転生したらカードだった ――“導き”の正体
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
湿った石壁に、血の匂いが染み込んでいた。
ダンジョン三階層。
薄暗い空間の中で、冒険者ベルジュール、通称ベルは、魔物と戦った後で肩で息をしていた。
「……はは、ツイてないな」
目の前には、さらに十体の魔物。
牙を剥き、低く唸る群れ。
逃げ場はない。背後は行き止まり、上層へ続く階段も見当たらない。
いわゆる――モンスターハウス。
「……一人で十体、かよ」
1人でぼやくしかない
笑えない冗談だった。
「誰か助けに来てくれないかな」
と希望は若干捨てない。
ベルは強くない。
剣の腕は中の下、魔法も上手くは扱えず、特別なスキルもない。
だからこそ、誰ともパーティを組めなかった。
――いや、正確には「組めない」のではない。
「組んでもらえない」のだ。
「……でもな」
それでも、冒険者でいるしか生活ができない状況。
頑張るしかなかったのだ。
膝が震え、腕が重い。
それでもベルは、剣を構え直した。
「……まだ、終わってねぇ」
一体が飛びかかる。
反射的に剣を振るう――が、浅い。
二体目、三体目。囲まれる。
腹に鈍い衝撃。
視界が揺れ、地面に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
呼吸が、うまくできない。
指先から力が抜けていく。
周りは、魔物が集まってくる。
――終わりだ。
そう思った、その時だった。
視界の端。手の届く範囲。
地面に、不自然な“それ”があった。
「……なんだ、あれ……」
四角い、薄い物体。
金属でも、紙でもない質感。
ドロップ品にも見えない。
だが、なぜか“そこにある”。
藁にもすがる思いで――手が、勝手に伸びた。
「……ッ」
触れた瞬間、世界が“静止”した。
その物体は冷たくもない、暖かくもない、柔らかくもないベルにとっては意味不明な物体。
とっさにポケットにしまう。
そして、音が消える。
魔物の動きが止まる。
自分の呼吸すら、遠くなる。
そして――
“流れ込んできた”。
これは、言葉ではない。
映像でもない。頭の中に謎の映像が流れてきた。
“道筋”だ。動くべき軌道だと直感した。
――右。
一歩、踏み込め。
――振るな。刺せ。
――次は奥、動く前に潰せ。
――三歩下がれ。来る。
――左から四体目、弱い。
――今だ。
ベルの体が、勝手に動いた。
その映像は、ベルの動ける速さ、強さ、範囲でできていた。
剣が、迷いなく敵の急所を貫く。
振るうたびに、一体ずつ確実に崩れていく。
「……なんだ、これ……」
恐怖よりも先に、確信があった。
――勝てる。
その感覚だけが、異様に鮮明だった。
五体。
六体。
七体。
戦っているのに、次第に呼吸が整う。
視界が冴える。
まるで、自分が“自分じゃない”ような感覚。
――だが。
最後の一体を仕留めた瞬間。
“それ”が、囁いた。
――油断するな。
――来る。
床が、軋む。
「……は?」
次の瞬間。
“それ”は現れた。
通常の魔物とは明らかに違う。
巨大な影。
圧倒的な質量。
――ボス個体。
「さらにでるのかよ。ふざけんなよ……!」
だが、足は止まらない。
限界ではあるが、それを知っているかのように、計算され尽くされたかのようなイメージが流れ込んでくる。
――右に転がれ。
ベルは従う。
直後、先ほどまでいた場所を、巨大な腕が叩き潰した。
石が砕ける。
「あぶな……ッ!」
冷や汗が、背を伝う。
――今は攻めるな。
――三秒待て。
――来る。
ベルは、息を殺した。
一秒。
二秒。
そして――三秒。
ボスが、踏み込む。
――今だ。
剣を握る手に、力が戻る。
ベルは、踏み込んだ。
「うおおおおおおッ!!」
導かれるままに。
ただ、ひたすらに。
“正しい場所”へ。
剣が、突き刺さる。
――静寂。
やがて。
巨体が、崩れ落ちた。
ドォン、と低い音が響く。
「……は……はは……」
ベルは、その場に崩れ落ちた。
「勝った。~~」
さらなる魔物を呼び寄せる危険はあるが、叫んでいた。
本当に、勝ったのだ。
しばらくして。
ベルは、ポケットから取り出し、手の中の“それ”を見る。
四角い物体。
――カード。
表面には、淡く光る紋様。
見たことが無い模様だった。
そして、中央に浮かぶ一行の文字。
《導きのカード》
「……お前、何なんだよ」
問いかける。
もちろん、返事はない。
だが――
ほんのわずかに、カードが“脈打った”気がした。
まるで。
意志があるかのように。
――そして。
その瞬間。
カードの内側で、何かが“目覚めた”。
(……ああ、ようやく“使われた”か)
声にならない声。
それは、誰にも聞こえない。
だが確かに、“存在していた”。
(転生してまで、ただの紙切れで終わるつもりはない)
かつて“人間だった何か”が、
今、カードとして――
冒険者ベルジュールの運命に、介入を始める。




