1 不変と変動
―――今、即ち今日が昨日で昨日が明日になる。同じ事を繰り返す事で、自分の存在を保っていた。どこにも存在しないはずの存在として。―――
同じ毎日を繰り返すのに意味がないのではなくて、何も考えずに同じ毎日を繰り返している。
そのたった一日しか存在できない自分の存在は、あまりにも不確かで、毎血にを繰り返しているのが当たり前なのだと思っていた。
何一つ変わらない不変の毎日の中で私は生きていた。
どこから生まれたのかは分からないが、歪みの一つとして。
何か一つでも変われば私は消える。
私は何者とも関わりを持たないただ1日、その日、その時のためだけに存在する。
幽霊とかではなくて、ちゃんとその歪みの中でも生きている存在として。
まぁ、これを知ったのはずいぶんと後のことだ。
不変こそが当たり前で、「普通」と言うのは物体は時を刻めば衰えるという事。
人間であれば、時を刻めば進化するということを私は知らなかった。
何故なら私は生まれてから1人で、ずっとこの年、この容姿のまま、不変の日々を送っていたからだ。
私はずっと高校生で、四季を……言葉は知っていても、体感することはなく、ずっと知らなかったのだ。
もちろん、人間は赤ん坊から育っていくことも、知りはしなかった。
何回繰り返したのかわからないほど繰り返したある日、ある奴が私のところに来なければ、きっと私は、今でも知ることはなく、不変の日々を過ごしていたのだろう。
いつも通りに同じ時間に起きて、いつも通りに同じ時間に洗面所に行き、身を整え、制服を着ると、いつもの時間に誰もいない家を出て、いつもの店でご飯を済ませ、同じ時間に電車に乗り込むと、同じ時間に学校につき、いつも通りが繰り返されていく。
もはや先生の言葉を全て覚えているだけではなく、周りの生徒の言葉まで覚えて、口にできるほどだったが、決して口にはしなかった。
それが当たり前で、口にする必要性すらなかったからだ。
窓から毎日変わらぬ空を覗き見る時間も同じ。
―――変わらないことで自分が存在できているなど、知る由もなかった。―――
ところが、そんなある日、変化が起きた。
朝起きて、電車に乗るまではよかったのに、全く知らない顔の男子が私と同じ車両に乗り込んできて、私の左隣に座ったのだ。
不変の毎日を過ごしていた私にとって、それは事件のようにすら思えた。
私の左隣はいつも誰も座らなかった。
右隣はむにゃむにゃ言っているおばあさんが座っていたけれど、左隣は誰も座らなかった。
何せ、混んでいない時間帯の電車だ。
席は探そうと思えばいくつか空いている席がちらほらと見つかる。
「……何?」
私と同じくらいの年齢の男子は、じろじろ見られて不快に思ったのか、私を見返してきた。
その瞳はまるで空虚でも見ているかのような感じがした。
でも、視線は強く、強く、私を見ていた。
何もなさそうなのに透き通って見える目が、不思議だった。
しばらく言葉を失っていると、電信柱の影が通りすぎ、私はすぐさま顔を反らした。
「あなたは……誰なの……。」
少年は、「いちいち隣の席に座った奴に自己紹介求めてんの?変な奴だね、あんた。」と言った。
カチンときてその少年を見た瞬間に電車が急ブレーキをかけて止まった。
私はその少年に突っ込むような形で前につんのめり、あたりをキョロキョロと見渡した。
「な……んで……?なんでいつもと違う事が……起きてるの?」
車内アナウンスでは人身事故が起きて時間が遅れると流れた。
その瞬間、私の手が一瞬だけ透けたように思えて思わず手のひらを見返した。
いつも通りただの手が、そこにはあった。
「……何?なんなの……どうして今日はいつもと違うの?」
私があからさまに混乱していると、少年は何か閃いたように笑って私を見た。
「へぇ、凄いや!俺以外にも存在したんだ!?存在するべきではない奴!」
意味がわからずに私は少年を見返した。
「はぁ?」
「……いつもと違う事が起きただろ?」
何を言いだすのかと、ただ黙っていたら、その少年は沈黙を答えととったのか、話しはじめた。
「そこに存在しないはずの俺が割り込んできて、お前の空間に亀裂が起きた。つまり、俺がお前の毎日ってやつを変えちまったのさ。その証拠に、ほら。俺と話してても大丈夫なのに、人身事故が起きた時には消えそうになった。あんた、俺とは違って同じ場所にとどまり続けてんだな。」
「……意味、わからない。」
私が半笑いしながらそう言うと、少年は頭を掻き毟り、「えー。わかんない?ま、そのうちわかるよ。とりあえず今日はあんたについてくからさ。多分こっから先もいろいろ変わると思うぜ?ツインテールのお嬢さん。」と笑った。
しかも、ただ笑っただけではなく、お嬢さん、にアクセントまでつけていやらしく笑ったのだ。
それから学校に着いて、授業が始まるまでそばにいた。
しかも、授業が始まるとどこかに消え、授業が終わるとまた授業が始まるまで私を監視するかのようにそばにくる。
何を話すでもなく、ただ見られていることは、すごく嫌だった。
「あのっ。」
「ん?」
「監視されてるの……嫌なんだけど……。」
私が机から彼を見上げると、彼は「気にしない気にしない。それより周りに耳を傾けてみなよ。みんなチラチラあんたを見てる。」と言った。
……知らなかった。
この人、結構背が高いんだ。
って、そんなんじゃなくて!
