2 違う一日の中の同じ一日
「こら!起きろ!未来!いつまで寝てる気!?」
未来は、うすぼんやりと目を開けると、「……ごめん……未有……俺のせいで……。」と呟いた。
寝呆けているのだろうか?いや、でも確かに今、“未有”と……。
「うぉっ!?まぶしっ!?」
いきなり飛び起きた未来に、さっきのような寂しそうな感じはなく、寝呆けていたのだと判断して「ほら、食パンとジャムで我慢しな。」と言って自分はちゃっちゃとパンを食べると、いつも通りの時間に学校へ行く準備を始めた。
「また学校へ行く準備?俺、学校に行くことこそ無駄なもんないと思うけど?箱詰めで、息苦しくて、EQよりもIQの方がずっと大事だ!みたいな勉強の仕方なんてさ……。」
「無駄じゃない!イーキューとか意味わかなんないし……そりゃあ、学校も行かないで飛び回ってる未来には窮屈な箱にしか見えないかもしれない。それでも……私の唯一の他人とのつながりなの。この家以外の唯一の私の居場所なの。」
未来は驚いた顔で両手を上に上げると、「そりゃあ失礼しました……。」と言った。
確かに同じ事を繰り返している私は、それ以上の事は学べない。
これ以上何も学べない学校に何があるのだろうと未来は思うのかもしれない。
私はそれを今まで考えたことすらなかった。
たった一つ違うだけでいつもと全く違う時間の過ごし方になるとも知らなかった。
変えようとすら思わなかった。
それが当たり前で、その当たり前を繰り返しているだけに過ぎなかったから。
電車に乗り込んで未来は私の左隣に座ってただ黙っていた。
「……未来?」
呼び掛けても何の反応もない。
まるで寝てしまったかのようだ。
ある駅にたどり着くと、未来は言った。
「……何?」
昨日と同じタイミングだ。
電信柱の影が通りすぎ、私は未来から視線を外した。
「え……?」
「いちいち隣の席に座った奴に自己紹介求めてんの?変な奴だね、あんた。」
未来は昨日と全く変わらないことを言った。
私が不審に思ったのと同時に電車が急ブレーキをかけ、私は未来にむかってつんのめり、車内アナウンスは昨日と同じく、同じ人が人身事故だと伝えた。
「な……んで……?未来……?」
私は未来の顔をまじまじと見ることしか出来なかった。
動揺が隠せるはずもなく、ただそこに昨日と同じ顔で座り続ける未来だけが私には不思議に思えた。
手が消えるような感覚と同時に味わったのは、私の心が消えるようなそんな感覚だった。
「……何?なんなの……?」
未来は私を見て、昨日と同じように何か閃いたように笑った。
「へぇ、凄いや!俺以外にも存在したんだ!?存在するべきではない奴!」
意味がわからずに私は昨日と同じく未来を見返した。
見返しても何かが変わるわけでも何でもなかった。
「未来?」
「……いつもと違う事が起きただろ?」
私だけがこの世界で……一日だけを繰り返すこの世界で時を刻み、未来は昨日と同じ事を繰り返しているということなのだろうか?
