結婚式
Spin-off of the ゆきの中のあかりの番外編です。
すみれ
「すみませんが、一度時間取ってもらえませんか?お忙しいとは思いますが、大地抜きで」
「あ、いや、忙しいなんてないですが……。」
忙しいのはお義兄さんだろうに。
「わたしから伺います。」
いいというのを遮って盛岡で会うことにした。
「出かけるの?」
「うん。」
「どこ?」
「結婚した友達に会いに岩手まで。」
「岩手のどこ?」
「一ノ関」
嘘。ほんとは盛岡です。
「気を付けてね。雪降るかも。」
「うん。帰る前に電話するね。」
指輪もらって、両家に挨拶済ませた時点で、一緒に住み始めた。工房の横の元農家。大地君の家。会社のみんなが安心した。特に下の子たち。大地君、作業に没頭し始めると周りのこと見えなくなっちゃうから世話する人が必要で。早く結婚してくれと、会社の人たちに前から頼まれてた。
いや、わたしに言うなって話ですよ。
まぁ、いいか。済んだことは。
お義兄さん、お義兄さんと……。
多分、式の話だろうなぁと思う。
結婚すること自体は特に反対されることもなくするりと決まったんだけど、どこでどんなふうに式するかで彼と彼のお家とで揉めてた。
わたしの家の方は普通のサラリーマンの家だし、特にこうでなければというのはない。反対に彼の家のほうが古い家で、何代も商売やってるのもあっていろいろしきたりがあるよう。
合わせるしかないねと、森下家では意見まとまってたんだけどね。
意外と頑固なのが大地君で……。
ぶっちゃけ、話しが止まってるんだわ。
「わざわざこんなところまですみません。」
お義兄さんに頭下げられました。
「いや。大丈夫です。わたしのほうが暇ですから。」
「2人で焼肉?とも思ったんですけど、せっかくですから冷麺食べてってくださいよ。焼肉と冷麺。」
そう言って笑った。やっぱり兄弟だなぁ。大地君に似てるわ。
数回しかあったことなくて、そんなによく知ってるわけじゃないのに安心するのは、やっぱり彼に似ているからだろうか。
適当に食べてしゃべった。話を合わせるのがうまい人だった。引き出しが多いというのでしょうか。
「お店かえましょうか。」
「え?ああ……。」
「あまりこっちまで出てくることってないでしょ?」
そう言って、
「ここのケーキ最近人気なんだって。」
「へぇ~。」
たしかにおいしかったです。
「お義兄さんって、甘い物お好きなんですか?」
「いや、好きでも嫌いでもないです。」
「このお店ってよく来られるんですか?」
「いや、初めてです。うちの従業員の子に聞きました。」
わざわざ気を使ってもらっちゃったみたい。
「すみません。それで、あの今日お呼びだてした件なんですが……」
「はい。」
「2人の式のことなんです。」
やっぱりそうだった。
「はい。」
「前から言ってるとおりなんですが、盛岡でやらせてもらえませんか?うちの親戚すじや会社のやつらや地元の人たち呼ぶような形で。大地は嫌がってますけど。」
「はぁ。」
「大地は自分はもう家を出た身だし、今お世話になってる人たち中心に仙台でやりたいって言ってますけど。」
「はい。」
そう言って黙ってじっと見られる。ちょっと困ってコーヒーを飲む。
「あいつが、自分の生まれた家や育った街より、今一緒にいる人たちを大切にしたいって気持ちも分からなくはないんです。ただ、みなさんを呼ばないと言っているわけではないですし、少し皆さんからは遠くなってしまいますけど。」
「はい。」
「仙台で式をしても、主だった親戚や知人は出ますけど、でも、みんなの中で大地は外の人間になってしまうんですよね。清原の家を出て、関係のなくなった人。みんなにそう思われる。それが、僕たちは嫌なんです。」
ぽつんとお義兄さんはそう言った。
「あいつが、家を出てから何年か消息不明だった話って聞いてます?」
お義兄さんの顔をぽかんと見た。
「え?」
「やっぱり……。なんとなく、すみれさんは知らないような気がしてました。」
「……」
「話したらまずかったのかな?ごめんなさい。」
お義兄さんふいに、大きな手で口をおおった。いわざる、とふと思う。
ぷっと笑えた。
「あの、余計なこと、俺が言ったせいで結婚止めるとかやめてください。せっかく仲直りしたのに、今度こそ断絶しちゃう。」
「いや、大丈夫です。びっくりしただけで。でも、そう言えば、お家の話って結婚の話出るまで、あまり聞いてませんでしたし。腑に落ちました。」
お義兄さん、ふっと笑って安心したのか、口を覆ってた手を外した。
「俺が悪いんですけどね。家出てった後、ある時期から行方不明になっちゃって、何年も帰ってこなかったんです。」
「はぁ。」
「あれは、連絡が取れなくなってどのくらいの頃だったかな?多分4年か5年のとき、俺がたまたま出店していたアンテナショップっていうのかな?店に立ってたら、藤田さんに出会って……。」
「え?店長ですか?」
「はい。外見似てたから、兄弟だってわかったみたいで。」
いや、全然知らなかった。どいつもこいつも役者だなぁ。
「それからは藤田さんを通して様子を知らせてもらってたんです。」
しんみりとした顔をする。お義兄さん。
「じゃあ、また行き来するようになったのって……」
「大地が日本に帰って来て、半年ほど経った頃から?ええっと、ここ1、2年ですか。」
驚いた。お義兄さんはわたしの顔を見て、苦笑した。
「あいつはね、なんでかな?俺が悪いのかもしれないけれど、自分は家族から大切にされてないって思い込んじゃったんですよ。それで帰ってこなくなってしまった。そのことがね、お袋をすごい傷つけてしまって。」
