8.収納魔法
針葉草の一件以来、オルガは私に採集を任せるようになった。
森へ行くことも、以前ほどは咎められなくなった。
採集のためなら、ある程度の範囲までは任せてもらえるようになったのだ。
ただし、調子に乗って少し奥へ入りすぎると話は別だった。
「どこまで行ってきたんだい!」
帰ってきた私を見て、オルガにこっぴどく叱られる。
私はそのたびに反省しながらも、頭の中では次に採れそうな植物のことを考えていた。
私はオルガの店の隅に置かれた木箱を、植物標本でいっぱいにしていった。
乾燥させた葉、根、種子、花弁。毒性の強いものは別の箱に分け、触れるだけで危険なものには札をつけた。
ただ、採集した植物が増えるにつれて、ひとつ困ったことが起きた。
「……置く場所がない」
木箱はすでに六つ目だった。
薬草店の隅を借りている身としては、これ以上増やすのも気が引ける。かといって、せっかく採ってきた植物を雑に積み重ねるわけにもいかなかった。
そのとき、またあの女神の言葉を思い出した。
――採集した植物を保存できる収納魔法。
「そういえば、そんなのもあったな」
転生した直後は、毒耐性や鑑定能力のほうに気を取られていて、すっかり忘れていた。
私は試しに、机の上に置いてあった採ったばかりの青鈴草の葉へ手を伸ばした。
「収納」
口にした瞬間、指先の前に淡い光が浮かんだ。
光は円形に広がり、まるで水面に触れたときのように、静かに揺れる。
次の瞬間、青鈴草の葉が、音もなく消えた。
「……おお」
消えたというより、そこにあるのに見えなくなったような、不思議な感覚だった。
意識を向けると、頭の中に小さな空間が浮かぶ。
何もない、白く広い場所。
そこに、先ほどの青鈴草が一枚、傷ひとつなく収まっていた。
「収納空間……?」
さらに意識を集中させると、植物の状態までわかる。
――青鈴草の葉
――採取時の状態を維持
――鮮度低下なし
――他の収納物との接触なし
「……保存状態まで維持されるんだ」
思わず声が弾んだ。
普通なら、採取した植物は時間が経つにつれて萎れ、乾燥し、成分も少しずつ変化してしまう。薬効を調べるなら、採取した直後の状態を保てることは非常に大きい。
私はすぐに、別の葉を一枚収納した。
続けて、根、種子、花弁。
どれも、収納した瞬間の状態のまま、空間の中に整然と並んでいく。
「……すごい」
これは単なる収納ではない。
植物標本を保管するための、理想的な保存庫だ。
しかも、収納したものは種類ごとに分けられ、意識するだけで取り出せるらしい。
「青鈴草の根」
そう呟くと、光の輪が現れ、その中から小さな根がぽとりと手のひらへ落ちた。
採ったばかりのときと、まったく変わらない。
「……便利すぎる」
私はしばらく、取り出したり収納したりを繰り返した。
その様子を、店の奥から見ていたオルガが眉をひそめる。
「……何をやってるんだい」
「収納魔法です」
「収納魔法?」
「採集した植物をしまっておけます」
「木箱があるだろう」
「木箱よりずっと便利です」
「そうかい」
オルガは興味がなさそうに薬研へ向き直った。
しかし、私が収納空間から取り出したばかりの青鈴草を見た瞬間、その手が止まった。
「……待ちな」
「はい?」
「その葉、いつ採った」
「さっきです」
「さっきって、どのくらい前だい」
「一時間くらい前です」
「……おかしいね」
オルガは葉を指先でつまみ、裏表を確かめた。
「採ったばかりの状態じゃないか」
「保存できるんです」
「乾燥もしていない。萎れてもいない。まるで採取した瞬間のままだ」
「そういう魔法みたいです」
オルガは、私の顔と葉を交互に見た。
「……お前、本当に何者なんだい」
「植物が好きな子どもです」
「それだけじゃ説明がつかないんだよ」
私は少し考えてから、収納空間の中にある植物たちへ意識を向けた。
そこには、今日採集したばかりの薬草が、どれも傷つくことなく並んでいる。
時間に置き去りにされることもなく。
湿気に腐ることもなく。
他の植物の匂いが移ることもなく。
ただ、採取されたその瞬間のまま。
「……これなら、もっと正確に調べられる」
思わず呟くと、オルガが小さく息を吐いた。
「お前は本当に、植物のことになると目の色が変わるね」
「そうですか?」
「そうだよ」
私は収納空間の中を眺めながら、にっこり笑った。
木箱よりも、ずっと広い。
ここなら、どれだけ植物を集めても、傷めずに保存できる。
――素晴らしい。
私はその日から、採集した植物をすべて収納空間へしまうようになった。




