真相は雑居ビルに眠っていましてよ~!
執事の運転する黒塗りのドイツ車は都内に入った。首都高の下り線は渋滞まっただ中だが、上りは空いている。
首都高を渋谷で降りると道玄坂で停車した。
夜の歓楽街の喧噪にクラクラしそうになりながら、少女は雑居ビルの前に立つ。
時刻は21時。予約も済ませてあった。
「わたくしもお供いたします」
「余計な口は挟まないこと」
「御意に」
執事を連れてエレベーターを上がる。
やってきたのは占いの店だ。看板に館とついてはいるのだが、ビルの一室ではなんだかなぁと少女は思う。
受付で手続きを済ませて奥の部屋に通された。
鑑定ブースは三畳ほどの小部屋だ。壁にはマントラが描かれたタペストリーがかかり、白檀が焚かれている。
お嬢様と執事を待っていたのは、いかにも占い師然とした格好のきれいな女性だった。
夜空の色のローブと大きなフードのついたマントをまとっていた。ふわりとした髪がこぼれる。黒目がちで口元は踊り子のつけるフェイスベールで隠していた。
クリスタル泉。
占星術師という肩書きだが、政財界にもパイプがあり一部からは『本物』と噂されているとか、いないとか。
「そちらにおかけください」
凛とした声に促されて少女は対面の席に座る。執事は少女の背後にSPのように立ったままだ。
クリスタル氏は小さなテーブルの上の水晶玉の周囲を両手で撫でるようにした。
「初めてのお客様ね」
「え、ええ……」
「こういうお店、あんまり来たことがないのかしら?」
「あ、あの……」
口ごもる花音の額のあたりに、白く長い人差しが伸びる。
「占いに来たんじゃぁないわよね。金持花音さん」
途端に執事が身構えた。金持の名字を出さぬよう偽名で予約を取ったのだ。
もちろん、話を訊く際にはきちんと説明するつもりでいたが、手間が省けてしまった。
執事に手で「抑えて」と合図をしつつ少女は聞き返す。
「ど、どうしてそれを?」
「だって琥珀が最近描く絵は、全部あなたなんですもの。学校で知り合った素敵な女性だって」
「す、すす、素敵な女性ですって!?」
一瞬で少女は耳まで赤くなる。
「もちろん琥珀は口下手だから、直接そうは言わないわ。けれど金色のオーラが出ていたのだもの」
神秘的な雰囲気の女性が破顔した。笑顔になると一層美人だと花音は思った。
「あ、あの……琥珀君のことも含めていくつか、うかがいたいと思って今日は訪問いたしましたの」
「ええ、いいわよ。今日の予約はあなた方が最後だし。それと肩肘張らずに。学校の友達のお母さんだと思ってちょうだい」
初対面なのに少女の緊張がほぐれる。視線や口ぶりなどに一切の圧が感じられなかった。
どこかぼーっとした雰囲気は、神岡琥珀に通じるものがある。
「その前に、どうして泉なのでしょうか?」
「結婚していた時の名字ね。琥珀は旧姓に戻したの。わたしは昔の事もあるし、泉姓のままにしたの」
クリスタル――水晶氏は口元を隠す薄布を外した。
執事が小さく「あっ」と声を出す。鋼が子供の頃に助けてもらった恩人と、おそらく一致したのだろう。
花音からすれば美魔女という印象である。同性からみても妖艶な魅力が伝わってきた。
水晶は続ける。
「琥珀が生まれるよりずっと前に、霊能力少女として少し話題になったことがあるのよね。今の世の中なら炎上とかお騒がせ系の動画配信者とかで、大変なことになってたかもしれないわ」
眉尻を下げて困り顔だ。
「少しだけ存じておりますわ。けど、半年ほどで活動をやめてしまったそうですわね」
「色々面倒なことになっちゃったのよね。あの頃だってインチキだのなんだのって言われて」
「やめてしまった……と?」
「他にも理由があるのよ。というか、そっちがメインね。琥珀が言ってたけど、あなた探偵さんなんでしょう?」
「ううっ……当ててみろとおっしゃいますのね……おほほほ! そうですわよバシッとあててさしあげましてよ~!」
