お嬢様VSシン・カレーうどん
ほどなくしてカレーうどんができあがった。受け取りカウンターで器の載ったトレーを手にすると、給仕の女性が花音……ではなく、小中に訊く。
「大福ちゃんがカレーうどんなんて珍しいわねぇ。彼女ができたからお揃いなのかい?」
珍しい? 何が珍しいのかと少女は首を傾げた。
「やめてくれよ宮本さん。こいつとはさっきそこで知り合ったんだ。初めて学食を利用するのに手間取ってたみたいでな」
「こ、こいつとは失礼ではありませんこと? それにか、かか、彼女などではございませんわぁ!」
給仕の宮本がにっこり目を細める。
「あらあらじゃあナンパされたばっかりで、これからってことかい? おばちゃんも若い頃は結構モテモテだったんだよ? うふふふ♪」
「ち、違いましてよ! わ、わたくしが初めて学食を利用するのに戸惑っていたところを、小中様に助けていただいただけですの。いわゆる行きずりの関係でしてよ!」
宮本は「大福ちゃんはお腹を空かせてる子を見ると放っておけないものねぇ」と、楽しげに言う。その間も給仕の手はテキパキと仕事をこなしていた。
「はい先に大福ちゃんの分ね。大盛りにしといたから。紙エプロンもペアルックだけど、二人とも恥ずかしがらずにちゃんと着けるんだよ?」
「勘弁してくれよ」
マシンガントークの宮本にはリア充(?)小中もたじたじだった。
混み合っているように見えて利用者の回転は良く、入れ替わりで空いた窓際のテーブルに対面して座る。
窓の外は中庭で、色とりどりの花々が咲き乱れていた。
「冷めないうちにいただくぞ」
「え、あ……はい。そうですわね。おほほほほ。カレーとうどんを組み合わせたからといって、そのおいしさが二倍三倍に膨れ上がるとは思えませんけれど」
「口元からよだれがたれてるぞ」
「じゅるっ……そんなことありませんわ! これから戦いを挑む武者震い的なものですわ! つまり武者汁ですわ!」
鼻腔をくすぐる香辛料に少女の体は反応しっぱなしだ。
二人おそろいの紙エプロンを着け、カレーうどんに「いただきます」と一礼する。
やや黄色みがかったカレースープには適度なとろみがあって、麺をもちあげるとよく絡む。湯気と一緒に香気がぶわっと爆発した。一口食べれば麺がもちもちちゅるりとなめらかに舌の上で踊り出す。
カレーの美味しさの奥から、うどんらしい出汁の滋味がじんわり広がった。
具材は豚バラ肉の薄切りに長ネギと油揚げというシンプルさだ。
だが、それがいい。
小中が心配そうに花音の顔をのぞき込む。
「どうだ?」
「お、美味しいですわ。悔しいけれど。ぐぬぬぬ……カレーにこのような一面があっただなんて、不覚でしてよ」
思わず少女はうなる。執事の作る欧風カレーや北インド風のチキンカレーとも違う、初めてなのに懐かしさを覚える味だった。
ついつい箸が進み、二人揃って無言でうどんを食べきる。
花音は細心の注意を払ったのだが、紙エプロンにぽつぽつとカレーの染みがついていた。
一方、小中の紙エプロンは綺麗なままだ。
なんだかまたしても、負けた気がする。
「「ごちそうさまでした」」
口元を紙ナプキンでそっと拭って花音はほっと息を吐く。
「カレー味のうどんがこんなに美味しいものとは思いませんでしたわね。きっと食べた人間を虜にするやばい秘密があるに違いませんわ」
人々を虜にする魔法の粉が混入しているのかもしれない。
小中はやれやれとため息をつく。
「秘密ってほどじゃないが、たとえばそうだな。麺の小麦はオーストラリア産だ」
「白い粉のお話がきましたわ~!」
「急にどうした?」
「あっ、ええとなんでもございませんのよ。おほほほ」
怪訝そうな小中に、少女は縦巻き髪を人差し指で触りながら話を変える。
「その白い粉……ええと小麦は国産小麦ではありませんの?」
「まあ国産小麦100%を店舗で製麺するチェーン店もあるんだがな」
「それでも外国産の白い粉を使う……と? つまり、相応の理由があるとおっしゃりたいのですわね?」
小中の表情が緩む。口がなめらかに動いた。。
「ああ。オーストラリアの小麦が含有するタンパク質は9%以上で、グルテンを形成する力が強いんだ。国産小麦の中にも高タンパク質の品種が出始めている。さぬきの夢という品種は地産地消であればコスト面でオーストラリア産以上という話も聞いているが、流通コストや大量かつ安定供給となると課題も残るだろう」
「は、はぁ……」
急な早口に少女の目が点になる。青年は花音を置いてけぼりにして続けた。
「この学食で使われているのは工場生産の麺になる。毎日、専門の職人が地域ごとの気候に合わせて水分量をコントロールし、最適な仕上がりを維持しているんだ」
少女はぽかーんとしたままだ。
ようやく気付いて青年は頷いた。
「すまん。つまらない話だったか。ともかく、香川の讃岐うどんの原料になる小麦の九割がオーストラリア産だ。この学食のうどんも同じ小麦粉を使っている」
うどん県民のお墨付き。と、花音なりに理解した。
それにしても、料理について語る小中はまるで、夏の早朝にカブトムシを見つけた小学生のようなテンションだ。
カレーうどんのおいしさを教えてくれたお礼に、彼の話に付き合うくらいはできると少女は思った。
「た、大変興味深いですわね。もう少しお聞かせ願えますかしら?」
青年の眉がピクリと動く。
「いいのか? 語っても?」
「え、ええ。知らない事を知る喜びを知ってしまいましたし」
小中がうれしそうに話すから。とはいえなかった。
青年は瞳をキラキラと輝かせて語る。カレーのスパイスをカレーうどん用に独自調合していることや、出汁へのこだわりなどなど。
この学食は外食大手ONKグループのセントラルキッチンから、仕入れをしているとのことだ。
概ね執事の事前リサーチ通りだった。
「とてもお詳しいのですわね」
「ま、まあな」
言葉数は少なくとも、口ぶりからして上機嫌である。彼のような人間を犬系男子というのかもしれない。もし小中に尻尾が生えていたなら、全力でぶんぶんと左右に振っていることだろう。
少し不器用というかぶっきらぼうなだけで、悪い人ではなさそうだ。もしかすれば協力してもらえるかもと、花音は考えた。
相手の懐に飛び込むことはこれまでなかった少女だが、勇気を振り絞る。
距離を詰めるには――
「小中様……大福先輩はよく学食を利用なさるのですよね?」
さすがにタメ口は無理でも、呼び方一つで印象はがらりと変わる。
花音の質問に青年は目をぱちくりさせて言葉を詰まらせた。が、すぐに頷き返す。
「休日以外は毎日だな」
「でしたら……学食で変わった行動をしている生徒を見かけたことはございませんこと?」
学食でいつも同じメニューしか頼まない生徒の噂。
そんな生徒はいくらでもいるだろう。極論、日替わりランチを毎回頼んでも「同じメニューしか頼まない」にはなる。
同じメニューしか頼まない+何か他に目立つ理由。故に噂になったのでは? これが少女の立てた仮説だった。
学食初心者の花音では気づけないことも、愛用者の小中なら心当たりがあるかもしれない。




