壁から魔石、水から鏡
途中からはリアちゃんサイドです
どさりと大量の魔石を地面に置くと、リアはその魔石のすぐそばに腰を下ろした。
「そんなに埋まっていたんですか?」
驚く天に、うんと満足そうに頷くリア。曰く、殆ど全ての壁に透明の魔石が埋まっていて、それを取り出すと壁の色が緑から透明に変わっていった。その瞬間に急に魔力の濃度が高まって、そして段々と薄まっていったらしい。
「こんな魔石の使い方、よく考えついたね。こんなこと考えるのなんて命だけだと思ってた」
「確かに、あまり見ない使い方ですね。壁の中に埋めて、魔力を壁に込めるなんて。これで何が出来るんでしょうか」
うーんと顎に手を当てて考え込むリア。あまり使われないと言っていた程のものだから、あまり用途が思い浮かばないのだろうか。
少し眉を寄せながら、「……結界、とか」なんて呟くリアに、思わず「結界?」と聞き返してしまう天。
「そう、結界。この壁の中に何らかの法則性をもって埋め込むことで、魔法陣を完成させて結界を発動させるとか位しか、私は具体的な使用用途は分からないけど」
「結界、ですか。……そうだ、リアさん、少しここを歩いてみませんか?」
唐突な天の提案に、驚いたように目を丸くするリア。あまり意図を理解できていないようだったが、まあいいかと零して立ち上がった。
その時にちゃっかり魔石をポケットに入れていたが、見ないふりをした。別に、それを咎めるほど天も鬼ではないから。
ふたりで、とにかく来た道を戻るようにして歩く。ふらふらとどこかへ行こうとするリアを捕まえるのに苦労はしたが、なんとか元いた場所まで戻ってくることが出来た。
視界の青はすっかり消えていて、ほっと安堵の息を吐く。
振り返れば、来たはずの道は緑色に輝く石の壁で塞がれていた。今までそこにあった気配もなく、ふたりが本当にあの変な場所にいた事を証明するのはあの魔石だけとなってしまった。
「おお、出れた。取り敢えず、上に行こっか?」
「……そうですね、こっちです」
リアの手をがっしりと掴んで、階段の方へ歩く。こうでもしておかないと、気まぐれな彼女はすぐにあちらこちらへ行ってしまうから。どうしてだかは分からないが、リアは手を繋ぐと行動が大人しくなる。
「ラスパーちゃんは、天と私を閉じ込めてどうするつもりだったんだろうね?」
しばらく歩いていると、不意にリアが口を開いた。さあ、と気のない返事を返した天だったが、確かに気になりはする。
ラスパーは何も言わなかった。ただ、「大切な役割がある」としか。
「あぁ、ここです。ここからラスパーさんのところに行ければ良いのですが」
「まあ、間違ってても大丈夫だよ。取り敢えず行ってみよー」
何か罠があるかも、といったことは特に警戒していない様子でリアは階段を上り始める。繋がったままの手に引っ張られ、天もつんのめりそうになりながら階段を踏んだ。
そう長い階段でもなく、すぐに上の階に行くことが出来た。特に一階と構造は変わらず、同じような景色が広がっている。これより上の階に行くには、また別の階段を探す必要があるようだった。
今しがた上がってきた階段の後ろは壁になっていて、ここから先へ行くことは出来なさそうだ。
「リアさん、こっちに……って、いない!?」
「天、こっちこっち。早く来て〜」
いつの間にか手は解け、リアは真っ直ぐ進んだ先で手を振っていた。
行動が早いことは褒めるべきなのか呆れるべきなのか。天は頭を悩ませながら、はぐれるわけにはいかないとリアのもとへ向かった。
「全く。もう少し、協調性というものを身につけて欲しいものです」
「いやぁ、ごめんね。頑張ってはみるけど、結構厳しいかも」
あはは、と気まずそうに笑うリアに結局は呆れながら、ふたりで歩いていく。
ひたすらに続く翠色の壁と床。ところどころ空いた穴からは外の景色が見えるものの、殆ど木々の緑しか見えなかった。