「お義母さんをですか?」
「ええ。」
午後の光の中でお義兄さんはさびしそうに笑った。
「僕はただ、俺のときと同じような豪華さで、大人数に囲まれて、大地が同じように祝福されている姿を、お袋に見せてやりたいだけなんです。」
心がしんとした。
「俺たちが古い人間なのかもしれませんけど、俺の周りの親戚や従業員はね、言葉でどんなに大地を俺と同じく、家は出たけど大切な清原家の一員なんだって言っても、言葉は信じない。目で見える物しかね。」
「目で見える物、それが結婚式なんですか?」
「そうです。同じ格の式。」
はぁ~、ため息が出た。
「ちょっと、引きました?すみませんね。田舎者なんで。みんな。」
「ちょっと、わたしの住んでいる世界とは違うかも。」
「大地は、外へ出たし、もう、自分の生家に頼ってどうこうって考えはないと思うんですよ。あいつはね、一度、俺らと手を切ってるんです。でも、そう思ってるのは大地だけ。俺らはあいつと手を切ったつもりはない。離れてはいても、何かあればお互いに助け合う。それが家でしょう?俺たち家族がそう思っているってことを、親戚の連中や従業員に見せるために必要なんです。」
「はい。」
「変な話、どういう式をするかでね。今後、すみれさんや大地が家に来るときのうちの会社のやつらの態度が変わってくる。」
「そんなものですか?」
「つまらないことですけど、そんなものですよ。人間なんて。」
お義兄さんはたんたんと続けた。
「表ではきれいな顔で僕や親父の言うこと聞いててもね、裏では言いたいこというものです。一部の人だけですよ。ほんとに信用できる人は。そういうところで、おもしろおかしく大地やすみれさんのことを勘ぐられたりするのは嫌なんです。うちと仲違いしてるとか、軽んじられているとかね。」
「……」
「すみません。結局は、俺たち家族の、こっちの事情なんですけど。申し訳ない。」
軽く頭下げられてしまいました。
「あ、いえ……。」
「めんどくさいでしょ?普通に会社で働いてたら、こんなことに煩わされないで済むのにね。」
顔あげて、ニッコリ笑った。笑うと年相応に見えた。この人、実年齢より上に見えます。最も、年寄臭いというのではなく、いい意味で大人に見えるというか。
「考えてもらえませんか?式のこと。お返事はすぐにとは言いませんので……。」
「あ、あの……」
「はい。」
「うちはもともと、大地君のお家に合わせようって話になってたんで構わないんです。」
「ああ……」
「問題は本人で……。」
「そうですか……。」
しばし、2人で黙る。
「あ、でも、わたし、話してみます。本人と。」
そう言うとお義兄さんぱっとわたしを見た。
「お願いできますか?」
「ええ、大丈夫です。いろいろ事情があるのもわかりましたし。」
「ただいま」
「おかえり」
「ごめん、遅くなって。ごはん買ってきちゃったけど、もう食べた?」
「え?もうそんな時間?」
驚いて壁の時計見ている。予想通り。この人、何かに熱中するとご飯食べるの忘れちゃうんです。
「お昼はちゃんと食べた?テーブルの上置いといたけど。」
「ああ、それは、さすがにお腹すいたから気が付いて食べた。」
「どうせ、また夕方とかだったんじゃないの?」
何も言わずに笑ってます。
「もう、そんな大きい体でそんなことして、倒れちゃうよ。」
袋の中の物だして、温めたほうがいいもの電子レンジに入れる。
ふいにぎゅっと後ろから抱きついてきた。大地君。
「なに?なに?」
「いや、なんか、家に人が帰ってくるのっていいなぁって思って。」
そう言って人の首筋に顔埋めてる。くすぐったいな。
「君が帰ってくると安心する。」
待っている人がいる家へ車を走らせて、途中で二人分のごはん買って、たどりついた先で家のドアを開けるとあなたがいるとき、わたしも安心する。
しあわせだなぁとふと思った。
「今日、ほんとはお義兄さんと会ったんだよ。」
「え?」
「式のこと、お願いされた。盛岡でやってって。」
「なんて答えたの?」
「あなたと相談しますって。」
それから、言葉少なに2人でご飯を食べる。
たぶん、この人今、頭の中で式のこと考えてるんだよね。彼が口を開くのを待つ。
「君は……」
彼がふと話し出す。お茶飲んでたままに彼のことを見た。
「どうしたいの?」
「盛岡でやりたいって今日話聞いてて思った。」
「えっ!」
ぎょっとした。大地君。
「わたしたちはさ、さくっと仙台で挙げちゃって、それで別になんともないけど、お義兄さんたちはさ、ちょっと面倒なことになるみたいだし。」
「うん。」
「結婚したらね、お義兄さんたちは家族になるんだよね。自分たちの便利さや都合だけ考えて、お義兄さんたちの都合を全く考慮しないのもさ、どうなのかな?」
先生に怒られる子供みたいな顔して聞いてるわ。
「家族なんだしさ。家族に迷惑はかけないでしょ?」
「う~ん。」
都合なんて言葉を使ったけど、ほんとは彼に受け取ってもらいたかった。
お義父さんと、お義母さんと、お義兄さんの気持ち。
仲直りしたい気持ち。
もう一度家族としてやり直したい気持ち。
「NESTのみんなだって、ちょっと遠くてもちゃんと出てくれるよ。」
「う~ん。なんか自分たちの結婚式なのに、誰かに乗っ取られた気がするよ。俺にとってはあんま関係ない人たちがぞろぞろと出てさ。」
若いときにはぴんと来ないのかもしれない。
だって、結婚式なんて たった一日のもの。
その意味はわからない。
だけど、彼が年を取って思い返すとき、もしかしたら、分かるんじゃないかな?
