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Part.2

 自分の名前を聞いて、綾は思わず足を止めた。

 葵が自分を呼んでいることに、綾は一瞬で気づいた。


 しかし、その声に違和感を覚える。

 葵の声は、いつも耳にしてきたあの元気で明るいものではない。

 むしろ、それはどこか遠くから響いてくるようで、まるで自分と葵との間に無数の距離ができてしまったかのようだった。


 そんな違和感を抱えながらも、綾は反射的に振り返る。


「ん?何?」


 と呟きながら振り返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 葵が目の前で、顔を真っ赤にして、目を大きく見開き、涙をこぼし、混乱したようにその場をぐるぐると動き回っていた。


 今まで見たこともない、全く別人のような葵の姿に、綾は息を呑んだ。

 明るく、いつも元気に綾を引っ張ってくれていた葵の姿は、そこには無かった。


「……葵?」


 綾は小さな声で葵の名前を呼びながら、足は自然と葵の方へ向かっていった。


「何してるの!?どうしたの!?」


 声をかけるも、葵はまったく反応しない。

 ひたすら涙を浮かべて、ただ暴れ続けている。

 綾の心はどんどんと不安でいっぱいになっていく。


 葵のすぐそばに立つと、綾は突然、足元から不安定な感覚に襲われた。


(うわっ、何これっ!)


 思わず足元を見ると、今、綾と葵が立っている場所が金網の上だと気づく。

 しかし、その金網に目をやることができない。

 足元から伝わってくる熱気や、目の乾き、そして軽い息苦しさが、綾をますます混乱させる。


(…風??)


 その瞬間、綾は周囲の視線に気づいた。


 なんだか視線が自分に集まっているような気がして、無意識に見回すと、その視線が葵の足元に集中していることに気づく。


 視線の先に目を向けた綾は、突然、背筋に冷たいものが走った。


 あれは、体育の着替えのときなどに見かけた、葵の下着のようだった──小さなリボンまで、そのままに。

 それがこんな場所で見えていることに、綾は強烈な違和感を覚えた。


 そのとき、綾の視線に緑の葉っぱが舞い上がる。

 それは葵のスカートに付いているワッペンだ。

 普段、葵が歩くときにひざ元で揺れるワッペンが、綾の目の前で浮いている。


 ようやく綾は全てを理解した。


 金網から風が吹き出していて、真下から葵のスカートを押し上げていたこと。

 そして、あの明るくて元気な葵が、どうして今こんな恐ろしい表情をして暴れ回っているのか、その理由も。


(…助けなきゃ!)


 綾は葵の腕をしっかりと掴む。


「葵、こっちっ!!」


 綾は葵をアスファルトの上へぐいと引き寄せた。


 下から感じていた熱い風は、綾が葵を引っ張ったことでぴたりと止まった。

 暴れまわっていた葵のスカートは、まるで魔法が解けたかのように、ふわりと元の位置に戻った。


 葵は慌ててスカートの裾を手繰り寄せ、両手でしっかりと握りしめた。

 その手が震えているのがわかる。

 葵はまだ何が起こったのか信じられない様子で、ただ目を見開き、肩で息をしながら茫然と通風口をじっと見つめている。

 その表情に綾は驚きと戸惑いを隠せなかった。


 次の瞬間、綾は周囲の視線を再び感じた。


 綾は目を上げて、周囲を見回す。

 やはり、その視線は葵に向かって集まっている。

 その視線の先にある、葵の無防備な姿が綾の心に強く響いた。


 先ほどの綾の中に芽生えた強い感情が、再び綾を突き動かす。

 綾は葵の手をしっかりと握りしめ、迷うことなく走りだした。


(あの公園、あの公園まで走る!!)


 綾は決意を固め、葵の手を引いて前を見据えながら走り続けた。


 ふと後ろを振り返ると、目も虚ろでどこか遠くを見つめている葵が、綾に引かれるまま、よろよろとついてきている。

 その姿を見て、綾は胸が締め付けられるような痛みを感じるが、それでも葵の手を強く握りしめ、何が何でも彼女を守るという一心で走り続けた。


(つづく)

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