「さっきから思ってたんだけどさ、ここすっごい緑じゃない?なんか童話とかに出てきそう」
「確かに。水の色も変わっていましたし、本の中の世界のようですね」
「へえ……。ん?水の色?」
何か引っかかることがあったのか、リアは壁の穴から外へ身を乗り出した。風にさらされ、長い髪がバタバタと暴れる。それを気にする様子もなく、リアは地面を見つめていた。
ふいに、彼女の体がぐらりと傾く。危ない、と天が支えようとしたが、リアはそれを振り切るようにして外へ落ちていった。
「リアさん!!」
まだ二階とはいえ、そこそこの高度がある。落ちたらただでは済まないだろう。
ボチャンという音がしたから、きっと水の中に落ちたことは分かるのだが、それだけでは彼女が無事な証拠にはならない。
急いで階段を下り、すぐそこにある扉を開く。そのまま一歩外へ出れば、一気に音が戻ってきた。
風の音、木の葉の擦れる音、水の音。そう対して大きくないはずなのに、ずっと静かな環境にいたからか、随分とはっきり聞こえた。
リアが落ちたと思われる場所へ急ぐと、水面が静かに揺れていた。覗き込んでも、虹色の屈折で水中の様子は見えなかった。
(中に入る?いや、どのくらいの深さかも分からないし……。そもそも、水中で息も出来ないし目も開けられないだろう)
近くに水の跡もないし、おそらくリアはまだこの中にいるのだろう。彼女が出てくるのを、周りを探しながら待つしかなさそうだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(別に水の色は普通なんだけどな。魔力は感じるけど)
天の言う不思議な水の色なんて、リアには分からなかった。ただ、一本道の周りで静かに透明な水が広がっているだけだ。
壁に空いた穴に手を掛けて身を乗り出し、水中の様子を観察する。あれだけ透明でも、底が見えないほど深い。
(水じゃなくて魔力がそのまま張ってあるみたい。……この魔石となんか反応してくれるかな?)
ポケットの中の魔石を支えていない方の手で弄る。試してみたくてうずうずしていたのが悪かったのだろう。ポケットから魔石を取り出して水に落とすつもりが、リアの体が前へ倒れる。
ヤバい、と思ったのも束の間、ツルツルの石は滑ってうまく力を込められず、そのまま体が宙を舞った。
(うわ、やらかした。まあいっか、結構深そうだし)
落ちたところでそこまでダメージがあるとは思わなかったので、特に抵抗をすることなく落ちていくリア。
大きな音を立てて水に沈んでいく。着水する直前に結界を張ったため、呼吸に問題はなさそうだった。
やがて、リアの体は例のごとく翠色の石の上に止まった。
透明な水の中は、上から光が降り注いではいるものの、どこか暗くて、とにかく静かだ。この間の大樹の中を思い出しながら、まるで地上を歩くかのようにスイスイと歩いていく。
あれだけ広いのに魚の一匹も泳いでいないし、藻の一つも生えていない。それがこの水に満ちる魔力のせいであることは明白だった。
「天だったら、ここはどんなふうに見えるんだろう。虹色って言ってたし、そういうふうなのかな」
そういえば、急に落ちてしまって心配をかけてはいないだろうか。ふと疑問に思ったが、そんなことを気にしてもしょうがないとすぐに気持ちを切り替えて、魔石をポケットから取り出す。
もともとこれをこの魔力で満ちた水に当てたらどうなるのかを知りたくて、ここまで落ちてしまったのだ。試さなくてどうする。
透明だった魔石が緑色に変わっていくのと同時に、同じく透明だったはずの水が、魔石の周りだけ薄く虹色に染まっていく。それはすぐに周りに溶けてしまったが、リアにとってはそれだけでもかなりの収穫だった。
「わー、色変わる。さっきの壁とはまた違う反応だね。虹色、綺麗だなぁ」
さて、もうリアの用事は済んだ。早めに戻って天を安心させたいところだが、ここで一つ問題がある。