お義兄さんの気持ち。
大地君は家族にとってお義兄さんと同じぐらい大切なんだってことを形にしてみんなに見せようとしたお義兄さんの気持ち。
形にして記憶に残そうとした気持ち。
それが時間をかけて彼に届くのなら、それをわたしは手伝いたいです。
「それに、うちに合わせてやると、きっと着物になるよ。」
「ああ、着物。」
「髪もかつらになっちゃう。ドレスのほうが似合うと思うんだけどな。」
「……」
「見たかったなぁ。ドレス姿。」
「……」
知らなかった。
「もしかして、反対してたのって、わたしのドレス姿が見られないから?」
「それもある。」
ちょっと照れましたよ。正直。
「一生に一回しか着られないのに。」
「そんなわたしのドレス姿なんて、たいしたことないよ。」
「僕にとっては特別だよ。」
まじめな顔して言われた。
いや、かなり照れましたよ。正直。参ったな。
うつむいて、お好み焼きつつく。つつきながらしばし動悸を落ち着ける。
深呼吸しました。すー、はー。
「じゃあ、ドレス着て、あなたがタキシード着て、写真だけ撮る?結婚式とは別に。」
「え?そんなことできるの?」
「うん。できると思うよ。」
「なんだ。できるんだ。」
そう言って、彼、笑った。
「わたしと結婚できるの、嬉しい?」
「え?なにをいまさら。嬉しいよ。」
うん。なんか、伝わりました。さっき。そうか。そんな嬉しかったのか。
なんか、知らなかったなぁ。
知ってるつもりで、知らなかった。
「ほんと、すみれ、あんたいいとこお嫁行くわぁ。」
母が喜んでいる。うん、よかった。母が喜ぶような結婚ができるのね。
「そうねぇ。素敵だったわぁ。やっぱり男の人はさ、背中に載せてるものが違うと、なんか違うわね。包容力というか、責任感というか。」
たまたま家に帰って来てて同席した姉も感動している。うん。よかった。姉にも喜んでもらえるような結婚ができて。
「うちなんて一般庶民なのにさ、すごい気、使ってくれて。エラそうぶるところが全然なかったわね。」
「そうだねぇ。残念だねぇ。もう既婚だものね。」
お姉ちゃん、狙う気だったんかい。
ちなみに、お姉ちゃんとお母さんがさっきからべた褒めに褒めてるのは、わたしの婚約者ではありません。一応お断りしておきます。
お義兄さんです。
大地君のお家に合わせて式をすることになって、そうすると結構大きな式になるし、会場もそこそこの所を使うのでね、結構お金がかかるんですわ。
それで、わたしたち、あまりお金ないんです。
わたしはずっと実家ぐらしのフリーターだったし。NESTが会社になったときに、社員になって、勤務時間も増えたんだけどね。
大地君もまともに給料もらって働くようになったのここ2、3年くらいだからさ。
そんな事情はお義兄さん最初っから分かってて、だから、費用のほとんどは大地君のご実家が持ってくださるんですわ。
そう言ったことも含めて、お義兄さんがうちの両親に説明に来た時に、たまたま東京から里帰りしてた姉も同席したわけです。
それで、2人で盛り上がっちゃったわけだ。
でもね、たしかに、大晴さん、素敵な人だなと思う。
気配りができるんですよ。そんで、一つ一つの言葉尻がさりげなく紳士なんですわ。
受け取り手がどう思うかよく考えて話されてるのね。
「羨ましいなぁ、すみれ。」
でも、わたしがお嫁に行くのは大晴さんとこじゃなくて、大地君のところだよ。
と心の中でつぶやく。
「なんだかんだ言って玉の輿のったんじゃないの?」
うちの貯金残高見るか?ご実家の資産とか我々とは全く関係ありませんが。
と心の中でつぶやく。
「そうねぇ。すみれ、結局貧乏くじ引いたと最初は思ったけどね。」
お母さん……。貧乏くじってちょっといくらなんでもひどいじゃん。
と心の中で……
「どうした?すみれ。静かじゃん。」
「いや、別に。」
女の夢は壊さないでおこうじゃないですか。
大地君とこ戻ってから、ふと聞いてみる。
「ねぇ、お義兄さんって昔もてた?」
「なに?急に。今日なんかまずいことでもあった?」
「いや、まずいことじゃなくて、うちの母と姉が……」
「お義母さんとお義姉さんが?」