「それは、あなたのせいだと思うんだけど!?」
「な?俺が来て、いろいろ変わった。」
「それは違う!変えてるの!あなたが!私の日常を!」
「んな固いこというなよな。」
少年は、低い声をワントーン上げて微笑した。
「正直……迷惑なの!」
私が大声を張り上げた時、教室中の誰もがこちらを見た。
「……っ!?」
その瞬間、私は私の存在が消えたような気がした。
人身事故が起きたときと同じ、全身が透けたような妙な感覚。
幸い、クラスは元の賑わいを見せて、私など居なかったかのように元通りに戻ったからよかったものの、あのまま見つめ続けられたら私の存在は消えていたのではないかと怖くなった。
「……な?これでわかったろ?あんたは存在しないもの。俺も存在してはいけないもの。存在してはいけないもの同士が話すことはお互いを消さないのに、存在するものと存在しないものが交ざろうとすると、存在しない側を消し去ろうとするんだ。」
「存在しないものとか……存在してはいけないものとか……意味分かんない……私には先勿 未有って名前があるし、ここにちゃんと存在してる。」
「そう信じたいなら結構。でもあんたの日常は崩された。もう元に戻ることはない。このままゆっくり崩壊に向かっていくだけだ。」それから帰り道もずっとついてきた。
「……で……ここ私の家なんですけど!?まさか家にまで上がり込む気!?」
すると、少年は捨てられた子犬のようなマネをして、いかにも可哀相でしょ?といった表情を浮かべながら言った。
「入れてくんないの?俺には帰る家もないのに……一人放り出すわけ?」
「……なんであんたは、いちいちそんなに態度が偉そうなわけ?」
「入れてくれんの?放り出すの?どっち?」
私はため息をつくと、「放り出すに決まってるでしょ!」と言った。
「のぉぉおお!お前みたいな奴がいるから捨て犬や捨て猫が減らないんだよ!だいたい人に拾ってもらうなんてむしがよすぎるんだよ!運良く拾われても虐殺されちゃう可能性だってあるだろ!?それにそのまま死ぬ可能性だってある!生き残っても、野良だ!知ってるか!?この日本って国はな、野良までコロコロに太ってる国なんだよ!手も付けないで食品バンバン捨てて、その残飯を野良が食って太ってるんだ!世界に一体何人餓死するやつがいると思う!?人命も救えないで野良を太らせてるおまえらってなんなんだ!無責任過ぎるんだよ!飼えないなら殺せ!手も付けないで捨てるなら大量に買うな!作るな!」
私はついに一同閉じたドアを開いた。
「うるさいな!変な言い掛かりつけないでよ!だいたいここはマンションなんだからペット禁止!少なくとも私は食べれない分の食事は作ってないし、買ってない!おまけにギャーギャー騒がれたら響くの!黙って!」
「あんたが家にいれてくれたら黙るよ。」
「……入れるわけないでしょ!この唐変木!」
バンッ!と再びドアを閉めると、彼はまた騒ぎはじめた。
「あぁあぁ、いいのかな!?結局おまえもそこら辺の無責任な奴らと同じなんだよ!俺は帰る家すらないのに放り出すんだな!?」
「……うるさいな!もうわかった!入れる!入れるから黙って!近所迷惑でしょ!?」
私は扉を開けて、彼を招き入れた。
いいわけない……こんなことがあっていいわけないけど、廊下で騒がれるよりマシ。
「おお!思ったより部屋広いな!」
「……まさかとは思うけど、とまってく気?」
「んなの、当たり前だろ?」
「ったりまえじゃないし!ソファーに横になりがら言うな!あんたは、態度がでかすぎ!」
あたしは怒りながらキッチンに入った。
いつも通りの晩ご飯を作ろうとしたが、それではあまりに軽食で、二人では足りないと判断した私はずっとしまってあったお米を引っ張りだして磨いだ。
