異世界最強、テストで赤点を取る
答えは、出なかった。
どうすれば徳が積めるのか。
どうすれば異世界に帰れるのか。
考えれば考えるほど、
この世界は俺の基準から、遠ざかっていく。
(……帰れないなら)
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
(ここで、生きるしかないのか)
それは、諦めに近かった。
⸻
数日後。
教室の空気が、妙に重かった。
理由は一つだ。
「テスト、返すぞ」
担任の声と同時に、
教室のあちこちで、ため息が漏れる。
俺の席にも、無造作に答案用紙が置かれた。
――赤。
見事なまでの赤点だった。
問題を思い返す。
公式? 年号?
知らない。
異世界で剣を振るっていた時間に、
この世界では、文字と数字を積み上げていたらしい。
「城崎」
担任が、俺を呼んだ。
「このままだと、留年だぞ」
「……そうですか」
淡々と答えると、
担任は少しだけ、言葉に詰まった。
「いや、もう少し危機感をだな……」
(危機感)
殴られることもない。
命を取られることもない。
だが――
この世界では、それが「致命傷」らしい。
(……力より、点数か)
変な世界だ。
⸻
席に戻る途中、
ふと、隣の席が目に入った。
彼女のテスト用紙。
――九十点台。
一瞬、見間違いかと思った。
(……高すぎるだろ)
俺の赤点と、あまりにも対照的だ。
視線に気づいたのか、
彼女は少しだけ慌てて、答案を伏せた。
「あ……ごめん」
「いや」
俺は正直に言った。
「どうして、そんな点が取れる?」
彼女は一瞬、考えるような顔をしてから、
肩をすくめた。
「たまたま、運が良かっただけだよ」
即答。
だが、嘘だと分かる。
(運で九十点は取れない)
俺は少し間を置いてから、続けた。
「……教えてもらえないか」
彼女が目を瞬かせる。
「何を?」
「勉強」
教室が、ほんの一瞬だけ静かになった気がした。
異世界で、誰かに頭を下げることはなかった。
力があれば、それでよかったからだ。
だが、ここでは違う。
剣は使えない。
拳も意味がない。
必要なのは――
知識だ。
「俺、この世界のこと、何も分からない」
それは、ほとんど本音だった。
彼女は、しばらく俺の顔を見ていたが、
やがて、ふっと笑った。
「……私でよければ」
軽い口調。
重たい意味は、ない。
だが、その一言で、
胸の奥に、奇妙な感覚が残った。
(頼る、か)
力を使わず、
命を救うわけでもなく、
正義を振りかざすわけでもない。
ただ、教えてもらう。
それだけのことなのに。
(……これは、徳じゃないよな)
そう思いながら、
なぜか少しだけ、肩の力が抜けていた。
異世界に帰る道は、
まだ見えない。
だが――
この世界で、
生き方を覚える道は、
ようやく、見え始めた気がしていた。
修行は、形を変えて、
まだ続いている。