「お義兄さん素敵って盛り上がっちゃって……」
「ああ、それ、昔っから。」
ああ、そうなんだ。やっぱり。
「顔が特別いいとかじゃないんだけどね。なんだろ?頼りがい、みたいなの?たまんないみたいね。女の人から言わせると。」
「ああ……」
ちょっとつまらなさそうな顔してんじゃん。
「大地君は?もてたの?」
「そんなこと聞いてどうするの?」
この返しはたいしてもてなかったな、と思う。
「すみれちゃんは?」
あら、切り返されたじゃん。思い返す。なぜか高木先生の顔が思い浮かんだ。
やべ、これ、笑い話ならんじゃん。
「……」
「なに?なんで返事がないわけ?なにか後ろぐらい過去でもあるの?」
「いえ、たいして思うようにはもてませんでした。」
少し怪しそうな顔で見られてます。今。
「さて、お風呂入ってこようかなっと。」
立ち上がってその場を後にする。
お風呂入りながら、ぼけっと久々に高木先生のこと思い出す。
はれ?なんで今更?と我ながら思いつつ。
そして、ハッとした。
そうだ。これはあれですよ。巷で言うマリッジブルーってやつだ。わたしにも来ましたよ。
それでふと彼と先生を比べてみようと思った。
「ねぇ、大地君。わたしって馬鹿じゃない。」
「ああ、そうなんだ。」
話が終わりました。
「……」
わたしがなにも言わないと、彼も話が終わったんだと思ってテレビ見てます。
「いや、学校の成績とかたいしてよくなかったけど、そんな馬鹿じゃないから。」
今、君の仕事のサポートしてんの、誰だと思ってる?馬鹿でこなせるかあの仕事量。
「なに?急に。なに怒ってんの?」
「大地君、わたしのこと馬鹿だと思ってるわけ?」
「思ってないよ。今、自分で自分のこと馬鹿だって言ったんじゃん。」
「ここは、そんなことないよって言わないと。っていうか聞いてた?真面目に。」
「いや。そんなこと言われても、僕にはそんな高等な会話テクはありません。兄貴ならともかく。」
ちょっとポカンとした。
「お義兄さんってこんな時さらりとそんなことないよって言うの?」
「優しく励ますんじゃない?」
「ほー」
そりゃ100点でないの?やっぱし。
ちょっと試しにお義兄さんに同じこと言ってみようか…。ここまで考えた時点でふと彼の顔を見る。心なしか顔がしかめっ面になったような。
「大地君ってさ。」
「なに?」
「あまりやきもち焼くほうじゃないじゃない。」
「そうなの?自分じゃよくわからないけど。」
でも、お義兄さん相手だと、簡単に嫉妬する?と言おうとして、ふと棚に飾ってある猿を見る。
いわざる
うん。これ言っちゃいけないやつだ。
「お風呂入ってきたら?」
「なに?今なにか言いかけてたのは?というか、馬鹿かどうかの話は結局なんだったの?」
「ああ、もういいわ。実験みたいなものだったし。」
「実験ってなに?」
自分の結婚する男と、結婚するのやめた相手との違いを確認する実験です。
もう一度、猿を見る。いわざる。そしてきかざる。
「行き過ぎた好奇心は身を滅ぼすよ。きかざるだ。」
「は?」
髪の毛乾かしながら思う。わたしにはやっぱり厳しく嗜める人でもなく、甘く優しく包んでくれる人でもなく……。あれは、何というのだろうな、大地君のああいうのは。まあ、いいや。あれで。
「え?やだ。ははははは。」
「タケコさん、気持ちはわかりますけど、そこまで笑うのは失礼ですよ。」
本人の代わりに言ってあげる。
「それに、普段を知らない人から見たら別にどこも変なところないでしょう?」
「ほんと、別人じゃん。びっくりした。ははははは」
「タケコさん、さすがに笑いすぎですよ。みんなも笑ったけど、一番笑ってますよ。」
大地君が言う。
「ごめん。ごめん。」
まだ、ひーひー言ってる。
「いや、でもかっこいいよ。日本男児だったんだね。大地君。」
「お褒めいただき、ありがとうございます。」
結婚式当日、ちょっと遠いところを集まってくれたNESTのみんな、それぞれちょっとずつ違う反応だけど、みんな笑った。
なににって、そりゃ、髭そって髪切って、きちんと着物着て、袴履いちゃうと、別人なんだわ。普段と。それこそ、七変化?
