わ、わたくしおもしれー女ではございませんことよ!(照)
「変わった行動か……いや、さっぱりわからん。が、コイツはずっと気になっていてな」
小中はポケットから小さな紙片を取り出した。見れば先ほど券売機に貼られていたQRコードの印字されたシールである。
「このシールがどうなさいまして?」
「何度かはがしたんだがいつのまにか貼られていやがるんだ。薄気味悪いったらありゃしねぇ」
「読み取るとウイルスに感染する危険なQRコードなのかしら?」
そんなものが出回っていれば、黒森生徒会長謹製のレポートの一番上に「恐怖のウイルス混入QRコードの噂」が上がるはずだ。
小中は首を左右に振った。
「前にはがしたやつと同じかどうかは試してみなきゃわからんのだが……」
言いながら青年はスマホのカメラを起動する。謎のシールのQRコードを読み取った。
出てきたのは一枚の画像。何の変哲もない草花の写真だ。
小中が画面を花音に向ける。
「四つ葉のクローバーですわね」
幸運の象徴である。見つかる確率はおよそ一万分の一だという話を少女はなんとなしに思い出した。
小中がコクリと首を縦に振る。
「前に券売機に貼られてたシールも同じ写真へのリンクだった」
画像の真ん中に四つ葉のクローバー。被写界深度が浅く背景がうっすらぼやけている。周囲にぼんやり浮かぶ白いものは花だろう。
寄った構図で遠景もなく、日本で撮影されたのかすら判別できない。
花音は細い顎を親指と人差し指でそっと挟むようにして考え、結論を導き出した。
「四つ葉のクローバーといえば幸運の象徴ですわ。つまり、誰かがこの学食を祝福しているのではないかしら? おほほほ。謎でもなんでもありませんわね」
名推理炸裂と少女は心の中で自画自賛する。
「だとしたらまどろっこしいな。ずいぶんと愛情が歪曲してるじゃねぇか。気持ちは嬉しいがQRコードのメニューと混同しちまうから、止めてほしいんだけどな」
「うれしい? どうして大福先輩がそのようなお気持ちになられますの?」
「ん? ああ、いやまあその……俺はこの学食が好きだからな」
どことなくしどろもどろだ。花音はいぶかしむ。
とはいえ、追求する材料もなければ、小中のプライベートに土足で踏み込む勇気もない。
花音はじっとQRコードの印刷されたシールを見つめた。
生徒会長には「リストに無い噂の調査」も許可されている。
謎の四つ葉のクローバー。まだ噂にはなっていないものの、今後どうなるかはわからない。
「そちらのシール、わたくしにいただけまして?」
「こんなもんが欲しいのかよ。変わってんな」
花音はスクールバッグからクレジットカードサイズのジップ付きビニール袋を取り出した。ピンセットで小中の手のひらからシールをつまみあげると袋に入れる。
指紋採取をすれば盛大に小中のものが出るだろう。推理ADVゲームよろしく指紋照合……とはいかない。が、こうして証拠を小分にしておけば、黒森への報告時に提出も楽だった。
というのすら建前で、ほとんど気分の問題だ。
不服と言いながらこの令嬢、ノリノリである。
「さっきから変だぞ。学食に変わったヤツがいねぇかとかさ。一番変わってんのお前だし」
「わたくし変わったところなど皆無でしてよ! 今日は初体験の連続で、ちょっぴり挙動不審になってしまっただけですわ!」
続けて花音はブレザーの襟につけた星型記章を小中に見せる。
「実はわたくし、何を隠そう押しも押されぬ黒森生徒会長に頼まれて、学園内に流れる噂について調査していますの。ご協力願えまして?」
どや顔をキメると花音は誇らしげに胸を張る。たわわ未満がゆっさり揺れた。
小中は視線を虚空にそらす。
「探偵ごっこか? 不思議な遊びにはまってんだな」
「噂の調査は遊びじゃございませんのよ! わたくしこれでもガチ勢ですわ!」
花音は真剣だ。噂の根源にたどり着けるかはともかく、報告を上げねば黒森による善意の公開処刑が待っている。
『星宮きらら』=『金持花音』の図式だけは公表させてはならない。匂わせることすら厳禁となる。
これは少女の尊厳をかけたミッションなのだ。
「何熱くなってんだよ。だいたい噂ってなんだ?」
「ええと……学食でいつも同じメニューしか頼まない生徒の噂ですけれど」
