番外編EX3-1 新年度
夏休み番外編を投稿いたします。
5,6話程度の短編となりますが、楽しんでいただければ幸いです。
「はい、次の方。こちらにどうぞ!」
新年度が始まった。
離職率の異様に高い――審査官に限れば離職率八十パーセント――異世界入国管理局にしては珍しく、昨年度後半と変わらない顔が審査ブースに並んでいる。
いや、変わっていない訳ではない。
驚くべき事に、審査官に生贄……ごほん、新人が配属されたのである。
「異世界での滞在は、何日を予定されていますか?」
「Rゲートの先は火山地帯ですが、何故か寒気を感じる方が多いです。あそこに見える呪いのコンビニを見て悪寒を覚える方はほぼ間違いなく風邪に似た症状が出ます。専用のコートを貸し出しているので、ぜひご利用ください」
「では最後に、こちらの手鏡をよーく見てください」
六人だ。
六人も新人が配属されている。昨年度は散々懇願しても増やしてもらえなかったというのに、上もなかなか分かっているではないか。
「後輩……いや、浦島審査官。帰国側の新人達の様子はどうだ? 三十日早い五月病や呪詛を発症していないか?」
「先輩は心配し過ぎです。心配したところで駄目な時は駄目なんですから」
新人が配属された事で、後輩だけが後輩ではなくなった。話しかける際には名前を呼ぶように改めている。
「先輩が命を張って作ったマニュアルと、妖精職員とのツーマンセル方式。この二つだけでも大きな進歩です。去年までとは違いますよ」
改めたのは後輩の呼び方だけではない。審査官の仕事についても改革を行っている。
試行を進めていた人間と妖精がセットで審査を行う方式を、正式に採用したのだ。異世界の住民の知見を得られるこの方式の有効性は、俺とペネトリットのペアが実戦で証明している。何より、数が集まると問題しか起こさない森妖精を分散させるというメリットが局長に気に入られて正式化と相成った。
考えられる準備を行った上での新年度だ。後輩の言う通り、心配ばかりしていても仕方がない。
次の世代を信じようではないか。
「――おいっ、森妖精A。どうしてパソコンがウィルス感染している。職員として潜入に成功したというのに、管理局の内部情報にアクセスできないだろ!」
「えー? だって、リンク先をクリックした方に財産を無税であげます、ってメールに書いてあったから」
「本物の魔法っ。地球では途絶えた本物が目の前にぃっ。魔術体系の復活のために魔術書が必要なのぉ!」
「この人間族ヤバッ。魔界出島のコンビニで昼食を買うのはマジ止めて。森妖精的にもシャレになってないから!」
「これは暗殺ナイフッ。どこの国の暗殺者ですか。森妖精Cちゃん、私の剣を!」
「有子いっけーっ。原作にはない〇イパーオーラー斬りだー!」
皆しっかり働いている。初心者らしい単純ミスや非効率な行動はあるものの、それが普通である。ちょっとした事件、暗殺者の登場にはあえて手出ししない。ぜひ新人達には経験値を稼いでもらいたい。
審査ブースの人員は十分だった。平日なので通行量もそれほど多くない。今日は部屋に戻って溜まった書類仕事でも消化しておこう。
「浦島審査官、フロントラインは任せた。俺は局長からマニュアルの完成を急かされているから後ろに引っ込む。コニャーク族の特徴がコンニャクっぽいって真実をありのまま書いたら、何故か疑われた」
「ここは任せてください。……ちなみに、先輩のバディのペネトリットちゃんはどこに?」
「外で局長と一緒に撮影を受けている。管理局のパンフの表紙に掲載予定らしい。前にテレビ取材を受けた浦島審査官を羨ましがっていたから、素直に撮られている」
「等身大写真で全国配布なんて、私よりも出世していますよ」
デスクワークに専念できる日が来るなんて、奇跡みたいだ。
新年度二日目。
電子化や見える化が遅れている公的事業はまだまだ多いが、異世界入国管理局は推進派だ。その手の管理ソフトも新年度より導入されている。命がかかっているので、平局員の意見が反映されて制度が変わる事もよくある。実にフレキシブルな職場なのだ。
ただし、審査官チームの朝礼だけは我等がボス、宝月滝子の方針により欠かさず行われている。
「新人の君達は、この朝礼時間を無駄と感じるかもしれない。確かに私もその一人だ。以前の職場では古臭いと常に思っていた。が、こと審査官については朝一で直接生存……体調を確認しておかなければ、私も気が気ではなくてな。諦めて朝礼を受けろ」
朝から部下の健康を気にかけてくれる立派な上司である。今年度もガーターベルト姿が美しい。
「幸いな事に今日の休みは新人一人だけ。病欠……不定の狂気だそうだ。人員には余裕があるためシフトに影響はない」
まだ五人もいるから局長もご機嫌みたいだ。仲の良い妹と一緒に働いているという要因もあるだろう。
朝礼が終わると、俺はそのまま自席につく。出入国ホールに恋しさを感じない訳ではないが、マニュアルの改版作業を終えておきたい。
パソコンに向かっていると、肩に着地してくる慣れた感触。
「ちょっとー、審査ブースに行かないの? 部屋の中にいてもつまらないじゃない。同じパソコン仕事なら、凡庸な一般人のパスポートを広げて「あれ、これは……」って意味深にキーボードをカタカタ鳴らす仕事をしましょうよ」
「そんな悪ふざけは一度たりともした覚えはないし、本物の不審者が充実しているからやる意味もない」
「審査しないのなら、昨日の私の写真を見なさいな。よく撮れているでしょ」
肩の上からペネトリットが見せびらかしてきたのは、パンフレットで使用される予定の写真だ。『さあ、異なる世界に旅立とう』とでも後で付け足されそうな、正面を向き、両手を広げた満面の笑顔の妖精が撮影されている。随分と腕の良い写真家を雇ったのだな。
だが、これだと写真を見た旅行者が勘違いしてしまうかもしれない。写真の妖精はイメージです、実物は面倒臭い場合があります。また異世界旅行で起きた事故事件には保険が適用されないケースがあります、と注釈を追加してもらおう。
しばらくの間、肩に座っていたペネトリットだったが、暇に耐えかねてどこかに飛んでいく。
午後になって、新人後輩Eが俺を呼びに現れた。
「どうした? また誰か呪いのお土産で半休か」
「違います。先輩にお客様が来ています」
時々あるお呼び出しだったようだ。Lゲート――通称、光の扉――ならばオーケアノス騎士団所属の屈強なカイオン騎士、Rゲート――通称、闇の扉――ならば魔王軍幹部のオーク・ワイズマン、ゼルファだろう。
「プロレスラーみたいな人が来ています」
「候補二人とも、良い体格をしているんだが」
「闇の扉からで、トンガリ帽子にローブ姿をしています」
「そのミスマッチはゼルファさんか。分かった、すぐに行こう」