「なんか、見慣れない。」
「あなたまで、それ言うの?」
若干疲れてます。みんなに笑われて。そりゃそうだ。結婚式でここまで笑われる人も珍しいだろう。それに、普段を知らない人から見たら、別にへんなとこないです。今日のこの人。
「わたしは?」
そっと少しだけ笑った。
「見慣れない。」
「おめでとう~。」
店長とオーナーが一緒に来た。
「ああ、大地君、面接のときみたい。懐かしいね。」
「どうも。」
「すみれちゃん。きれいじゃない。おめでとう。」
「ありがとうございます。今日初めてきれいって言われたかも。」
「え?」
店長、びっくりしてた。
「みんな、この人見て笑っちゃうんで、わたし、霞んでます。今日。」
「え?」
コメントに窮して、オーナーと店長と大地君と見つめあってるね。
「いや、たくさんの人がきれいって言ってたよ。」
「今日、初めて会った人たちね。」
「……」
「NESTのみんなは、あなたのこと見て大笑いして、わたしのこと見るの忘れてたわ。」
「……」
すみれ
「すみませんが、一度時間取ってもらえませんか?お忙しいとは思いますが、大地抜きで」
「あ、いや、忙しいなんてないですが……。」
忙しいのはお義兄さんだろうに。
「わたしから伺います。」
いいというのを遮って盛岡で会うことにした。
「出かけるの?」
「うん。」
「どこ?」
「結婚した友達に会いに岩手まで。」
「岩手のどこ?」
「一ノ関」
嘘。ほんとは盛岡です。
「気を付けてね。雪降るかも。」
「うん。帰る前に電話するね。」
指輪もらって、両家に挨拶済ませた時点で、一緒に住み始めた。工房の横の元農家。大地君の家。会社のみんなが安心した。特に下の子たち。大地君、作業に没頭し始めると周りのこと見えなくなっちゃうから世話する人が必要で。早く結婚してくれと、会社の人たちに前から頼まれてた。
いや、わたしに言うなって話ですよ。
まぁ、いいか。済んだことは。
お義兄さん、お義兄さんと……。
多分、式の話だろうなぁと思う。
結婚すること自体は特に反対されることもなくするりと決まったんだけど、どこでどんなふうに式するかで彼と彼のお家とで揉めてた。
わたしの家の方は普通のサラリーマンの家だし、特にこうでなければというのはない。反対に彼の家のほうが古い家で、何代も商売やってるのもあっていろいろしきたりがあるよう。
合わせるしかないねと、森下家では意見まとまってたんだけどね。
意外と頑固なのが大地君で……。
ぶっちゃけ、話しが止まってるんだわ。
「わざわざこんなところまですみません。」
お義兄さんに頭下げられました。
「いや。大丈夫です。わたしのほうが暇ですから。」
「2人で焼肉?とも思ったんですけど、せっかくですから冷麺食べてってくださいよ。焼肉と冷麺。」
そう言って笑った。やっぱり兄弟だなぁ。大地君に似てるわ。
数回しかあったことなくて、そんなによく知ってるわけじゃないのに安心するのは、やっぱり彼に似ているからだろうか。
適当に食べてしゃべった。話を合わせるのがうまい人だった。引き出しが多いというのでしょうか。
「お店かえましょうか。」
「え?ああ……。」
「あまりこっちまで出てくることってないでしょ?」
そう言って、
「ここのケーキ最近人気なんだって。」
「へぇ~。」
たしかにおいしかったです。
「お義兄さんって、甘い物お好きなんですか?」
「いや、好きでも嫌いでもないです。」
「このお店ってよく来られるんですか?」
「いや、初めてです。うちの従業員の子に聞きました。」
わざわざ気を使ってもらっちゃったみたい。
「すみません。それで、あの今日お呼びだてした件なんですが……」
「はい。」
「2人の式のことなんです。」
やっぱりそうだった。
「はい。」
「前から言ってるとおりなんですが、盛岡でやらせてもらえませんか?うちの親戚すじや会社のやつらや地元の人たち呼ぶような形で。大地は嫌がってますけど。」
「はぁ。」
「大地は自分はもう家を出た身だし、今お世話になってる人たち中心に仙台でやりたいって言ってますけど。」
「はい。」
そう言って黙ってじっと見られる。ちょっと困ってコーヒーを飲む。
「あいつが、自分の生まれた家や育った街より、今一緒にいる人たちを大切にしたいって気持ちも分からなくはないんです。ただ、みなさんを呼ばないと言っているわけではないですし、少し皆さんからは遠くなってしまいますけど。」
「はい。」
「仙台で式をしても、主だった親戚や知人は出ますけど、でも、みんなの中で大地は外の人間になってしまうんですよね。清原の家を出て、関係のなくなった人。みんなにそう思われる。それが、僕たちは嫌なんです。」
ぽつんとお義兄さんはそう言った。
「あいつが、家を出てから何年か消息不明だった話って聞いてます?」
お義兄さんの顔をぽかんと見た。
「え?」
「やっぱり……。なんとなく、すみれさんは知らないような気がしてました。」
「……」
「話したらまずかったのかな?ごめんなさい。」
お義兄さんふいに、大きな手で口をおおった。いわざる、とふと思う。
ぷっと笑えた。
「あの、余計なこと、俺が言ったせいで結婚止めるとかやめてください。せっかく仲直りしたのに、今度こそ断絶しちゃう。」
「いや、大丈夫です。びっくりしただけで。でも、そう言えば、お家の話って結婚の話出るまで、あまり聞いてませんでしたし。腑に落ちました。」
お義兄さん、ふっと笑って安心したのか、口を覆ってた手を外した。
「俺が悪いんですけどね。家出てった後、ある時期から行方不明になっちゃって、何年も帰ってこなかったんです。」
「はぁ。」
「あれは、連絡が取れなくなってどのくらいの頃だったかな?多分4年か5年のとき、俺がたまたま出店していたアンテナショップっていうのかな?店に立ってたら、藤田さんに出会って……。」
「え?店長ですか?」
「はい。外見似てたから、兄弟だってわかったみたいで。」
いや、全然知らなかった。どいつもこいつも役者だなぁ。
「それからは藤田さんを通して様子を知らせてもらってたんです。」
