17.熱赤果と未知の種
それからしばらくして、村で小さな騒ぎが起きた。
隣村から商人が、高熱を出した幼い娘を抱えてオルガのもとへ助けを求めにやってきたのだ。隣村には薬師がいないそうで、頼れるのはもうオルガしかいなかった。
最初はただの風邪だと思われていた。
しかし、熱は三日経っても下がらず、小さな身体には赤い斑点が浮かび始めた。呼吸も浅く、食事もほとんど取れない。
「熱病かねえ」
オルガは少女の額に手を当て、舌の色を確認し、呼吸の音を聞いた。
「いつからこうなった?」
「四日前です。最初は寒気だけだったんですが……」
「森へ入ったかい?」
「街道を通っただけです」
私は少女の腕に浮かんだ赤い斑点を見た。
鑑定を使う。
もし、体内に植物の毒が残っているのなら…
それなら、鑑定が使えるかもしれないと思ったからだ。
身体の状態が断片的に読み取れた。
いくつかの情報が浮かんだ。
体温上昇。血液中の異常成分。軽度の脱水。呼吸器への炎症。
そして、微弱な毒性反応。
私は顔を上げた。
「オルガさん」
「なんだい」
「これは病気ではありません」
「……どういうことだい?」
「体内に、毒性のある成分が残っています」
商人が青ざめた。
「毒だって?」
「毒草を食べたか、毒性のあるものが混ざった水を飲んだ可能性があります」
「そんなはずは……」
私は少女の荷物を確認した。
水筒。
干し肉。
パン。
旅の途中で買った果物。
その中に、香りの強い赤い実が混じっていた。
鑑定結果が浮かぶ。
《熱赤果》
・少量では発汗作用
・未処理の果実には発熱性毒素
・加熱または特定の薬草との組み合わせで無毒化可能
「これです」
私は実を指差した。
「この果実に毒があります。少量なら問題ありませんが、未処理のまま食べると発熱と炎症を起こします」
商人は愕然とした。
「娘は、これを毎日……」
「毒が少しずつ蓄積したのだと思います」
オルガはすぐに薬草を選び始めた。
「解毒薬を作る。リゼット、鎧アザミを取ってきな」
「はい」
「それから苦蓬。…今回は薄く煎じる。水分も必要だ。熱を下げる薬草は――」
「水月葉草が適しています」
私は棚から薬草を取り出した。
「ただし、単独では体温を下げすぎる可能性があります。ひだまり苔と合わせた方が安全です」
オルガは一瞬だけ私を見た。
「……そうだね。そうしよう」
薬を作り、少量ずつ飲ませる。
少女はすぐには回復しなかった。
熱は一晩続き、呼吸も苦しそうだった。
けれど、翌朝。
少女の額に触れたオルガが、静かに息を吐いた。
「熱が下がってきた」
私は少女の顔を覗き込んだ。
赤い斑点は薄くなり、呼吸も少し落ち着いている。
まだ完全ではない。
けれど、身体が回復へ向かっているのはわかった。
商人は何度も頭を下げた。
「ありがとうございます。娘を助けていただいて……」
「礼はいい。今後、その実は必ず加熱してから食べるんだよ」
「はい。絶対に」
少女は数日後、無事に歩けるまで回復した。
帰る前、彼女は私に小さな布袋を差し出した。
「ねえ、リゼット。いいものあげる!」
少女が取り出したのは、青緑色をした卵形の鞘だった。
表面には銀色の筋が走り、中央には細い合わせ目がある。
「市場で売っていたの! とっても綺麗だったから、お父さんに買ってもらったんだ」
少女は嬉しそうに鞘を開いた。
内側には二つのくぼみがあり、それぞれに紫がかった光沢を持つ種が一つずつ収まっていた。
私は種に意識を集中させた。
【鑑定結果】
名称:未知の種子
分類:植物の種子
状態:休眠中
発芽条件:不明
発芽:可能性あり
備考:通常の植物とは異なる魔力反応を示しています。
「……おお!」
思わず、声が弾んだ。
未知の種子。しかも、ただ珍しいだけではない。きちんと生きていて、育つ可能性がある。
どんな植物になるのだろう。
花を咲かせるのか。それとも、実をつけるのか。あるいは、見たこともない姿に育つのか。
考えれば考えるほど、胸の奥が高鳴った。
「種が二つ入っていたから、一つはわたしが持つね。もう一つはリゼットにあげる!」
「!!」
貪欲ながら鞘ごともらえると思ってしまった…。
そう言って少女は片方の種を取り出し、私の手のひらに乗せた。
「これでおそろい!」
「……あの、鞘ごと譲っていただけませんか?」
「えー、だめだよ。それじゃあおそろいにならないもん」
即座に断られ、私は口を閉じた。
「そうですか……そうですよね……」
惜しい。実に惜しい。
けれど、少女が大切そうに鞘を抱える姿を見れば、これ以上は頼めなかった。
「それでも、とっても嬉しいです。ありがとうございます」
「ほんとに?」
「はい。とっても」
私は種を両手で包み込んだ。
「ならよかった!大切にしてね!」
鞘ごと手に入れることは叶わなかったが、未知の植物を育てる機会は得られたのだ。
充分満足だ。
その夜、私はもらった種を机の上に置き、何度も角度を変えながら眺めた。
未知の種。
まだ名前も、姿も、花の色もわからない。
この世界には、私の知らない植物がまだ無数に存在している。
そして、それらは時に毒となり、時に薬となり、誰かの命を奪い、誰かの命を救う。
私は種子を見つめながら、ふと考えた。
もし、もっと強い毒を持つ植物があったら。
もし、今の薬では治せない病気を治せる植物があったら。
もし、まだ誰も知らない植物が、死の樹海の奥に生えているのだとしたら。
私は、そこへ行きたい。
ただ珍しい植物を見たいからではない。
知らない植物を知りたい。
その力を正しく使いたい。
今まではただの毒でしかなかったものを、誰かを生 かす薬へと変えたい。
そして何より。
まだ誰にも見つけられていない命を、この目で確かめたい。