半ばやけくそになって少女は思考を巡らせた。
「今もこうして占いをしているということは、霊視みたいに思われている力を使うことが嫌いになったのではありませんわね?」
「当たってもいるし、ハズレてもいるかも」
どういうことだろうと思った瞬間――
少女の頭の中に今日までの出来事がフラッシュバックした。
神岡琥珀の発言や行動と、彼の母親――水晶のことで気になる点が浮かび上がった。
「先日、神岡君からの依頼で学園にあるかもしれないという、開かずの扉について調べることになりましたの。けど、捜査初日に彼は欠席しましたわ」
花音は一人で調べ始めたのである。
その時、神岡が来られない理由があった。
花音『今日の調査はどうしましょう?』
神岡『ごめん。急に母の仕事を手伝うことになって。明日からお願いします』
「占いのお仕事を琥珀君が手伝う……これって矛盾していますわ!」
水晶はミステリアスな笑みを浮かべた。
「どう矛盾しているのかしら?」
「水晶様にも琥珀君と同じようにオーラが見えているなら、呼び出す必要がありませんもの」
ふっと息を吐いて美魔女は頷いた。
「正解よ。琥珀は特に目がいいみたい」
「目……ですって?」
「個人差があるのよ。わたしはどっちかというと鼻が利く方なの」
花音は黙り込む。共感覚も親子で同じとは限らないらしい。
水晶は続けた。
「あの日は急に特別な案件が入ってきたの。琥珀は一芸入試で英彩学園に入ったけれど、私立校ってお金がかかるじゃない。だから、本物が必要な案件の時はあの子自身にも協力してもらってるの」
「入学に際してはたしか、絵の才能による一芸入試だったと伺ってますわ」
「記念受験感覚だったのよね。それがうっかり受かっちゃったみたいな」
「運動部の特待生のようなものなのかしら? たとえばそう……決められた部活を辞めたりすると退学のようなペナルティがあるとか……」
「そういう話は無かったわよ。けど、気持ちはわかるかも。野球とかサッカーとか、それが得意で入って来たのに、自分よりすごい人間がいて挫折する。で、部活もやめて学校にもいかなくなる……すがるモノが一つしかないと人間ってしんどいのよね。ま、それでも同じチームでがんばってレギュラー目指すみたいなのがあると思うけど」
美術部でも同じ事が起こったのかもしれない。主に、神岡琥珀以外の一年生に。
本物の天才と比較されることになる。チームプレイもベンチ入りもない。
花音もミリしか知らないが、顧問の教師は一人の天才のためなら無数の凡人は不要といいそうなタイプだった。
お嬢様の背後で執事が何か言いたそうにうずうずしていた。
「わたくしの代わりに何か言いたいのなら、発言なさい」
「では僭越ながら。先ほどの特別な案件というのは、いわゆる政財界の大物などを相手にした失敗できないお仕事……ということでしょうか?」
美魔女は伏し目がちに言う。
「占い師はあくまで副業。一般のお客さんならオーラが見えなくても経験で色々とわかるものなの」
花音は胸を支えるように腕を組む。
「つまり水晶様には現在、オーラを見る力がありませんのね?」
「その通りよ。うちの家系は昔から視る力があった。きっと神様が、本当に信頼できる人を探せるように授けてくださったものなのね」
少女は自身の顎にそっと触れる。
「信頼できる人……それが見つかると力がなくなるのかしら?」
「ええ。だから琥珀が運命の人と出会うことを願っているわ。最初は力がなくなることに戸惑うこともあったけど、やっぱり普通が一番だもの」
「その琥珀君なんですけれど、ええと……」
もう一人の自分。ドッペルゲンガーに会いたいというのを、母親の水晶は知っているのだろうか。
少年の純粋な秘密を母親に尋ねるのはいけませんわ。と、天使のお嬢様が耳元でささやくも、悪魔のお嬢様が現れて天使の背後に回り込み、腰をホールドしてジャーマンスープレックスホールドでスリーカウントを取った。