しんみりとした顔をする。お義兄さん。
「じゃあ、また行き来するようになったのって……」
「大地が日本に帰って来て、半年ほど経った頃から?ええっと、ここ1、2年ですか。」
驚いた。お義兄さんはわたしの顔を見て、苦笑した。
「あいつはね、なんでかな?俺が悪いのかもしれないけれど、自分は家族から大切にされてないって思い込んじゃったんですよ。それで帰ってこなくなってしまった。そのことがね、お袋をすごい傷つけてしまって。」
「お義母さんをですか?」
「ええ。」
午後の光の中でお義兄さんはさびしそうに笑った。
「僕はただ、俺のときと同じような豪華さで、大人数に囲まれて、大地が同じように祝福されている姿を、お袋に見せてやりたいだけなんです。」
心がしんとした。
「俺たちが古い人間なのかもしれませんけど、俺の周りの親戚や従業員はね、言葉でどんなに大地を俺と同じく、家は出たけど大切な清原家の一員なんだって言っても、言葉は信じない。目で見える物しかね。」
「目で見える物、それが結婚式なんですか?」
「そうです。同じ格の式。」
はぁ~、ため息が出た。
「ちょっと、引きました?すみませんね。田舎者なんで。みんな。」
「ちょっと、わたしの住んでいる世界とは違うかも。」
「大地は、外へ出たし、もう、自分の生家に頼ってどうこうって考えはないと思うんですよ。あいつはね、一度、俺らと手を切ってるんです。でも、そう思ってるのは大地だけ。俺らはあいつと手を切ったつもりはない。離れてはいても、何かあればお互いに助け合う。それが家でしょう?俺たち家族がそう思っているってことを、親戚の連中や従業員に見せるために必要なんです。」
「はい。」
「変な話、どういう式をするかでね。今後、すみれさんや大地が家に来るときのうちの会社のやつらの態度が変わってくる。」
「そんなものですか?」
「つまらないことですけど、そんなものですよ。人間なんて。」
お義兄さんはたんたんと続けた。
「表ではきれいな顔で僕や親父の言うこと聞いててもね、裏では言いたいこというものです。一部の人だけですよ。ほんとに信用できる人は。そういうところで、おもしろおかしく大地やすみれさんのことを勘ぐられたりするのは嫌なんです。うちと仲違いしてるとか、軽んじられているとかね。」
「……」
「すみません。結局は、俺たち家族の、こっちの事情なんですけど。申し訳ない。」
軽く頭下げられてしまいました。
「あ、いえ……。」
「めんどくさいでしょ?普通に会社で働いてたら、こんなことに煩わされないで済むのにね。」
顔あげて、ニッコリ笑った。笑うと年相応に見えた。この人、実年齢より上に見えます。最も、年寄臭いというのではなく、いい意味で大人に見えるというか。
「考えてもらえませんか?式のこと。お返事はすぐにとは言いませんので……。」
「あ、あの……」
「はい。」
「うちはもともと、大地君のお家に合わせようって話になってたんで構わないんです。」
「ああ……」
「問題は本人で……。」
「そうですか……。」
しばし、2人で黙る。
「あ、でも、わたし、話してみます。本人と。」
そう言うとお義兄さんぱっとわたしを見た。
「お願いできますか?」
「ええ、大丈夫です。いろいろ事情があるのもわかりましたし。」
「ただいま」
「おかえり」
「ごめん、遅くなって。ごはん買ってきちゃったけど、もう食べた?」
「え?もうそんな時間?」
驚いて壁の時計見ている。予想通り。この人、何かに熱中するとご飯食べるの忘れちゃうんです。
「お昼はちゃんと食べた?テーブルの上置いといたけど。」
「ああ、それは、さすがにお腹すいたから気が付いて食べた。」
「どうせ、また夕方とかだったんじゃないの?」
何も言わずに笑ってます。
「もう、そんな大きい体でそんなことして、倒れちゃうよ。」
袋の中の物だして、温めたほうがいいもの電子レンジに入れる。
ふいにぎゅっと後ろから抱きついてきた。大地君。
「なに?なに?」
「いや、なんか、家に人が帰ってくるのっていいなぁって思って。」
そう言って人の首筋に顔埋めてる。くすぐったいな。
「君が帰ってくると安心する。」
待っている人がいる家へ車を走らせて、途中で二人分のごはん買って、たどりついた先で家のドアを開けるとあなたがいるとき、わたしも安心する。
しあわせだなぁとふと思った。
「今日、ほんとはお義兄さんと会ったんだよ。」
「え?」
「式のこと、お願いされた。盛岡でやってって。」
「なんて答えたの?」
「あなたと相談しますって。」
それから、言葉少なに2人でご飯を食べる。
たぶん、この人今、頭の中で式のこと考えてるんだよね。彼が口を開くのを待つ。
「君は……」
彼がふと話し出す。お茶飲んでたままに彼のことを見た。
「どうしたいの?」
「盛岡でやりたいって今日話聞いてて思った。」
「えっ!」
ぎょっとした。大地君。
「わたしたちはさ、さくっと仙台で挙げちゃって、それで別になんともないけど、お義兄さんたちはさ、ちょっと面倒なことになるみたいだし。」
「うん。」
「結婚したらね、お義兄さんたちは家族になるんだよね。自分たちの便利さや都合だけ考えて、お義兄さんたちの都合を全く考慮しないのもさ、どうなのかな?」
先生に怒られる子供みたいな顔して聞いてるわ。
「家族なんだしさ。家族に迷惑はかけないでしょ?」
「う~ん。」
都合なんて言葉を使ったけど、ほんとは彼に受け取ってもらいたかった。
お義父さんと、お義母さんと、お義兄さんの気持ち。
仲直りしたい気持ち。
もう一度家族としてやり直したい気持ち。
「NESTのみんなだって、ちょっと遠くてもちゃんと出てくれるよ。」
「う~ん。なんか自分たちの結婚式なのに、誰かに乗っ取られた気がするよ。俺にとってはあんま関係ない人たちがぞろぞろと出てさ。」
若いときにはぴんと来ないのかもしれない。
だって、結婚式なんて たった一日のもの。
その意味はわからない。
だけど、彼が年を取って思い返すとき、もしかしたら、分かるんじゃないかな?
