ようやく、冒険の入口
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
一週間。
吐いて、倒れて、起きて、また吐いた。
魔力を限界まで絞り出し、公爵家に伝わる過酷な魔力鍛錬法――
「限界を超えた後に一杯飲ませて、もう一度やらせる」という、もはや根性論としか思えない伝統まで混ざった結果。
レオは、ようやく冒険者としての最低限の土台を手に入れていた。
「よし」
朝。
屋敷の前。
エリナは軽装の革鎧に短剣、腰には小さな道具袋。
貴族というより完全に現場の人間の格好だった。
「今日は森に行くわよ」
「ついに実戦ですか……」
レオは少し緊張した顔で剣を握る。
一週間前よりも、剣の持ち方に迷いがない。
魔力の流し方も、以前より自然になっている。
「実戦というより、基礎ね」
エリナは一枚の紙を広げた。
森の簡易マップ。
川。
岩場。
魔物の出やすい場所。
安全地帯。
帰還用の目印。
細かく書き込まれている。
「冒険者は強さだけじゃ駄目」
「地形を見る」
「逃げ道を考える」
「水場を把握する」
「暗くなる前に帰れる位置を意識する」
「迷ったら、死ぬ」
レオは真剣に頷いた。
「はい」
「特に森は最悪よ」
エリナは地図の一点を指差す。
「同じ景色ばかり」
「方向感覚が狂う」
「音も反響する」
「魔物に追われて走ると、自分がどこにいるか分からなくなる」
「それで帰れなくなった冒険者、山ほど見た」
レオはごくりと唾を飲み込んだ。
「怖いですね……」
「怖い場所だから、生き残る方法を覚えるの」
そして二人は森へ入った。
木々の間を風が抜ける。
葉擦れの音。
遠くで鳥が鳴く。
湿った土の匂い。
レオは周囲を見回した。
以前なら、それだけで緊張していた。
だが今は違う。
足音を殺す。
周囲を見る。
呼吸を整える。
少しだけ自分を冷静に見られる。
「まず、今どこにいるか言って」
レオは地図を開き、周囲を見る。
「えっと……岩場が左にあって、川の音が少し遠い……」
「だから?」
「多分、ここです」
地図の一角を指差す。
エリナは少しだけ笑った。
「正解」
「やった」
――その時だった。
茂みが揺れる。
低い唸り声。
飛び出してきたのは、小型の狼型魔物。
レオは反射的に剣を抜く。
だが。
「待って」
エリナが止めた。
「まずカード」
「え?」
カードが短く言う。
(左前……二体、かも)
「かも!?」
(後ろの茂みに、もう一匹……かも)
「全部かもじゃないですか!」
(全部断言して外したら、お前が死ぬ。少しは自分で気配察知しろ!)
「理屈は分かるけど怖い!」
次の瞬間。
後方から、別の狼が飛び出す。
「うわっ!?」
ぎりぎりで避ける。
もしカードが言わなければ、完全に不意打ちだった。
「すご……!」
(感心している場合か)
「ですよね!」
レオは剣を構える。
前に二体。
後ろに一体。
焦るな。
囲まれているわけではない。
呼吸。
足場。
距離。
エリナの声が飛ぶ。
「風!」
「はい!」
レオは風魔法を放つ。
落ち葉が舞い、視界が乱れる。
その隙に一体目へ踏み込む。
剣を振る。
浅い。
だが怯ませた。
「次!」
「氷!」
地面を薄く凍らせる。
飛び込んできた狼が足を滑らせる。
そこへ剣を叩き込む。
二体目。
三体目。
息は上がる。
腕も震える。
それでも、一週間前の自分とは違った。
魔法だけではない。
剣だけでもない。
両方を繋げて戦える。
最後の一体を倒した時、レオはその場にへたり込んだ。
「はぁ……っ、はぁ……!」
エリナは近づき、倒れた狼を見る。
「うん。悪くない」
「本当ですか……!?」
「五十点くらい」
「低っ!」
エリナは少し笑った。
「でも、一週間前なら死んでたわね」
レオは苦笑した。
否定できない。
カードが静かに光る。
(ようやく、冒険の入口……かもな)
「また“かも”!」
(入口に立った瞬間は、誰も確信できない)
「哲学やめてください!」
レオは立ち上がる。
剣を握る。
森を見る。
怖い。
でも。
もう、前みたいに足がすくむだけではない。
その怖さの先に、進める気がしていた。




