婚約呪い申し上げます。
「おーい、シレリナ。バレンシアくんが来ているぞー」
「わかりましたわ、お父さんさま。でも、今からお祈りをするから。しばらく待っていていただけますか?」
「おお、そうか。終わったら顔を出すんだぞ」
「はい」
愛想の良い声色で父親への受け答えを済ませると、シレリナ・レムはうんざりした様子でため息を吐いた。
「そんなの、どーでもいいのよ」
先ほどとはうって変わってシレリナが低い声でぼやく。
見たものを不安にさせる青白い肌艶の顔は不機嫌に歪んだ。
「あの方以外の男なんて興味がないの」
手入れを放棄した栗毛色の髪を乱暴にぼさぼさと掻きむしって、シレリナは部屋のカーテンを閉めた。
「さて、お祈りをしないと」
薄暗くなった部屋に1本の蝋燭を灯し、その前で膝立ちになるシレリナ。
そのまま両手を胸の前で組むと、そっと目を瞑る。
口にするのは、"お祈りの言葉"。
~麗しき霧の守り人よ、ここに乙女の髪を捧げます~
シレリナの紡ぐ言葉に共鳴するかのように蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れる。
~この髪に天使の涙を添えて、どうぞお召し上がりください~
と、突然、部屋の床がぱっと深い緋色に輝き出した。
光の正体はシレリナの足元の床に刻み込まれた紋様。
部屋の木の床が刃物か何かで彫られ、五芒星を母体にした魔方陣を形取っている。彫られた溝には赤ワインが注がれており、それが発光しているのだ。
そして、魔方陣の中にはシレリナの他に2束の髪の毛が糸に括られて置かれている。
1つは栗毛色の髪。
もう1つは紺色の髪。
「ねえ、フリオ様。私は今でもあなた様を心からお慕い申し上げております」
シレリナがそう呟くとぼうっと2束の髪が床と同様に深い緋色に光る。
「それなのに、あなた様は別の女性と婚約してしまうのですね」
ふるふる、とシレリナの体が震える。
呼応するように部屋の窓ガラスもガタガタと振動し始めた。
「許せません。私という存在があなた様に最愛を捧げていたというのに。許しません。許しません。許しません」
だからっ!!! っとシレリナが声を張り上げた。
「あなた様が婚約の儀をあげる今日、私はあなた様へ愛のお祈りを申し上げますわ。愛は呪い。私の心があなたを忘れるまで、私はあなた様の瞳の住人になります」
ごうっと轟音が轟く。
ガシャアアアアンっと窓ガラスが何枚か砕けて飛び散った。
「お祈り、終了ですね」
満足気にシレリナは立ち上がる。
すでに部屋の振動も緋色の輝きもなくなっていた。
「シレリナっ!?」
しばらくして、扉の向こうから父親の焦った声が聞こえてきた。
「何があった!? 大丈夫か!?」
ふう、とため息を吐いてからシレリナは愛想の良い声で答えた。
「ええ、お祈りの道具を倒してしまって……でも、もう大丈夫です。ちゃんと元に戻しましたので」
「そうか。なら構わないが」
「今からそちらに参りますわね」
るんるん、と鼻歌を歌う。
もう今頃はフリオの瞳が捉える最愛の女性が誰であろうと、その人物はシレリナの姿に見えていることだろう。
「誓いのキスはしたのかしら。私にキスはしてくれたのかしら」
シレリナは虚ろな目で微笑んだ。
心はすでに愛する人の瞳の中に住んでいる。
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