お義兄さんの気持ち。
大地君は家族にとってお義兄さんと同じぐらい大切なんだってことを形にしてみんなに見せようとしたお義兄さんの気持ち。
形にして記憶に残そうとした気持ち。
それが時間をかけて彼に届くのなら、それをわたしは手伝いたいです。
「それに、うちに合わせてやると、きっと着物になるよ。」
「ああ、着物。」
「髪もかつらになっちゃう。ドレスのほうが似合うと思うんだけどな。」
「……」
「見たかったなぁ。ドレス姿。」
「……」
知らなかった。
「もしかして、反対してたのって、わたしのドレス姿が見られないから?」
「それもある。」
ちょっと照れましたよ。正直。
「一生に一回しか着られないのに。」
「そんなわたしのドレス姿なんて、たいしたことないよ。」
「僕にとっては特別だよ。」
まじめな顔して言われた。
いや、かなり照れましたよ。正直。参ったな。
うつむいて、お好み焼きつつく。つつきながらしばし動悸を落ち着ける。
深呼吸しました。すー、はー。
「じゃあ、ドレス着て、あなたがタキシード着て、写真だけ撮る?結婚式とは別に。」
「え?そんなことできるの?」
「うん。できると思うよ。」
「なんだ。できるんだ。」
そう言って、彼、笑った。
「わたしと結婚できるの、嬉しい?」
「え?なにをいまさら。嬉しいよ。」
うん。なんか、伝わりました。さっき。そうか。そんな嬉しかったのか。
なんか、知らなかったなぁ。
知ってるつもりで、知らなかった。
「ほんと、すみれ、あんたいいとこお嫁行くわぁ。」
母が喜んでいる。うん、よかった。母が喜ぶような結婚ができるのね。
「そうねぇ。素敵だったわぁ。やっぱり男の人はさ、背中に載せてるものが違うと、なんか違うわね。包容力というか、責任感というか。」
たまたま家に帰って来てて同席した姉も感動している。うん。よかった。姉にも喜んでもらえるような結婚ができて。
「うちなんて一般庶民なのにさ、すごい気、使ってくれて。エラそうぶるところが全然なかったわね。」
「そうだねぇ。残念だねぇ。もう既婚だものね。」
お姉ちゃん、狙う気だったんかい。
ちなみに、お姉ちゃんとお母さんがさっきからべた褒めに褒めてるのは、わたしの婚約者ではありません。一応お断りしておきます。
お義兄さんです。
大地君のお家に合わせて式をすることになって、そうすると結構大きな式になるし、会場もそこそこの所を使うのでね、結構お金がかかるんですわ。
それで、わたしたち、あまりお金ないんです。
わたしはずっと実家ぐらしのフリーターだったし。NESTが会社になったときに、社員になって、勤務時間も増えたんだけどね。
大地君もまともに給料もらって働くようになったのここ2、3年くらいだからさ。
そんな事情はお義兄さん最初っから分かってて、だから、費用のほとんどは大地君のご実家が持ってくださるんですわ。
そう言ったことも含めて、お義兄さんがうちの両親に説明に来た時に、たまたま東京から里帰りしてた姉も同席したわけです。
それで、2人で盛り上がっちゃったわけだ。
でもね、たしかに、大晴さん、素敵な人だなと思う。
気配りができるんですよ。そんで、一つ一つの言葉尻がさりげなく紳士なんですわ。
受け取り手がどう思うかよく考えて話されてるのね。
「羨ましいなぁ、すみれ。」
でも、わたしがお嫁に行くのは大晴さんとこじゃなくて、大地君のところだよ。
と心の中でつぶやく。
「なんだかんだ言って玉の輿のったんじゃないの?」
うちの貯金残高見るか?ご実家の資産とか我々とは全く関係ありませんが。
と心の中でつぶやく。
「そうねぇ。すみれ、結局貧乏くじ引いたと最初は思ったけどね。」
お母さん……。貧乏くじってちょっといくらなんでもひどいじゃん。
と心の中で……
「どうした?すみれ。静かじゃん。」
「いや、別に。」
女の夢は壊さないでおこうじゃないですか。
大地君とこ戻ってから、ふと聞いてみる。
「ねぇ、お義兄さんって昔もてた?」
「なに?急に。今日なんかまずいことでもあった?」
「いや、まずいことじゃなくて、うちの母と姉が……」
「お義母さんとお義姉さんが?」
「お義兄さん素敵って盛り上がっちゃって……」
「ああ、それ、昔っから。」
ああ、そうなんだ。やっぱり。
「顔が特別いいとかじゃないんだけどね。なんだろ?頼りがい、みたいなの?たまんないみたいね。女の人から言わせると。」
「ああ……」
ちょっとつまらなさそうな顔してんじゃん。
「大地君は?もてたの?」
「そんなこと聞いてどうするの?」
この返しはたいしてもてなかったな、と思う。
「すみれちゃんは?」
