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【完結】「私を愛する」と宣言されたので、私はもう何もいたしません  作者: ましろゆきな
第四幕:論理的結末(後日談)

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第九話(最終話): 誇りの蘇生

 かつて、前王太子ジュリアンが好んだ重苦しい金銀の装飾や、権力を見せつけるだけのけばけばしいタペストリーは、この王宮から完全に一掃されていた。


 新国家の中心たる玉座の間を満たしているのは、静謐せいひつという名の絶対的な支配だ。

 風と光の射し込みを計算し尽くした緻密な透かし彫りの木細工。そして、空間を引き締めるように垂らされた、深く静かな藍色に染め上げられた極上の絹布。


 それらはすべて、かつて「敗戦国の野蛮な風習」と旧貴族たちから嘲笑され、アリアドネの亡き母が日陰で密かに守り続けていた、彼女の故郷の伝統様式だった。


「……見事な静けさだ。この研ぎ澄まされた空間こそが、真の王者にふさわしい」


 玉座に腰掛けるヴィンセントが、満足げに目を細める。

 彼もまた、かつてこの国が強要した重苦しい礼服をとうの昔に脱ぎ捨てている。今はアリアドネの母の国の伝統に則った、動きやすくも一切の隙がない、洗練された藍と漆黒の装束を纏い、この空間の「ことわり」として完全に同化していた。


 だが、この空間の真の恐ろしさと冷酷なカタルシスは、玉座の眼下にかしずく者たちの姿にこそある。


 アリアドネの母を「フォークの使い方も知らない田舎者」と蔑み、その精神をすり減らさせた旧貴族の生き残りたち。彼らは今、生き氷を踏むような面持ちで、床に正座させられていた。

 彼らの震える手にあるのは、アリアドネの母の国に伝わる伝統的な「茶器」である。


 カチャ……と、微かに磁器の触れ合う音が響いた。


「……手が震えておりますわよ、伯爵」


 玉座から見下ろすアリアドネの、氷のように透き通った声が落ちる。

 名指しされた初老の貴族は、顔から血の気を引き、茶器を取り落とさぬよう必死に指先に力を込めた。額からは滝のように冷や汗が流れている。


「我が国の茶の湯は、精神の平穏と自己の律動を以て完成するもの。そのような乱れた所作、無様な呼吸……。貴方方がかつて『野蛮』と呼んだ我が国の文化すら、まともに模倣できないというのですか?」


 これは単なる嫌がらせや、物理的な拷問ではない。

 彼らがかつて、複雑怪奇なテーブルマナーや社交界の暗黙のルールを盾にして母をなぶったのと同じ論理構造だ。アリアドネは、「母の国の作法こそが、この大陸で最も高貴で絶対的な教養スタンダードである」という新しいルールを盤石なものとして敷き、彼らにそれを強要しているのだ。


 生き残りたければ、自分たちがゴミのように見下していた文化を、血を吐くような思いで学び、完璧に実行しなければならない。己の過去の価値観を根底から否定し、自ら進んでアリアドネの「規格」に精神を屈服させること。


 それこそが、彼女が構築した最も論理的で、逃げ道のない復讐の完成形だった。


「……精進なさいませ。我が国(ここ)で息をする資格を得たいのであれば」


 儀礼が終わり、恐怖で疲労困憊した旧貴族たちが逃げるように大広間を辞退した後。

 アリアドネは、玉座の傍らに飾られた一輪の花にそっと視線を落とした。


 それは、かつて王宮の庭師が「雑草」と呼んで引き抜き、母がこっそりと自室の窓辺の小さな鉢で育てていた、名もなき青い花。

 今やその花は、新国家の国紋としてあらゆる旗に金糸で刺繍され、玉座の隣で最も手厚く保護される神聖な象徴として咲き誇っている。


「……お母様。貴女が愛したこの花は、もう誰にも踏みにじられることはありませんわ。この大陸に咲くすべての花が、貴女の前に頭を垂れるようにいたしましたから」


 アリアドネの横顔には、もはや過去の悲壮感も、怒りの熱もない。あるのは、巨大な数式を完璧に解き終えた数学者のような、静かで揺るぎない充足感だけだ。


 ヴィンセントが玉座から立ち上がり、彼女の傍らへ歩み寄る。

 そして、その美しい藍色の絹を纏った彼女の肩を、誇り高く抱き寄せた。


「お前の母上が残したものは、決して弱者の慰みなどではなかった。この大陸を統べるに足る、最高の美と論理だ。……それを証明したのは、他でもないお前の知略だ、アリアドネ」


「ええ、ヴィンセント。……貴方のその無敵の剣が、私の論理を通すための道を、完璧に切り開いてくださったおかげですわ」


 二人は、絶対的な威厳を放つ青い花越しに、自分たちが完全に作り替えた広大な領土――新しい盤面を見下ろす。

 かつて泥だらけの庭園で、傷だらけの手を握り合った二人の孤独な子供は、今や母の誇りを世界の新たなことわりとして蘇らせ、誰も手出しできない絶対的な高みへと君臨したのだった。


【完】

本作も無事に完結を迎えました。最後までお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。

徹底して「何もしない」ことで周囲を翻弄する……。そんな少し尖った悪役令嬢(?)の反逆、楽しんでいただけたでしょうか。


実は本作、私の中でも非常に試行錯誤した「難産」の末の完結でございます。

もし「この無関心っぷりが最高!」「ざまぁのキレが良かった」と感じていただけましたら、ぜひ【★評価】やリアクション(ビックリ・いいね等)をいただけると嬉しいです!


現在、ランキングの壁に苦戦しておりますが、皆様の応援ポイントが私の「反撃の狼煙」になります。


4月から始まる『0.1秒の求婚』や『囮の溺愛』といった新作群に向けて、ぜひお力を貸してください!


本日もう一作完結しております。

◆本日完結

『10年前、私も好きに生きました。〜元婚約者様が捨てて、今更戻ってこようと思います〜』

https://ncode.syosetu.com/n6684lo/


現在、連載継続は一作のみになりますが、こちらもクライマックスに向けて大切に綴っております。

◆連載中

『「君の静寂が愛おしい」殺された記憶を持つ令嬢が沈黙を選んだら、ヤンデレ騎士の最愛になった件』

https://ncode.syosetu.com/n8101lw/

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