Part.1
夏期講習を終えた葵と綾は、終わりゆく夏のひとときを楽しむため、街の通りを歩いていた。
太陽の光が優しく降り注ぐ午後、二人は歩きながら、これからの未来を夢見て話していた。
「中学受験が終わったら、どこか行きたいね」
葵が元気に言うと、綾は少し考え込んでから、にこっと笑った。
「うん、どこがいいかな……。でも、やっぱりパフェを食べに行きたいな」
その言葉に葵はすぐに反応する。
「それなら、あそこのカフェに行こうよ! 新作のパフェがおいしいんだって」
葵の言葉に綾の目が輝いた。
「新作のパフェ?」と興味津々で聞き返す綾。
葵はうんうんと頷きながら、嬉しそうに続けた。
「そう、カフェの店員さんが言ってたんだ。フルーツがいっぱいで、見た目もすごく可愛いんだよ!」
その言葉を聞いて、綾は自然と口元がほころんだ。
「それなら、試してみたいな。きっと、すごくおいしいんだろうね」
二人はそのまま足を進め、通りのカフェを目指して歩いていった。
雑踏の中、何気ない会話が続く。話題は特に大きなものではないけれど、お互いの笑顔を見ているだけで、どこか心が温かくなるような気がする。
「本当に、夏休みってあっという間だね」
と、綾がぽつりと呟いた。
葵は少し考えてから、にっこりと笑った。
「でも、最後の夏休みだし、思いっきり楽しんでおこうよ!」
その言葉に、綾もまた微笑み返した。二人は手をつないだまま、夏の終わりを惜しむように、街を歩き続けた。
――そのときだった。
突然、葵は足元からフワリと浮かび上がるような感覚に、思わず立ち止まる。
足元から感じる生暖かい空気が、思わず葵の体を硬直させた。
その温かな風は、まるで葵の足元から上に向かって吹き上げているようで、不安感が一気に胸に広がる。
足元に目を向けると、四方に広がった茶色い布のようなものが視界に入った。
(なに……これ……?)
その布の広がりが、葵に満開の花が咲き誇るような不思議な感覚をもたらし、戸惑いを覚えた。
視覚的に捉えるその景色は、美しさと同時に、不安と恐怖をも感じさせる。
葵は一瞬、綾を呼び止めようと顔を上げるが、綾は気づかず先に進んでしまう。
葵はその背中を眺めるが、次第に自分が何か異常な状況に巻き込まれているような気がして、急に心細くなった。まるで異世界に迷い込んだような不安定な感覚が、彼女を包み込んでいく。
葵の意識は、再び足元の奇妙な現象に引き戻される。
(あれ……これ……スカート?)
広がっている布に、どこかで見覚えがある気がした。そう、葵のお気に入りのフレアスカートだ。
だけど、普段はあんなふうに見たことがない。形がまるで違う。
目を凝らすと、さらに奇妙なものが目に入った。
空中に浮かんでいる緑の葉っぱ──それは、お母さんがスカートの裾に付けてくれたワッペンだった。
しかし、いつもは自分の足元で揺れているワッペンが、自分の目の前でフワフワと浮いている。
葵はその光景に驚き、思わず立ちすくむ。
――そして気づいた。
スカートの裾が普段よりも異常に高い位置まで持ち上がっている。
その異様な高さに、葵は疑念を抱く。
(もしかして……見えてる……??)
今までスカートの裾を気にしたことがなかった葵にとって、突然胸に湧き上がったその思いは、まさに恐怖そのものであった。
周囲の視線が感じられ、葵の心臓が早鐘のように鳴り始める。
慌てて足元を見つめてみるが、自分の目に広がっているのはスカートだけだ。
あまりに大きく広がっているせいで、自分の足元すら見えない。
(え? 何? みんなには何が見えるの!?)
その瞬間、葵の中で確信が生まれる。これがただの勘違いではないと。
そして、初めて抱く感情が一気に爆発した。
(……いっ……いやっ!!)
葵はとっさにスカートを両手で力いっぱい押さえ込んだ。
しかし、スカートは彼女の手をすり抜け、また大きく広がりを見せる。
前を押さえれば後ろが膨らみ、後ろを押さえれば前側の裾が胸元に迫ってくる。
あらゆる方向から風が吹き上げ、普段は親しい存在だったスカートが、今や恐怖の象徴のように思えてきた。
視界が目まぐるしく変わり、葵は一瞬、小さなリボンがついた白い布を見た。
それは、普段スカートを脱がない限り目にすることはないものだった。
それが自分の目の前に見える上に、西日を浴びている。
恐れていた事態が現実になったことを目の当たりにし、葵の目からは涙がこぼれ落ちる。
声も出せず、ただ両手を振り回し、葵はやっと声を絞り出す。
「……あやぁっっっ!!」
(つづく)