番外編EX4-1 FOF
メリークリスマス!
サンタより短編の投稿です。
話にクリスマスらしさは一切ありませんが。
今年度発行されたばかりの異世界入国管理局のパンフレット。その表紙では脅威の画像加工技術により美化された妖精が両手を広げて、異世界へと人々を誘う笑顔を振りまいている。まるで寿司を沢山用意してありますよ、と言っているかのようだ。
「……我が神がマスコットか。とても不敬」
写真の下部には“妖精はイメージです、実物は面倒臭い場合があります”などと書かれている。
その通りだと、パンフレットを持つ指に力がこもる。あの方は妖精の姿をしているが、そんなものは虚構だ。本来は妖精界を継承した現世に生きる神性、神の性質を持った尊き存在である。それを見世物のごとく扱い、印刷物で配布するなど許しがたい。
灰色の瞳を持ったエルフは、パンフレットを片手に現状をどうすれば打開できるかを考えた。
強硬手段は残念ながら採用できない。神性の勅命を破るなど恐れ多い。
妖精界の神は記憶の大半を失い、まるで脳みそが小さじ一杯しかない妖精そのものとなってしまっているが、そんな状態で出された命令であっても妖精の民は必ず守る。神に逆らうなどもってのほかだ。
では、どうすれば不当な状況を改善できるのか。
馬鹿で頭の足りないイカレタ妖精扱いされる神の復活を目指すには、何を利用すればよいのか。
エルフ一の狙撃手として謳われる灰色の目、アッシュ・アイの鷹の目が新世界を広く観察する。
山や空、新世界の都会や異世界ゲート、魔界出島やキオスク規模のコンビニ、と様々なものを素通りした強い瞳がある一点、異世界入国管理局の正門で停止した。
「管理局共! 妖精をフィギュアか何かだと考えているのか!」
「そうよっ。小さな女の子に労働させて自分達は国民の血税で気楽にお仕事か! だから私は年金を払わないのよ!」
「妖精は可愛い。ハァハァ。可愛いは正義。はぁはぁ。つまり、妖精は正義!」
五人未満の集団が管理局へとプラカードを掲げて意味不明な抗議活動に勤しんでいる。アッシュ・アイと同じように管理局発行のパンフレットも手に持っているようだ。車で数時間の場所だというのに朝っぱらから元気である。
妖精の人権、と言葉自体が矛盾している主張を行う人間族の行動に対してアッシュ・アイは一切共感してはいない。妖精と人間族では体の大きさもそうだが、思考や趣向も大きく異なる。人間族の尺度に合わせるべきではない。
そもそも、子供の入れ替え、血まみれ殺人、勝手に靴製造事件を起こす妖精に何かしらの権限を与えるなど新世界人は狂気だ。あそこの奴等のデモ活動のデモとは、デモニッシュのデモか。と冷たい目線を向ける。
けれども、奴等の主張の目標となっている妖精については深い関心がある。
「――使える。よし」
アッシュ・アイは口の中のみで精霊言語を発音し、呪文を唱える。
呪文の対象はデモ活動を行っている新世界の人間族共。
呪文の種類は扇動、洗脳、狂乱の三種盛り。
強度はかなり高い。呪文をかけられた側は自分達の主張を周囲に広く伝搬させ、洗脳し、狂ったかのように行動し始める。再生数3の〇ーチューバーが一週間でゴールドプレートの取得条件を満たすぐらいに民衆は感化されていく。
効果が強過ぎて制御が利かないという危険な呪文でもあるのだが、敵国内で使用する分にはどうでもいい話だろう。
「――小さな妖精を、守らなければ」
「――小さくて力のないはずの妖精の人権を守るのは、我々よ」
「――はぁハァ。小さい妖精可愛い」
精神を魔的強化されたデモの参加者達の目が血走り、声をより一層大きくしていく。
「我が神を妖精として扱う愚かな人間族。その代表たる審査官。その主張を存分に通し、同郷の人間族に打ち倒されるがいい」
仕込みを終えたアッシュ・アイは山の深い森の中へと消えた。後は事が終わるまで静観するだけで、管理局は民意によって滅ぶだろう。
梅雨が始まる六月。今年度最大の危機が管理局を襲う。
今年になって渡航者は増え、比例して業務も増加傾向にある。仕事量的には去年の三倍近くに膨れ上がっているだろうか。