あら、切り返されたじゃん。思い返す。なぜか高木先生の顔が思い浮かんだ。
やべ、これ、笑い話ならんじゃん。
「……」
「なに?なんで返事がないわけ?なにか後ろぐらい過去でもあるの?」
「いえ、たいして思うようにはもてませんでした。」
少し怪しそうな顔で見られてます。今。
「さて、お風呂入ってこようかなっと。」
立ち上がってその場を後にする。
お風呂入りながら、ぼけっと久々に高木先生のこと思い出す。
はれ?なんで今更?と我ながら思いつつ。
そして、ハッとした。
そうだ。これはあれですよ。巷で言うマリッジブルーってやつだ。わたしにも来ましたよ。
それでふと彼と先生を比べてみようと思った。
「ねぇ、大地君。わたしって馬鹿じゃない。」
「ああ、そうなんだ。」
話が終わりました。
「……」
わたしがなにも言わないと、彼も話が終わったんだと思ってテレビ見てます。
「いや、学校の成績とかたいしてよくなかったけど、そんな馬鹿じゃないから。」
今、君の仕事のサポートしてんの、誰だと思ってる?馬鹿でこなせるかあの仕事量。
「なに?急に。なに怒ってんの?」
「大地君、わたしのこと馬鹿だと思ってるわけ?」
「思ってないよ。今、自分で自分のこと馬鹿だって言ったんじゃん。」
「ここは、そんなことないよって言わないと。っていうか聞いてた?真面目に。」
「いや。そんなこと言われても、僕にはそんな高等な会話テクはありません。兄貴ならともかく。」
ちょっとポカンとした。
「お義兄さんってこんな時さらりとそんなことないよって言うの?」
「優しく励ますんじゃない?」
「ほー」
そりゃ100点でないの?やっぱし。
ちょっと試しにお義兄さんに同じこと言ってみようか…。ここまで考えた時点でふと彼の顔を見る。心なしか顔がしかめっ面になったような。
「大地君ってさ。」
「なに?」
「あまりやきもち焼くほうじゃないじゃない。」
「そうなの?自分じゃよくわからないけど。」
でも、お義兄さん相手だと、簡単に嫉妬する?と言おうとして、ふと棚に飾ってある猿を見る。
いわざる
うん。これ言っちゃいけないやつだ。
「お風呂入ってきたら?」
「なに?今なにか言いかけてたのは?というか、馬鹿かどうかの話は結局なんだったの?」
「ああ、もういいわ。実験みたいなものだったし。」
「実験ってなに?」
自分の結婚する男と、結婚するのやめた相手との違いを確認する実験です。
もう一度、猿を見る。いわざる。そしてきかざる。
「行き過ぎた好奇心は身を滅ぼすよ。きかざるだ。」
「は?」
髪の毛乾かしながら思う。わたしにはやっぱり厳しく嗜める人でもなく、甘く優しく包んでくれる人でもなく……。あれは、何というのだろうな、大地君のああいうのは。まあ、いいや。あれで。
「え?やだ。ははははは。」
「タケコさん、気持ちはわかりますけど、そこまで笑うのは失礼ですよ。」
本人の代わりに言ってあげる。
「それに、普段を知らない人から見たら別にどこも変なところないでしょう?」
「ほんと、別人じゃん。びっくりした。ははははは」
「タケコさん、さすがに笑いすぎですよ。みんなも笑ったけど、一番笑ってますよ。」
大地君が言う。
「ごめん。ごめん。」
まだ、ひーひー言ってる。
「いや、でもかっこいいよ。日本男児だったんだね。大地君。」
「お褒めいただき、ありがとうございます。」
結婚式当日、ちょっと遠いところを集まってくれたNESTのみんな、それぞれちょっとずつ違う反応だけど、みんな笑った。
なににって、そりゃ、髭そって髪切って、きちんと着物着て、袴履いちゃうと、別人なんだわ。普段と。それこそ、七変化?
「なんか、見慣れない。」
「あなたまで、それ言うの?」
若干疲れてます。みんなに笑われて。そりゃそうだ。結婚式でここまで笑われる人も珍しいだろう。それに、普段を知らない人から見たら、別にへんなとこないです。今日のこの人。
「わたしは?」
そっと少しだけ笑った。
「見慣れない。」
「おめでとう~。」
店長とオーナーが一緒に来た。
「ああ、大地君、面接のときみたい。懐かしいね。」
「どうも。」
「すみれちゃん。きれいじゃない。おめでとう。」
「ありがとうございます。今日初めてきれいって言われたかも。」
「え?」
店長、びっくりしてた。
「みんな、この人見て笑っちゃうんで、わたし、霞んでます。今日。」
「え?」
コメントに窮して、オーナーと店長と大地君と見つめあってるね。
「いや、たくさんの人がきれいって言ってたよ。」
「今日、初めて会った人たちね。」
「……」
「NESTのみんなは、あなたのこと見て大笑いして、わたしのこと見るの忘れてたわ。」
「……」