少しばかり黙っていたら、未来は話しはじめた。
「そこに存在しないはずの俺が割り込んできて、お前の空間に亀裂が起きた。つまり、俺がお前の毎日ってやつを変えちまったのさ。その証拠に、ほら。俺と話してても大丈夫なのに、人身事故が起きた時には消えそうになった。あんた、俺とは違って同じ場所にとどまり続けてんだな。」
「……意味、わからない。わからないよ、未来……なんで……今朝までは私と同じように時を刻んでたじゃん……それに、未来が電車に乗り込んでくる駅も違うよ……ねぇ……?」
私が少し泣きそうになりながらそう言うと、未来は頭を掻き毟り、「えー。わかんない?ま、そのうちわかるよ。とりあえず今日はあんたについてくからさ。多分こっから先もいろいろ変わると思うぜ?ツインテールのお嬢さん。」と笑った。
こちらの声はまるでまったく聞こえていないようだった。
「み……らい……。」
私は、恐らく私だけが時を刻めている現実に失望した。
また、体が透けていくような気がした。
実際は体が透けていくのではなく、心が空虚だったのだろうが……。
昨日と同じ会話を未来は私にしてみせた。
私は昨日と同じく、水を飲みに起き、ついでに未来に突っ込んだ。
「うわっ!?」
私は毛布を手で掴み、そこに顔を埋めた。
「何?よばい!?だいたーん!」
本当に驚いた様子でわけのわからない事を口走る未来に私は問う。
「未来、意味わからないよ……未来の時間は、私の時間と共有できないの?明日の朝になれば未来はまた、昨日と同じ事を繰り返すの?」
未来はその問いに答えなかった。
「未来、わからないの……何で私はここに留まってる事しかできないの?こんなことなら、別の一日が存在するなんて知りたくなかった!」
未来は、小さく「ごめん……。」と呟いた。
「答えてよ、未来。未来は明日になったらまた同じ事を繰り返すの?私の声が聞こえてないようなあのセリフを繰り返すの?」
未来は私の肩に手を置いただけだった。
「答えてよっ!」
私が大声を張り上げると、未来が「ごめん……俺が来たせいで未有の存在が消えそうなんだ。」と言った。
私は顔を上げて未来の顔を見た。
「意味……わからないよ。」
「俺が来たことで、未来のいた世界に亀裂が入った。そして未有に接触したことで未有の世界に穴を開けたんだ。ごめん……だから、俺と未有が出会った時間から俺は昨日と同じセリフを言わなくちゃならなかった。急激に始まった未有の世界の崩壊を押さえるために。俺たちが話すだけなら未有はただ亀裂が生じた不安定な存在のままずっと姿を保てたんだ。でも俺たちが出会った場所が悪すぎた。電車に俺が乗り込んだことで未有に見つかって、人身事故が起きた。学校でも一度全員の注目を集めて、未有はもはや存在しないものから存在するものに存在している存在として扱われつつある。それらは俺らみたいな存在しちゃいけないものには死を表してるんだ。存在してはいけないものとして存在してるから、俺らは生きていける。存在しているものと関わりすぎないから生きている。未有の場合は特にそうだ。変わらない一日を繰り返すことで未有の不安定な存在を保っていた。初日……つまりは初めて未有に会ったときはそこまで頭が回らなかった。軽率だったと思う。でも、嬉しかったんだ……俺の名前を呼んでくれる存在がいること。それで未有を消すんじゃあしょうもねぇよな……嫌われたら嫌われたでいいさ。だけど、俺と未有が関わったって事実はもう消せない。ごめんな。俺、明日も同じ事繰り返すだけになる。」
気づいたら私は泣いていた。
「いやだ……もう繰り返さない一日を知ってしまったのに……同じ事を繰り返す一日に戻るなんていや……!」
「……ごめん。」
未来も泣きそうな顔で必死に微笑んでいた。
自分が泣くわけにいかないと思って耐えているのだろうか?
それとも私をこれ以上泣かせないため?
どちらにしろ私にはわからない。
「私も初めて未有って呼ばれたよ……それまで自分の名前なんてあってないようなものだったのに……ねぇ、あんな一日、繰り返したくないよ!」
「でも繰り返さなきゃ、未有の存在は消えるんだよ!」
未来に怒鳴られ、ビクリと体が強ばるのを感じた。
「でも……でも!もう未来と違う会話してるよ……?未来となら違う毎日を過ごせるんじゃないの?」
しゃくり上げながら未来を見た。
わがままを言っているのもわかっている。無茶苦茶を言っているのもわかってる。
でも私は知ってしまった。
一喜一憂できる一日を……全く違う時間として過ごせる一日を。
名前や、存在を認めあえる相手にあえた事を。
それがあまりにも幸せな時間だということを……。
知ってしまったのだ。
本来なら届くはずもない幸福の蜜を……禁断の果実をその手にとり、食べてしまった……。
初めていてもいなくても変わらないと思える毎日から抜け出せた。
つまり、私は存在しない中でも存在するものとして認識される……してくれている相手に会えたのだ。
それは未来も同じはずなのに、私の境遇が私の存在を消すという。
「……明日から……いや、今日から、未有はいつ消えるか分からない存在になるぞ?今まで以上に不安定な存在になる。それでも良いのか……?」
私は涙を拭い、力強く頷いた。
「存在してても存在しないのと同じように扱われる世界は私の存在が消えたと同じ事。」
「……ごめん。未有……本当にごめん……。」
悔しそうに未来はうつむいた。
無理を言ったのは私なのに未来が責を感じているようだ。
「未来が責任感感じる必要ないよ。ここからさきは私が未来に出会って、私が決めたことだから。もう……おやすみ。」




