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北の神殿

「アレス様、フィーアの言う“北の神殿“はカーナ家の敷地の中に有る小さな神殿の事なんですけど、私は一度も入った事がないんです」


 エレナの発言にアレスは目を見開いた。


「なぜだ?」


 アレスが驚くのは当然だった。サリアは古くから神事が盛んで、国内に多くの神殿が有る。城や大貴族の屋敷の敷地には小さな神殿が有り、祈りをささげる事が慣例だった。


 それなのに、率先して祈る立場のカーナ家の姫が!自分の家の神殿に立ち寄った事が無いなんて、普通では考えられない事だった。


「私が神殿に寄らなかったのはお父様の命令です。誰もあの神殿に近付く事は出来ませんでした。お父様は祈る時は丘の上の大神殿に行く様にと皆に言ってました」


「それでお前も皆も命令に従い近付かなかったのか、理由も分らないのに」


「はい。カーナ家でお父様に逆らう者はいませんでしたから。父は尊敬されていましたけど、恐がられてもいました」


 父の周りにはいつも冷ややかな空気が漂っていて、エレナにとっても幼い頃から恐怖の対象だった。


「でも私は前から興味が有って……あの神殿に何が有るんだろうって考えると気になって仕方有りませんでした。幼い頃はフィーアと一緒にこっそり近づこうとしましたけど、いつも途中で見つかってしまって結局神殿には入れませんでしたけど」


 昔を懐かしみながら言うエレナに、アレスは難しい顔をしたまま頷いた。それからエレナとフィーアの顔を交互に見ながら言った。


「フィーア。カヤを調べるのと同時にセーラについても調べろ」


「セーラ姫ですか?」


「そうだ。特に知りたいのは今のセーラの状況だ」


「かしこまりました」


 フィーアががそう言うと、漸く話は終りを告げた。


 アレスはそれから直ぐにフィーアに向けて命令した。


「お前はもう下がっていい」


 アレスは椅子に座ったままで立ち上がる気配はない。その様子からフィーアが心配そうな顔をした。


「王太子殿下はいかがなさいますか?」


「俺はもう少しエレナと話が有る」


 アレスはそう言い、青みのかかった目をエレナに向ける。


「……アレス様?」


 アレスの話がなんなのか気になって仕方無い。でも今はアレスの視線に捉えられ、動けなかった。



 フィーアが下がると部屋にはアレスとエレナの二人きりになった。途端に気まずさが込み上げて来る。すっかり慣れた王宮の自分の部屋なのに、落ち着かない気持ちになりあちこち視線をさ迷わせてしまう。それを止めるかの様にアレスの低い声がした。


「エレナ」


「は、はい」


 悪い事をした訳ではないのに、これから何を言われるのかが不安で思わずびくりとしてしまう。


 アレスは苦笑いを浮かべながら言った。


「そんなに構えるな。別にとって食う訳じゃない」


「はい……あの、アレス様お話って何ですか?」


 フィーアを下がらせたと言う事は、カーナ家の四つの名前に関する事では無いはずだ。でもそうなると、アレスが何を言いたいのかが予想がつかない。


 今夜のアレスは基本的には穏やかだ。それなのに不安になるのは、エレナへの距離の取り方が以前と違う様に感じるから。


 アレスのその行為により、自分自身の気持ちが大きくぶれてしまう。アレスに見つめられると頭がぼんやりとして決意が揺らいで本能のまま流されてしまいそうで恐かった。


 だから逃げ出したくなるけれど、アレスはそれを許してくれない。エレナを見つめながら話を始めた。


「お前が俺の前に姿を現さなくなった一月の間にいろいろと考えた」


「何を……考えていたのですか?」


「お前の事だ」


 アレスは躊躇い無くそう口にした。


「私の事?」


 目を見開くエレナにアレスは小さく頷く。


「俺はお前だけは妻にはしたくなかった。以前も話したと思うが……それは覚えているな?」


「はい……」


 胸の痛みを感じながらエレナは頷く。


「お前のカーナ家の姫という肩書きは俺にとって脅威だった」


「脅威?……アレス様は私が恐かったという事ですか?まさか……」


 信じられなかった。誰よりも堂々としていて強く見えるアレスが自分なんかを恐がるなんて。


「お前の背後にはカーナ神官長がついていると思っていたからな。神官長は現サリアで最高の権力を持つ人間だ。その娘のお前はどんな命令を受けて来ているのか。王太子妃の地位に就きその権力で何を成そうとしているのか、ひと時も気が抜けないと思いながらお前を妃に迎えた」


