葉が、自然と浮かぶ。
そして――
腰のポーチに収めた、一枚のカード。
ベルは無意識にそこへ触れた。
「……お前のおかげだ」
小さく、呟く。
(まあ、否定はしない)
返ってくる、いつもの声。
相変わらず、半分くらいしか意味は分からない。
だが、その調子からして――たぶん、軽口だ。
「はは……」
ベルは、少しだけ笑った。
そのまま、足は冒険者ギルドへ向かう。
石造りの大きな建物。
中は昼間だというのに賑わっていた。
怒号、笑い声、金貨の音。
生きている者たちの、音。
ベルはカウンターに素材袋を置いた。
「……査定、頼む」
職員が目を見開く。
周りの冒険者も驚いている様子。
「これは……全部、一人で?」
「ああ」
短く答える。
職員は、すぐに手際よく素材を確認し始めた。
皮の状態、魔石の純度、牙の欠損。
その目は、職人のそれだった。
やがて――
「……驚きました。今までこんな量取ってきたことありましたか?
かなりの量と質です」
「いくらになる?」
「そうですね……」
計算盤が弾かれる。
「金貨、二十七枚と銀貨八枚。今月でもかなりの上位収入です」
「……そんなにか?」
ベルは思わず目を細めた。そしてにやける。
今までの自分では、考えられない額。今まで生きてきた中で一番の稼ぎ。
真面目に1カ月働いてトータルでやっと、いくかいかないかぐらいの金額だった。
「運が良かったな……」
(運、ね)
カードが、わずかに皮肉を含む。
だが、それをベルは気にしない。
――その時。
ふと、頭に“別の考え”がよぎる。
「……なあ」
職員に、声をかける。
「はい?」
ベルは、一瞬だけ迷った。
ポーチの中のカードに触れる。
――助けてもらった。
――命を救われた。
その事実は、確かだ。
だが。
「……これも、見てくれないか」
取り出した。
《導きのカード》。
職員の前に、差し出す。
(おい。俺をう・売るつもりか!)
カードの声が、わずかに低くなる。
(……それ、どういう意味だ。おい。)
手から離れたカードの声は聞こえない。
ベルは、内心で言い訳する。
――違う。
――売るって決めたわけじゃない。
――ただ、価値を知りたいだけだ。巨額の富かも…
「……ダンジョンで拾ったんだ。よく分からなくてな」
職員はカードを受け取り、じっと見る。
指で縁をなぞり、光の反射を確かめる。
そして――
「……これは」
わずかに、眉をひそめた。
「見たことがありません」
「え?」
「材質も不明。魔力反応も……あるような、ないような」
カードを裏返す。そして叩いて確かめる。
角度を変える。
「少なくとも、一般的な魔道具ではありませんね。何か効果ありました?」
「え?いや…特には、……じゃあ、価値は?」
ベルの問いに。
職員は、はっきりと言った。
「――わかりません。」
沈黙。
「……は?」
「査定不能です。市場に流通した記録がない以上、値段の付けようがありません。
あえて言うなら、素材代ぐらい。銅貨1枚ぐらいでしょうかね。
ギルドマスターにお叱りを受けない金額としてですがね」
「……そうか」
ベルは、ゆっくりとカードを受け取った。
(“わからない”か)
カードが、小さく呟く。
(それはつまり、“いくらにでもなるし、ゼロにもなる”ってことだ)
ベルは黙っている。
職員は、少しだけ声を潜めた。
「……ただし」
「?」
「こういう正体不明の品は、貴族や収集家が高値で買うこともあります」
「……高値?」
「ええ。“唯一性”は、それだけで価値になりますから」
その言葉は。
静かに、ベルの胸に沈んだ。
唯一。
特別。
そして――高値。
「……なるほどな」
ベルは、カードを見た。
(……おい)
カードが、少しだけ警戒する。
(今、嫌な顔したな)
「いや……」
ベルは、笑った。
どこか、軽く。
「ちょっと考えただけだ」
――いくらになるんだろうな、と。
その思考は、一瞬だった。
だが、確かに存在した。
感謝と、生存。
恩義と、現実。
その間で揺れるのは――
“薄情”なのか。
それとも、“人間らしさ”なのか。
(……まあいい)
カードは、あえて深く追及しない。
(どうせ、お前はまだ決めてない)
ベルは答えない。
ただ、カードをポーチに戻す。
その動作は、ほんのわずかに――丁寧だった。