さて帰ろうと歩き続けていたら、いつの間にか四方八方を翠のゴツゴツとした岩に遮られ、出口を見失ってしまった。ちなみに水も全て無くなっていて、まったく違う場所へ迷い込んだようだった。
「……こんなことって、ある?」
軽く顔を引き攣らせながら、リアはそう呟いた。
岩を破壊して進むのは簡単だが、それで他の場所も崩れてしまったら大変なことになる。修理費や損害賠償なんて考えたくなかった。
ということで、リアは魔法で周りの岩を支えながら行き先の岩を壊していくことにした。
リアの進む方向を決めるのは、確実に存在の分かっている天の魔力。かなりの距離はある筈だが、この程度ならばリアの探知には余裕で引っかかる。
天が大人しく鐘塔の方にいてくれるのを期待して、リアは岩を壊して、進んでいく。途中から岩の色が変わり、白くなっていった。
翠の岩と白い岩のサンプルを回収しつつ、それ以外はノータッチで歩いた。段々と近付きはするものの、変な気配も感じ始めて、リアは眉を寄せた。
(変なの、なんか無理やり搾り出してるみたいな魔力)
それの根源はおそらくすぐ近くにまで迫っている。早く天と合流しなくては、とは思いながらも好奇心に負けて変な気配の方へ向かう。
どうやら、リアの目の前にある白い岩の中でそれは存在しているらしい。
よーし、と気合を入れて岩を壊そうとしたところで気付く。
(あれ、岩じゃない。扉になってる)
白い岩の一部分が扉になっていて、それが巧妙に隠されていた。
扉に手を掛けて開けようとするが、鍵が掛かっているようで開かない。それを力づくで開け、中に入る。
そこには、高い天井の先まで伸びるケーブルのようなものに繋がれた、巨大な鏡が置いてあった。
その鏡の周りには、大量の魔石と大量の人が落ちている。そのどれもが魔力を失っているのが分かった。
「何が起きた、これ」
リアにとっては不可解な光景だったが、何かの儀式かと思って外へ出ようとする。邪魔して怒られても困る。
そうしようと思ったが、鏡が気になったので少しだけそっちを見てから出ていくことにした。魔力を出さなければ大丈夫、と自分に言い聞かせる。
近くまで寄ってみると、さらに巨大に見えた。リアの体よりも遥かに大きい。
中に入れそう、なんていう感想を抱きながらぐるぐると鏡の周りを回る。人や魔石を踏まないように気を付けて、きちんと足元も見ながら。
そうして回っていると、突然ガッと足を掴まれた。
下を見てみると、まだ意識があるらしい人の一人がリアの足を掴んでいる。
「どうしたの?」
リアの問いかけに応えようと口を開いたその人は、結局何も言うことはなく口を閉じた。足はしっかりと掴まれたままだ。
もしかして助けを求めているのかと思い、取り敢えず魔力回復薬を飲ませる。
しゃがんで、リアの足を掴んでいる手をどかし、その人を抱き起こして瓶に入った魔力回復薬を傾ける。
喉が上下するのを見届けて、瓶をその人の口から離した。あんまり飲ませすぎてもいけない。
「よし、あとは少し待てば魔力が回復してくるはず。他の治療はその後……って、え?」
これで大丈夫、と安心したところで困ったことが。あの鏡に魔力が吸われている。リアは全くの無事だが、先程魔力回復薬を飲ませた人は回復したそばから魔力が吸われていっている。
「ちょっと、意味ないじゃん」
どうしてくれるの、割と作るの大変なのに。そんな愚痴を零しながらも、再びその人の口に魔力回復薬を流し込む。
他の人もそうやって倒れたんだったら、鏡を破壊することも視野に入れなければならない。
いくら魔力を回復させたところで、すぐに吸われていってしまう。一本丸々使い切ってしまっても、まだ鏡は魔力を吸い続けている。
(私の魔力が吸われてないんだったら、なんか条件があるはずだよね)
それを探すために、倒れている人々の体を漁ることにした。ついでに生存確認も出来たらいいな、と思いながら。