「そんな……」


 アレスがエレナに対して、そこまで警戒していたのだという事実は衝撃だった。


「婚儀の日にお前を初めて見た時、強い苛立ちを感じた」


「ど、どうしてですか?」


「お前があまりにも邪気の無い純粋な目で俺を見たからだ。見事な程にその邪な思惑を隠し健気で美しい王太子妃として振舞っていると思ったからだ」


「邪って……私はそんな事……」


 婚儀の日はただアレスの妻になれる事が嬉しくて、気分は昂揚して夢の中に居る様な気持ちだった。アレスに拒絶される未来など予想出来るはずもなく、ただ幸せに浸っていただけだったのに。



「婚儀の夜お前を拒絶してからも、監視はしていた」


「アレス様が私を監視?」


「そうだ。気分は悪いだろうが事実だ」


「いえ、気分が悪いなんて事はないです。でも何か気になる事が有ったなら言ってくれたら良かったのに……」


 アレスに監視されても、エレナとしては全く困らない。驚きはしたけれど。エレナの言葉にアレスは再び苦笑いを浮かべて言った。


「良からぬ事を企む人間は正面から問い質したところで、正直に答えない」


「それはそうでしょうけど、でも私は企みなんてありませんでした」


「今となってはよく分かっている。神官長の命令を受け俺を王太子の地位から追う事などお前には到底無理だ」


「えっ? 私がアレス様の地位を追う?」


「神官長はお前をその為に俺の妃に選んだのだと思い警戒していた」


「でも……」


 アレスの言葉に衝撃を受けながらも、脳裏にかつてアレスに言われた言葉が浮かんで来た。


『お前を俺の妃に選んだのは神官長だ。世継ぎが生まれたら外祖父として更なる権力を得るつもりだ』


「……お父様は私が世継ぎを生む事を望んでいるんだって、アレス様はおっしゃいました」



「良く覚えていたな。確かにお前にはその様に言ったが、それはお前の反応を見る為だった」


「私は忘れっぽいけど、アレス様に言われた事は忘れません……それにアレス様が嘘を言ってるなんて考えなかったから」


 アレスの声音は穏やかだけれど、その話の内容は酷く落ち込む事ばかりだった。結局アレスはエレナを一切信用していなかった。今までのアレスの言葉は偽りだったのだと知らされたのだから。


「私がお父様から受けた命令はアレス様の妃になれという事だけでした。私だって政略結婚だと分かっていました。でもアレス様と結婚出来る事が嬉しくて……ただそれだけだったんです。私の存在自体がアレス様を嫌な気持ちにさせるなんて思ってもいなかったんです」


 自分はアレスの気持ちなんて何もしらずに、きっぱりと拒絶された後も振り向いてもらいたい一心で近付いていた。


「ごめんなさい……私何も知らなくて……本当に迷惑でしたよね」


 マリカ姫の事ではとても傷付いたけれど、今となってはアレスから離れる良いきっかけになったのだと思う。エレナの存在はアレスにとって負でしかない。近付けばアレスが不快になるだけでなくエレナ自身も傷付くだけだ。


「もうアレス様には近付きません」


 強く胸が痛む。それでもなんとかそう言うと、アレスが一際強い口調で言った。


「エレナ話は最後まで聞け!」


 びくりとして顔を上げる。アレスは少し怒っている様に見える。


「今まで話した事は当時の俺の考えだ。今は違う。お前と接する内に考えが変わっていった。さっきも言っただろう? 俺を王太子の地位から追う事などお前には到底無理だともう分かっている」


「はい。私にアレス様を騙して何か企むなんてことは出来ません……秘密でカーナの家に帰った事だって直ぐにばれてしまいましたし」


 それに能力的な問題だけでなく、気持ち的にもアレスを傷つける事なんて出来る訳がない。アレスは口元に笑みを浮かべて頷いた。


「あれは逆に驚いた。お前の様子はあからさまにおかしくて、悪い事をしましたと顔に書いて有る様なものだったからな」


「えっ、顔に? そんなまさか……」


「エレナは考えている事が直ぐに顔に出る。隠し事は無理だ。今何を思っているのかも俺には分る」


 反射的に顔を隠す様に頬を手で覆う。するとアレスが声を立てて笑ったから、エレナはぴたりと動きを止めた。


(アレス様があんな風に笑うなんて!)


 こんなに楽しそうなアレスは初めて見たかもしれない。唖然とするエレナの視界にアレスが立ち上がる姿が映る。それからアレスは長い足でエレナの近く迄来ると、直ぐ隣に腰を下ろした。


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