表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/37

王太子の追求

 アレスが寄越した使者の後を付いて、王宮の広い廊下をひたすら進む。


「ねえフィーア、アレス様の用ってやっぱり昨日の事かしら?」


 エレナの後ろに付き従うフィーアに、前を行く使者の目を盗み小声で問いかける。


「恐らくそうです。アレス様は私を連れて来る様にとも命令されたそうですから」


「フィーアも一緒に怒られるのかもしれないわ。ごめんなさい、私のせいで」


「私の事は気にしなくていいです。それよりあまりごちゃごちゃ話していると使者の方に不審に思われます。前を向いて下さい」


 フィーアに言われ、慌てて前を向く。使者はエレナの様子を時折確認しながら目的地に進む。エレナの緊張が充分高まった時、アレスの居室の有る棟に到着した。


 アレスの部屋が有る廊下の入り口には二人の衛兵が守りに付いていた。衛兵はエレナに気付くと敬礼をする。衛兵の間を通り過ぎ、更に廊下を進むと突き当たりに両開きの扉が見えた。


 エレナの部屋の扉は衛兵が守りに付いているけれど、アレスの部屋の前には誰もおらず使者が自ら扉を開いた。


 扉の先は王宮の大広間で見かける様な調度品が置かれている。部屋の先にはもう一つ扉が有り、使者のその扉の前で立ち止まるとゆっくりとした動作で扉を叩いた。


「王太子妃殿下をお連れ致しました」


 しばらくすると「入れ」と低い声が聞こえて来て、使者が静かに扉を開いた。


 アレスの私室に入るのは初めてで、それだけでも緊張が高まる。それにこれから何を言われるのか思うと不安で仕方無い。


 意を決して部屋に入る。中は余計な物の置かれていない広々とした空間で、中央に置かれている横長の椅子にアレスが一人座っていた。


 王族の正装では無く、楽そうな長衣を羽織っているアレスはいつもと違った雰囲気に感じる。


「そこに座れ」


 アレスは立ち止まったエレナに眉をひそめながら言う。機嫌の悪そうな声に聞こえて、エレナは慌ててアレスの示した椅子に座った。フィーアはエレナの斜め後ろに立つ。


(アレス様、やっぱり怒ってる)


 冷ややかな視線に竦んでしまい挨拶もろくに出来ないでいると、アレスが先に口を開いた。


「昨日、カーナの屋敷に帰ったそうだな」


 アレスの口調から、もう全て知っているのだと感じた。エレナを呼び出したのは事実確認と言うより、怒る為だろう。


「……はい」


 もう誤魔化せないと悟り、エレナは力無く頷いた。



 アレスはエレナに冷たい視線を送ると、次に背後に控えるフィーアに目を向けた。


「お前は行動を共にしていたそうだな」


「はい」


「なぜ、俺に報告しなかった?」


「私の主はエレナ様ですから」


 威圧感を醸し出すアレスに、フィーアは恐れた様子は無く堂々と答える。


 フィーアが怒られないか心配だったけれど、アレスはフィーアには無表情でただ部屋を出る様にだけ言った。


 フィーアは心配そうにしていたけれど、王太子の命令には流石に逆らえない様で、エレナを気にしながらも部屋を出て行った。


 広い部屋にアレスと二人きりになり、エレナはアレスに頭を下げた。


「昨日の事は、本当に申し訳ありませんでした」


 大臣に嘘を言って王宮を抜け出した上に、朝のアレスからの質問にも正直に答えなかった。アレスが怖いだけではなく、罪悪感も有った。


「カーナの屋敷に帰って何をした? お前の様子がおかしいのは、昨日起きた事が原因だろう?」


「それは……」


恐る恐るアレスの様子を窺うと、黙ったままのエレナに苛立っているのか、眉間に深いシワが寄せられている。このままではまずいと言う事は良く分かった。


『成り行きにまかせるしかないですね。正直になってエレナ様が嫌われる事は有りませんよ』


 フィーアの言葉が思い浮かぶ。


(そう。これ以上嫌われる訳がない。今が一番悪いんだもの)


 それにアレスに対してやはり嘘は吐きたくない。

覚悟を決めてエレナは膝の上に置いた手をぐっと握り締めた。


(正直に話しても多分怒られるけど……)


「昨日カーナの家に帰ったのは、アレス様のおしゃった人を操る術について調べたいと思ったからなんです」


 エレナが一気にそう言うと、アレスの表情が一層険しくなった。ビクリとするエレナを一瞥してから、アレスは深い溜息を吐いた。


「そんな事をする必要は無いと言ったはずだ」


 アレスの声音には、怒りだけでなく呆れも含まれている様だ。


「はい、そう言われました。でも私どうしても気になってしまって……カーナの家に何か手がかりが有るかもしれないと思ったんです」


「それでカーナ家ではどんな事をしたんだ?」


「フィーアに手伝って貰ってカーナ家の書庫に有る本を調べました。カーナ家の系図とカーナ家の歴史本です」


 エレナの言葉にアレスは今度は小さな溜息を吐いた。


「それで、目当てのものは見つかったのか?」


「人を操る術について書いて有りそうな本は有りませんでした」


「そうだろうな。もしそんな本が有ったとしても、お前が出入り出来る様な場所に保管されている訳がない」


「……はい」


 呆れた様なアレスの言葉に、居たたまれない気持ちになる。それはフィーアも言っていたし、後から冷静に考えればその通りだとエレナ自身も思っていた。それでもあの時は何かせずにはいられなかった。自分の手で確かめたくて、探し出したいと思っていた。