「めんどくさいからチャーハンでいいよね!?」
「えー?オムライスー!」
「嫌!そんなめんどくさいもの!文句言うなら勝手にテレビ付けてないであんたが作ってよ!」
ソファーに熱転がったままテレビを見ている奴にそう叫ぶと、そいつはわざとらしくいびきをかいて寝たフリをした。
「ったく……。」
初めて作ったチャーハンは、どこかで作り方を覚えていたけど量が多いようにも、少ないようにも見えた。
ただ、お皿によそってからやはり多かっただろうかと後悔した。
しかし、初めて家に来たのがこんな奴とは……。
ため息をつきながらどこか笑っている自分に驚いた。
「ほら、そこの嘘寝男。チャーハン。」
そう言ってテーブルの上に乗せると、嘘寝男は飛び起きてきた。
「いただきます。」
「いただきます。」
お互い、手を合わせるとチャーハンを口にした。
「ウマッ!」
そう言って少年はガツガツとチャーハンを口にはこんだ。
確かにお米って……こんなにおいしかったんだ……。
いつもパンとか、そんなのだから……。
あたしがご飯を噛み締めている間に「おかわり!」とお皿を突き出してくるどっかのわんぱく坊主に、「嘘!?私食べきれないから半分食べてよ。」と自分のとり皿から相手のとり皿にわけていた。
ぱくぱく食べているわんぱく坊主を尻目に、「あんた、よく食べるねー」などと言っていると、わんぱく坊主は「廻木」と一言言った。
「……は?」
「俺、廻木 未来っていうんだ。」
「へぇ……。」
「あんた、じゃなくてさ、そう呼んでくれよ。俺、名前で呼ばれたことねーから。」
「そーゆーあんただって私のこと名前で呼ばないくせに。あ、もう忘れちゃったとか?」
私が冗談半分に未来と名乗った男子の顔を覗き込むと、彼は真っ直ぐに私を見て、「先勿。先勿 未有だろ?」と言った。
私は不意を突かれ、持っていたスプーンをボトリとチャーハンの上に落とすと、「覚えてたんだ?」と言って気まずく流れる沈黙に耐えながらチャーハンを口にはこんだ。
「……覚えるも何も、俺以外の名前なんて聞いてないしね。」
気まずい沈黙を破ったのは未来のほうだった。
「……へぇ、そんなんでどう生活してたわけ?」
「……腹が減ったり、眠くなったりしたらそうならない時間帯に飛んだ。俺、ワープができんだよ。」
「はぁ!?」
あまりに突拍子もないことを言われ、ついつい大声をあげてしまった。
「何驚いてんだよ。おまえのも一種のワープだぞ?まぁ、1日を繰り返してるからワープって言うより、ループだけどな。」
「そうやって淡々と私のところまで来たわけ……?」
「そ、俺も未有と同じでさ、心配する家族もいねーし、周りは俺が存在しないものだから居ても消えても同じなんだ。」
「ふぅん……。」
私はただ黙って彼の話に耳を傾けた。
「……そんな中でさ一回こことは別の場所でやさぐれてたわけ。ほら、存在しないはずなのに存在してるから?そしたら誰とも知らない婆さんが、俺見て「腹が減ってんのか?」って聞くんだよね。そんで俺の返事も待たずに俺を家に連れ込んで、オムライス作ってくれたわけ。それがさぁ、飯食ってなかった俺にはすげぇうまかったわけよ。まぁ、こんなうまいもん食って消えるなら本望か、と思ったら、俺が消えるより先にその婆さんポックリ逝っちまったんだよね。そんで、存在するものと存在しなかったものが交わったってことさえ消えて、俺だけこの世に止まることになっちまったわけだ。だから、今度また食うなら、オムライスがいいって思ってたんだけどさ……チャーハンもいいな。また、思い出と呼べるもんが増えたよ。」
そう言って未来は、微笑をもらした。
「……いいね。」
この場所から動けずに、一定情報しか手に入れられない、同じ事だけを繰り返す私にとって、未来の話はすごく新鮮で、ひどくうやらやましく思えた。