いちおう、新人が六人配属されて三人辞め、まだ三人残っており、仕事を覚え始めているので今後はもう少し平準化される見通しではあるが――神隠しにあっていた後輩Eはギアナ高地で一人キャンプしているところを発見され、無事に昨日出勤していた。
「先輩、井上ちゃんがどこにもいません。寮の部屋にもいないみたいで」
「管理局は山の中だからな。出勤するまでの道で迷ったのかもしれない。寮と管理局まで五十メートルと離れていないが」
「うーん。おかしい、緊急アプリにも返事がありません。あ、でも、井上ちゃんの書き込みがいつの間にか。えっと『出勤できません。今、南極の到達不能極にいま』で途切れちゃっています」
「局長に知らせておきなさい」
去年のこの時期、後輩はまだ未配属だったなと思い返す。
かくいう俺もまだ未配属ではあったのだが。管理局が始動して初期メンバーが滅んだのが六月で、俺が審査官として緊急登板したのも同じく六月ではある。俺もそろそろ一年選手か。思えば遠くに来たものだ。
「人間族は簡単に年老いるわね。いつまでも若々しい妖精の私を見習ったら?」
「ペネトリット。……実年齢うん万年が何言ってんだ?」
「精神年齢は一年と半年よっ! そこのところ、間違えないでもらえる」
肩の定位置に着地したペネトリットに頬をぺちぺち殴られながら、食堂に向かう。午後からの仕事を頑張るためにもエネルギー補給は大切だ。
「今日はコンビニや手作り弁当ではないのね」
「コンビニは一通り制覇したからな。弁当は忙しくてさぼりだ。でも、食堂もなかなか味が良いって評判だぞ。カレーライスRゲート味が絶品だってさ」
「えー。Lゲート風うどんが至高って聞いたわよ」
職員と旅行客両方が利用できる程度には広く、利用客が限定されている食堂はチェーン店ではなく個人経営だ。テロの標的になる事もある管理局に店を出したがる企業や、テロリストや魔族と戦える人材を保有している企業はそう多くないという事だろう。
個人経営店らしくアットホームでどこか懐かしい雰囲気の店内は、忙しない現代社会に対する問題提起のごとくゆったりとしている。いつもニコニコしているベテラン夫婦にも心が温かくなる。
『――管理局よーっ、反省しろーっ! 恥ずかしくないのかーっ――』
「私もあそこの自販機は使っているわ」
「砂糖水トラップがうまく機能しているらしいな」
どこの席に座るべきか思案する。何気なく窓を背中で隠せる席を選び、ペネトリットと向かい合って座った。水をサービスしてくれた食堂のおばちゃんにお礼を言う。
カレーライスを食べるつもりで食堂を訪れたが、いちおうメニュー表を開いて他に食欲のそそられる料理がないかを確認する。
「チーズアウトハンバーグもいいわね」
「アルミサッシ風サルミアッキがあるぞ、ペネトリット」
『――我々はーっ、管理局の横暴にーっ、鉄槌をーっ――』
食堂を俺はあまり利用していなかったのだが、エルフとの叶わぬ恋に焦がれて独身を貫く警備部などは使う機会が多いと聞く。実際、胸板の厚い警備部が十人ぐらい仲良く一緒に食事をしている。
行儀良くナプキンを首に付けてナイフとフォークで納豆ごはんを食べている警備部は、この食堂の雰囲気を崩さず静かにしている。だというのに、妙な騒がしさを感じるのは何故だろう。
「おばちゃーん。Lゲート風うどん一つ。妖精盛りで」
「自分はカレーライスRゲート味で」
『――妖精に人権を! 小さくて可愛い妖精を不当労働から解放しろ! ――』
「――はっ!? 何か面白い事が現在進行形で起きている気配!」
「ペネトリット。せめて昼飯を食ってからにしてくれ」
もう少し無視しておきたかったが、ペネトリットが気付いてしまったのであれば仕方がない。しぶしぶと窓に向かって振り向く。
窓の向こう側は管理局の正面だ。広い芝生とその向こうには柵、更に向こうは山と特に見るべきもののない風景が広がる。本来であればその通りなのだが、今日は柵の向こう側に百人近い人だかりが見える。
距離があるため声はほとんど聞き取れないのだが、各々が主張を書いた看板を持参して掲げており、何かに対して抗議している事は分かる。
