Part.3
二人は息を切らして走り続けていた。
途中、何度も足を取られそうになりながらも、二人は公園を目指して走る。
あの奇妙な感覚から、できるだけ早く遠ざかりたかった。
葵もその後ろを必死に追っている。
普段なら笑いながら走っていたはずの二人が、今日はその笑顔もなく、ただただ必死に足を運ぶだけだった。
背後に何かを感じつつも、二人はひたすらに前だけを見つめて走り続けた。
やがて、公園の広場に辿り着くと、綾はほっと息をつきながらも、その場に倒れ込むようにベンチに座った。
葵も、何とかその後を追って座り込む。
息が荒れ、額に汗が滲んでいるのがわかる。
二人とも、まるで全てのエネルギーを使い果たしたように、ただ静かにベンチに座っていた。
綾は肩で息をしながら、周りの景色に目を向けた。
公園は普段の賑やかさからは程遠く、あまり人がいない。
視線を感じることもなく、穏やかな風が吹き抜けるだけだ。
あの通風口で感じた気味の悪い暴風とはまるで違って、今日は心地よい夏の風が周囲を包み込んでいる。
しかし、綾の心の中は、あの異様な出来事の余韻でいっぱいだった。
何が起きたのか、どうしてあんなことがあったのか、まだ答えが見つからない。
そんな中、綾は思わず隣に座る葵を見た。
葵の顔は相変わらず虚ろで、目はどこか遠くを見つめている。
普段ならこんな表情を見せることなどないのに、今の葵はまるで誰かが彼女を連れ去ってしまったように感じる。
いつも元気で明るい葵が、こんな状態でいることが、綾には耐えられなかった。
綾は胸が締め付けられるような思いに駆られ、無意識に葵に手を伸ばしていた。
「…大丈夫?」
綾は震える声で声をかけた。
自分でも驚くほどに声が震えている。
葵の反応が怖いほどに予測できなかった。
葵は無言で頷いたが、その頷き方には力がなく、まるで意識がどこかに漂っているような感じがした。
綾はまた深く息を吐き、言葉を探すように視線を落とした。
「……こわかったね。」
その言葉が葵の心に届くかどうか、綾には分からなかったが、どうしてもその言葉を口にせずにはいられなかった。
葵はまた無言で頷いた。
やはり言葉を返すことなく、葵の目はただ虚ろで、綾の顔を見ようともせず、ただ前を見つめ続けていた。
その様子に、綾の胸はさらに痛みを増していった。
しばらくの沈黙が続いた。
綾は、心のどこかで躊躇しながらも、思い切って言った。
「……恥ずかしかったね。」
その言葉を発した瞬間、葵が少し震えたように感じた。
そして、今まで見せなかった感情が一気にその顔に現れた。
葵の目には大粒の涙が溢れ、顔がゆがみ、スカートの裾を握る手に力が入る。
その姿を見た綾は胸が痛くなり、思わず葵の肩に手を置いて支えるようにした。
葵は、先ほどよりもさらに強く頷き、顔を歪めたまま顔を上げた。
綾はその目を見て、やっとその痛みの一端を感じ取ることができた。
綾は葵を抱きしめるように肩を貸し、葵の背中を静かにさすった。
その感触を通じて、綾は葵が感じている痛みや恐怖が少しずつ伝わってくるように思った。
(つづく)