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二つのcorda




演奏が終わって、手がちぎれるかと思うくらい、拍手をした。

言葉で表せないくらい、感動した。


「それじゃあ私もなにか弾くよ」

気のせいかわからないが、雨は少しだけ弱くなった気がする。

ビニール袋からバイオリンをだそうとしたが、

「だめだよ、花奏ちゃんはこれからもその楽器で演奏するんだから」

手を掴まれてできなかった。

その言葉を聞いて、私はやっと理解する。

奏汰さんの『愛の挨拶』は、彼にとっての最後の演奏だったということを。


「すごく、すてきだったよ、本当に涙が出そうなくらい」

うまく言葉が紡げない。

「本当? 良かった」

それでも、奏汰さんはいつも通りに笑ったから、二人の日々がいつまでも続けば、と願ってしまう。


よくラブソングにあるような綺麗事でどうにかなるような気持ちじゃ、ない。

たしかに、奏汰さんには幸せになって欲しい。

でも、それは叶わないから。

せめて今だけは、幸せを感じてほしいんだ。


「少し、目つぶってて」

突然のことに驚きながらも、言われたとおりにする。

数十秒たって、

「いいよ」

と声をかけられて目を開けた。

「手、出してよ」

「うん」

そして、私の手には、ガット弦が乗せられた。


「これ、奏汰さんのバイオリンの」

「G弦だよ」

「え、私に?」

「うん」

「自分勝手だと思うけど、聞いて欲しいんだ」

この人の言うことならなんでも聞いていたい。

私は頷いた。

「バイオリンの弦ってイタリア語でcorda(コルダ)って言うんだけど、それには『繋がり』っていう意味があるんだって」

その一言で、どうしてこの人が私に弦をくれたのか、分かった。

「これから死ぬやつの弦なんて気持ち悪いだろうから、捨ててもらっても構わないんだ」

柔らかく三日月を描く目には、輝きがなかった。

まるで、すべてを諦めて、何かを見据えているような……。

「でも、この世の人との繋がりを残して、一人の人間として俺は死にたいんだ。

……だからさっ」

この時、奏汰さんの顔が悲しそうに歪むのを初めて見た。

「今だけは受け取ったふりをしてください」

「……」

私は何も答えなかった。


雨は気づけば止んでいる。

自分のバイオリンを出して、G弦を外す。

なれた作業のはずなのに、手が震えてうまくできない。


なんとか外し、その代わりに奏汰さんの弦を張った。

二週間ほど前に、先生から言われて、弦をナイロンからガットに変えたけれど、この時のためだったのではないかと思う。


「奏汰さん、手出して」

その大きな手のひらに、私のG弦を乗せる。

「私は、絶対あなたのことを忘れないし、この弦だって捨てない」

視界が滲んで、奏汰さんの表情が見えない。

「……っほら! もう私のバイオリンに張っちゃったよ」

うまく笑えているか、自信はなくて。

でも、目の前の彼が笑顔だから。私も笑うの。



「天気が良くなったね」

茜色が照らす端正な横顔を見つめ、静かに流れる時間を恨んだ。

「ほら、夕日が綺麗だよ」

海の方へ沈んでいく太陽を見つめ、奏汰さんが呟いた。


生ぬるい空気の中に、金木犀の香りがした。


甘くて、切なくて、心が震える。


「離れても、私はきっと、あなたの演奏を探して生きるよ」

寂しさに染められた静寂に、思いの葉を落とす。


音楽は、永遠だから。

この二つのコルダがまた、私たちを繋いでくれるはず。



「世界で一番、奏汰さんのバイオリンが好き」






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