「何なのアレ?」
「いつもの異世界抗議だろ。攘夷は下火になっていても、平和的な範囲での抗議活動がない訳ではないからな」
管理局に対してデモが行われる事はそう珍しくない。異世界に一切の危険がないと言えば嘘となるので、異世界ゲートを危険だと主張する抗議自体は決して間違ってはいないのである。
まあ、彼等にしてみれば伏魔殿に住む悪魔たる審査官が反応できる事はないのだが。共感しても反論しても角が立つ。彼等が主張する異世界の危険が密入国しないように職務に務めるしかない。
「珍しくないのなら無視ね。私は常に先駆者でありたいの」
「それはなにより」
人間の主張に一切の興味がないペネトリットは、昼食を優先しデモ隊を無視した。
幸いだったと言える。確かにデモ活動自体は珍しくはないのだが……いつもと様子が異なる部分があったのだ。
プラカードや看板に書かれている内容が『小さな被害者』『自由を小さき者にも平等に』『お前達には小さな妖精を可愛がる慈愛の心はないのか』とあり、抗議の対象がいつもと異なっていたのである。
一日後の同じ時間。
管理局の正面に集まった人間の数は千人にまで増加していた。
「ゴミを投げ入れないでください。投げ入れないでください」
「管理局の非人道的な行動に対して、我々は断固とした抗議を続ける!」
「だから、ゴミを投げ入れないでください。管理局の敷地はゴミ箱ではありません。ゴミみたいな職場かもしれませんがゴミ箱ではありません」
「管理局よ、恥を知れ!!」
群集心理とは怖いものだ。普段は絶対に行わない行動であっても、多数の人間が集まった状態で誰か一人が踏み越えただけでも人々は続いて行動してしまう。
柵を乗り越えて来るとまでは思わないが、その用心のために警備部が柵の内側で展開していた。
「解放しろー」
「自由と人権を守れー」
「可愛いは正義―」
「ゴミを投げ入れないでください。あ、おひねりはこちらの缶へとお願いします」
昨日は百人ぐらいで今日はその十倍の千人。
実に嫌な予感がするものの、許可を取っての抗議活動は正当なもの。公務員に分類される管理官としては静かに見守るしかない。
『――見てください、山奥だというのに朝から集まった暇人の数を。主催者発表で五万人のデモ隊が異世界入国管理局の前に集まっています――』
朝起きてテレビの電源を入れると、見慣れた職場が報道されていた。旅番組、あるいは、心霊番組の特集にしては実に騒がしい。
『――このデモの目的は何でしょうか?――』
『――我々はFOF団です――』
『――え、エフオーエフ団??――』
『――FOF団。フェアリーを、大いに可愛がるための、ファン、団体。略してFOF団と呼称しています――』
『――はぁ、イカれて……ごほん、イカしていますね――』
寝起きだからだろう。喉の調子がすこぶる悪くて大いに咳き込む。
『――見てください。このパンフレットの表紙として撮影され、こき使われている妖精の姿を。小さく力のない妖精を異世界入国管理局は無理やり働かせているのです。そんな横暴なる管理局の悪を正すべく立ち上がった正義こそがFOF団です――』
『――あの、実は私、Rゲートの取材中に実物の妖精を見た事がありまして。正直に言って暴力を働く危険生物だったのですが……あれ、何か眩暈が……うッ、そ、そうですね。こんなに可愛らしい彼女達をこき使うような異世界入国管理局は決して許せません。報道の自由の裁きを受けてもらいましょう――』
中立的な立場で報道を行うべきレポーターも、途中からFOF団の言葉に感化されてしまったのか管理局批判を開始してしまう。
頭を抱えたまま仮病で休みたくなるような恐るべき事態が起きている。
本気で有給休暇を取ろうかと思案していると電話が鳴り響く。連絡してきたのは局長だ。クソ、先手を打たれてしまったか。
『同居している妖精はどうしている? 今、目を覚ました、だとっ! クロロホルムを嗅がせて眠らせろ。眠ったら、今すぐに連れて来い! 最悪の事態、管理局存続の危機だ』
管理局存続の危機ぐらい、いつもの事ではないか。