「そんなやついくらでもいるだろ」
ですわよねぇ。と、花音も心の中でこぼす。
「ええ。ですから本来であれば噂にはなり得ない。なのに噂として生徒会の投稿フォームに通報が複数件寄せられている。つまり噂になった生徒には、他にも変わった特徴があるんですわ! おほほほほ!」
「その投稿フォームってのは記名式なのか?」
資料を渡されてから花音も生徒会ウェブページの投稿フォームを確認している。記名欄はあるが無記名でも投稿自体は可能だった。
さらに言えば、学校外部の人間でも出来てしまう。
「名前を偽ることは……ぶっちゃけ可能ですわね」
「投稿自体が怪しいな。ちょっと知識があるやつなら複数を装って一人で投稿もできんだろ? ガバガバじゃねぇか」
改めて言われるとぐうの音も出ない。投稿者のIP開示請求も、事件性がなければ無理だろう。その点は警察と一緒だ。
そもそも噂を調べるという行為自体、チュパカブラやツチノコを探すようなもの。
花音はピンッと人差し指を立てた。
「よろしくて大福先輩。真の名探偵とは事件が起こる前に未然に防ぐものなのでしてよ」
黒森の言葉をそれっぽく言い直す。と、小中の眉尻が下がった。
「学食で同じものしか頼まないヤツがどんな事件を起こすってんだ?」
「それはええと……栄養が偏ると命の危険にもなる一大事。ですからバランスの良い食事に改善を求めましてよ。おほほほほ! ほぁ! ほあぁッ!」
言い分が苦しい。そんな時ほどお嬢様は高らかに笑うものだ。お嬢様的圧力(嬢圧)で押し切るべし。
「んなことは生徒会の広報で学園全体にでも言えばいいだろ。それにさっき言ったじゃねぇかよ。同じメニューばっか食べてるだけじゃ噂にならねぇって。問題になってんのは同じモノばっか食うことより、ほかにある特徴の方なんじゃねぇのかよ」
正論パンチのカウンターである。少女の嬢圧がかき消えた。
「そ、そそそそうですとも! そういったところも含めて包括的に調査をしなければいけませんのよ」
「学食は生徒の七割が利用するし時間だってまちまちだ。どうやって全員を調べる?」
少女は学食利用者を全体の五割と見込んでいた。
「一杯ならぬ一敗食わされましたわね」
「何と戦ってんだか」
「ともかく張り込みですわ。こうなれば持久戦ですわね!」
渋い顔をしていた青年がプッと吹き出した。
「クッ……はははッ! はははははッ! おもしれー女」
「はいぃ? それはいったいどちら様のことでして? わたくし、ちょっと心当たりがありませんことよ!」
花音の心臓が早鐘を打つ。金持家において「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿はカリフラワーもとい百合の花」と言われ慣れてきた少女だが、こんな言われようは初めてだ。
おもしれー女。
ネットミームでもおなじみのフレーズに花音の胸が高鳴る。刺さる。花音に電流走る。
「気に入った。俺も調査に協力してやるよ」
「ほ、本当ですの? 正気ですの!? ご迷惑ではありませんこと?」
「自分から協力を頼んだ相手の正気を疑うんじゃねぇよ」
「あは、おほほほほ! それもそうですわね」
花音はふっと我に返った。
きょとんとした表情で小中を見つめ訊く。
「てっきり先輩は噂にご興味ないかと思っていましたわ」
「お前は俺の話を最後まで聞いてくれたからな。それにまあ……その……なんだ」
言葉を濁した小中の視線が一瞬、花音の首より下に向けられた。
「どうかしまして?」
「べ、別にどうもしねぇよ! ともかく学食は俺の庭みたいなもんだ。さっきはわからんと言ったが、意識して周りを見るようにすれば違和感が浮かび上がるかもしれねぇしな。あとクラスの連中にもそういうやつがいないか訊いてみてやるよ」
クラスにおいてぼっち……もとい孤高のお嬢様にとって、上級生男子の情報網は貴重だった。
思わず小中の手をとって両手で包むように握る。
「ご協力感謝いたしますわね!」
「お、おう! 任せろ!」
かすかに小中の頬が赤くなる。
それからしばらく、二人は分担して周囲に目を配る。が、特に成果もなく、昼休み終了の予鈴が鳴り響く。
明日も同じ時間に学食前で待ち合わせの約束をして、この日は別れた。




