表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/28

異世界最強、テストで赤点を取る

 答えは、出なかった。


 どうすれば徳が積めるのか。

 どうすれば異世界に帰れるのか。


 考えれば考えるほど、

 この世界は俺の基準から、遠ざかっていく。


(……帰れないなら)


 ふと、そんな考えが頭をよぎる。


(ここで、生きるしかないのか)


 それは、諦めに近かった。



 数日後。


 教室の空気が、妙に重かった。

 理由は一つだ。


「テスト、返すぞ」


 担任の声と同時に、

 教室のあちこちで、ため息が漏れる。


 俺の席にも、無造作に答案用紙が置かれた。


 ――赤。


 見事なまでの赤点だった。


 問題を思い返す。

 公式? 年号?

 知らない。


 異世界で剣を振るっていた時間に、

 この世界では、文字と数字を積み上げていたらしい。


「城崎」


 担任が、俺を呼んだ。


「このままだと、留年だぞ」


「……そうですか」


 淡々と答えると、

 担任は少しだけ、言葉に詰まった。


「いや、もう少し危機感をだな……」


(危機感)


 殴られることもない。

 命を取られることもない。


 だが――

 この世界では、それが「致命傷」らしい。


(……力より、点数か)


 変な世界だ。



 席に戻る途中、

 ふと、隣の席が目に入った。


 彼女のテスト用紙。


 ――九十点台。


 一瞬、見間違いかと思った。


(……高すぎるだろ)


 俺の赤点と、あまりにも対照的だ。


 視線に気づいたのか、

 彼女は少しだけ慌てて、答案を伏せた。


「あ……ごめん」


「いや」


 俺は正直に言った。


「どうして、そんな点が取れる?」


 彼女は一瞬、考えるような顔をしてから、

 肩をすくめた。


「たまたま、運が良かっただけだよ」


 即答。

 だが、嘘だと分かる。


(運で九十点は取れない)


 俺は少し間を置いてから、続けた。


「……教えてもらえないか」


 彼女が目を瞬かせる。


「何を?」


「勉強」


 教室が、ほんの一瞬だけ静かになった気がした。


 異世界で、誰かに頭を下げることはなかった。

 力があれば、それでよかったからだ。


 だが、ここでは違う。


 剣は使えない。

 拳も意味がない。


 必要なのは――

 知識だ。


「俺、この世界のこと、何も分からない」


 それは、ほとんど本音だった。


 彼女は、しばらく俺の顔を見ていたが、

 やがて、ふっと笑った。


「……私でよければ」


 軽い口調。

 重たい意味は、ない。


 だが、その一言で、

 胸の奥に、奇妙な感覚が残った。


(頼る、か)


 力を使わず、

 命を救うわけでもなく、

 正義を振りかざすわけでもない。


 ただ、教えてもらう。


 それだけのことなのに。


(……これは、徳じゃないよな)


 そう思いながら、

 なぜか少しだけ、肩の力が抜けていた。


 異世界に帰る道は、

 まだ見えない。


 だが――


 この世界で、

 生き方を覚える道は、

 ようやく、見え始めた気がしていた。


 修行は、形を変えて、

 まだ続いている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