「なぜそんな無駄な事をした?」


「それは……」


「お前が実家で何をしていたのかカーナ神官長に知られたら、それは俺の差し金だと思われるだろうな。お前の行動は王家とカーナ家との関係を悪化させるものだ」


「私、そんなつもりでは!」


「ではどんなつもりだったんだ?」


 アレスに厳しく追求され、辛い気持ちでいっぱいになる。確かに自分の行動は考え無しで余計な事だったのかもしれない。


「……私はアレス様が人を操る術の話をして下さった時、あまりに驚いて否定してしまいました。でも直ぐに後悔したんです、どうしてアレス様の話を信じなかったんだろうって……だから自分でも調べてみようと思ったんです。そして証拠を見つけたらそんな恐ろしい事は止めたかった」


 アレスはエレナの話を黙って聞いていたけれど、しばらくするとそれまでより力の無い声で言った。


「証拠を見つけたとしてお前に止める力など無いだろう」


「そうかもしれません。でも何もしないで居るよりはいいと思ったんです」


「……お前の行動は意味の無い事ばかりだな」


 その台詞をアレスに言われるのは二回目だった。


 アレスから見るとエレナのやる事成す事は、いつも的外れで無駄な事なのだろう。昨日の行動だけでなく、いつまでもアレスを諦めない事も。


「……ごめんなさい」


 好きな人の望む事と反対の事ばかりしてしまう自分が嫌になる。


 俯いたエレナに、アレスは疲れた様に言った。


「もういい」


「……え?」


「この事はもういいから何時までも落ち込むな。ただし二度と勝手な行動はするな。カーナの屋敷へ行くのも当分は禁止する」


 アレスはエレナを見つめ淡々と言う。その目にはもう怒りは無い。軽蔑の目でもない。


「アレス様……」


 アレスの本当の気持ちは分からない。

 でも、今は、初めて会話を交わした時の様な拒絶の壁は感じなかった。たったそれだけの事だけれど、ほっとして嬉しくて涙が溢れそうになる。それに気付いたのかアレスが嫌そうな顔をした。


「このくらいの事で泣くな。それ程厳しい事は言ってないだろう?」


「は、はい……泣いていません」


 慌てて涙を引っ込める。


「それで、意気込んで出かけたのはいいが、結局何も見つけられずに落ち込んでいたって訳だな」


 アレスは再度確認する様に言う。


「いえ、人を操る術の事は見つけられなかったんですけど、それを調べている時に他に発見してしまった事が有るんです。朝ぼんやりしていたのはその事を思い出してしまったからだと思います」


「他の事?」


 エレナの発言は想像していなかったものなのだろう。それまでゆったりと構えていたアレスが身構えた。


「家系図に私の名前が無かったんです。同じ年頃のセーラ姫の名前は有ったのに。それをフィーアはとても気にしていました」


 おかげでエレナもなかなか忘れられないし、何となく嫌な気持ちになってしまっている。


「系図にお前の名前が無かったと言うのか?」


「はい。書き忘れかとは思うんですけど」


「そんな事が有るはずがないだろう!」


「……え?」


 思いの他強いアレスの反応に、エレナは驚き言葉を失った。


(アレス様までフィーアと同じ反応をする)


 系図に載っていないと言う事は、それ程問題なのだろうか。エレナの気持ちを読み取った様にアレスは言った。


「神官長の一人娘の存在を忘れる訳はない。その系図を信じるならば神官長に姫はいないという事だ」


「私がお父様の娘じゃないって事ですか?」


 そんな事が有るはずがない。物心がついた頃にはカーナ家の屋敷で神官長の娘として暮らしていたのだから。それでもアレスの真剣な目を見ていると、底知れない不安が込み上げて来る。蒼白になったエレナを見てアレスはハッとした様子で目を反らして言った。


「系図の件は疑問だが、お前はカーナ家の姫に違い無いだろう。そうでなければ神官長が王太子妃にする訳がない……驚かせて悪かった」


「い、いえ……」


 アレスの言う通り自分は今は王太子妃だ。それは父の娘だから得られた地位だ。


(今のは忘れなくちゃ……)


 そう自分に言い聞かせる。


 けれどとても難しい事に感じた。


 カーナ家の歴史に記されていた、四つの名前の事は話し損ねてしまった。あの後すぐにアレスはエレナへの追求を止め自分の部屋に戻る様に命令したからだ。


 部屋に戻ると、エレナはドサリと椅子に座り込んだ。


「かなり疲れたんですね」


 そう言うフィーアは疲れた様子は無い様に見える。


「ねえフィーア。昨日見た家系図の事をアレス様に話したら、とても驚いていたわ」


「それはそうでしょう。神官家直系の姫の名前が無いなんて大問題です」


「あの本は正式なものじゃ無かったとか?」


「正式なものかと思いますけど」


「そう……」


 顔を曇らせるエレナを見て、フィーアが言った。


「昨日は大して気に留めていなかったのに。アレス様が驚いたのを見て不安になりましたか?」


「……ええ」


「エレナ様にとってアレス様の影響力はとても大きいですね」


「それは……仕方無いでしょう?」


 アレスの事が誰よりも好きなのだから。


「まあそうですね。ところで四つの名前の件はお話されなかったんですか?」


 エレナが頷くと、今度はフィーアが顔を曇らせた。


「話し損ねたのは仕方無いですけど、アレス様に隠し事をしたくないのでしたら早目に話すべきだと思いますよ」


「そうよね。明日の朝の遠乗りの時に話してみるわ」


 またアレスにカーナ家の不穏な部分を知られてしまうけれど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