同じくらいの年齢であってもあちこち時間を越えている未来は、私よりずっと、ずっと大人びて見えることも、何故か私には悔しかった。
「どこが?」
「うらやましい。未来が。」
私はここから動けない。
未来が来たことでそれがどれだけ不自由かを知った。
同じ事を繰り返さない一日は私にとって刺激的で、そんな毎日を送っている未来がうらやましかった。
同時に不平等だとすら思えた。
私も未来も存在すらしてはいけないものなら何故こんなにも差は生まれるのか。
未来はいろんな日を飛び越えていけて、何故私は同じ日を繰り返さなければならないのか、考えてもわからないことを無駄に考えていた。
「……なぁなぁ!喉乾いた!」
「自分で水くらいくめ!バカッ!」
こちらが真剣に考えているときに力が抜けるような事を言われ、一気に私は萎びた野菜のように自からもう一度考え直す気力を失ってしまった。
考えても仕方ないとすら思えたからだ。
わんぱく坊主に水を運ぶと、わんぱく坊主はわんぱく坊主のまま「ごっそさま!」と言ってベッドに飛び乗った。
「ご馳走だから!たっく……ソファーの上で飛び回ろうとしないでよ!?壊れたらどうしてくれるわけ!?」
叫んでから後片付けをし、未来を見た。
「……泊まるの?」
「そのつもりだけど、また放り出すとか言う気じゃねーよな?」
未来はまた今にもわけのわからない屁理屈を叫びはじめようとしていたので、私は「別に……そんなこと言ってないし……。」と言うと男物の服があっただろうかと探した。
普段入らない部屋にも入った。
すると、着もしない男物の服がでてきたのでそれを貸した。
「シャワー入って来なよ。」
それだけ言うと、未来はそそくさとシャワー室に行って一肌剥いた卵肌!という宣伝文句にも似たフレーズが最も似合いそうな顔でシャワー室から出てきた。
「……あーあー……もー……髪の毛びしょびしょ!床濡れるでしょ。」
そう言って私はバスタオルを未来の頭に乗せるとわしゃわしゃわしゃっ!とふきはじめた。
「おわわわわっ!?」
ガシガシ頭をふかれているせいか、未来は変な奇声を時折発する。
そのたびに私は、「うるさい、黙れ!近所迷惑でしょ!?痛いなら少しぐらい我慢しなさい!」と言い返した。
わんぱく坊主にソファーで寝るように言い付けておいて、私はシャワーへと向かった。
のぞかれるようなことは一切なかったが、私がシャワーから上がった時には何故か未来がベッドの上にいた。
「……未来、何してんのかな?そこ私の部屋なんだけど?」
「ソファーよりこっちのが気もちーん!」
ベッドの上でゴロゴロ転がりながら未来は私に言った。
「……どいてよ!ああ、もう!信じらんない!人の部屋入って勝手に人のベッドの上に乗る!?」
「それなら問題ない!」
問題は大有りだと思っていたら、未来は勝手に毛布の下に潜り込み、奥に行くと、毛布をめくって「さぁどうぞ!」と言った。
「さぁどうぞ!じゃない!お前が出ていけ!」
ようやく未来をつまみだせた私はベッドに横たわった。
普段ならすることもないので10時30……つまりは2分前には寝ているのだが、予定が崩された……。
ベッドに潜り込むと、ベッドが微かに暖かくて、私は「馬鹿未来。」と呟いてから寝た。
が……夜中に水飲みに起こされた。
予定外だ……夜中の2時など、起きた事もない。
それもこれも未来のせいだと睨んだら、未来は毛布を蹴飛ばしていると踏んだのに、案の定毛布が散らばった様子はなく、きちんと行儀よく寝ていた。
私はそれを見て、いつもと違う日々も悪くはない。
いや、それも良いと思い始めていた。
翌朝、いつも通りに起床。
いつも通りに……いつも通りに……いつも通り……に……!




