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特殊精鋭部隊リーダーの高校生VRMMOで最強に『改稿中』  作者: 暁 龍弥
第1章

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第7話 家族への連絡『改稿後』

第7話 家族への連絡


 冒険者組合の二階に用意された小部屋は、護衛というより監禁のための場所に見えた。


 窓は一つ。扉の外には監査局の騎士が二人。室内にあるのは簡素な机と椅子、それから通信機能を利用するための青い結晶だけだった。


 クオリアは椅子へ腰を下ろし、机の上に置かれた結晶を見つめる。


《通信機能が解放されています》


《フレンド検索、個人通話、家族共有回線が利用可能です》


 ようやく、家族と連絡が取れる。


 それだけのことなのに、指が動かなかった。


 何を話せばいいのか分からない。


 ゲームを始めた。存在しない種族になった。黒天竜に追いかけられた。世界を止める能力が発現した。犯罪者として拘束されかけ、正体不明の影に「帰ってこい」と呼ばれ、これから王都へ連れていかれる。


 開始から一時間にも満たない出来事としては、あまりにも情報量が多い。


 何より、アリアと約束していた。


 危なくなったら、すぐにログアウトする。


 その約束を、すでに守れていない。


「怒られますね」


 背後から声がした。


 振り返ると、扉の横にカリウムが立っていた。塩酸は部屋の隅で、通信結晶を興味深そうに眺めている。


「勝手に入ってこないでください」


「護衛です」


「監視では?」


「似たようなものです」


「否定してくださいよ」


 軽口を返しても、気持ちは晴れなかった。


 クオリアが再び結晶へ視線を戻すと、カリウムの声が少しだけ柔らかくなる。


「家族へ連絡するのが怖いですか」


「怖いというか……何を言っても心配させるだけなので」


「では、嘘をつきますか」


「それは嫌です」


「なら、心配させるしかありませんね」


 簡単に言われ、クオリアは眉をひそめた。


「無責任ですね」


「心配とは、相手を大切に思うから生まれるものです。完全に避けることはできません」


 カリウムは窓の外へ目を向ける。


「何も知らされず、後からすべてを知るほうが苦しい場合もあります」


 妙に実感のこもった言葉だった。


 クオリアが何かを尋ねる前に、塩酸が結晶へ手を伸ばす。


「使わないなら、分解してもよろしいですか」


「駄目です」


「残念です」


 余計なことをされる前に、クオリアは結晶へ触れた。


《家族共有回線を起動します》


《登録情報を検索中》


《接続候補を四名確認しました》


 画面に名前が並ぶ。


 アリア。


 マリア。


 アリス。


 カリス。


 全員、すでにB&Eへ接続している。


「もう入ってる……」


 自分が安全を確認してから始めるはずだった。


 おそらく、予定時刻を過ぎても連絡がなかったため、待ちきれなくなったのだろう。


 クオリアは一番上の名前を選択した。


《アリアへ通信を接続します》


 呼び出し音は一度しか鳴らなかった。


『兄さん!?』


 耳元で叫ばれ、クオリアは反射的に顔を離した。


『遅い! 遅すぎるのじゃ! 開始してから何分経ったと思っておる! 通信は繋がらぬし、現実の身体は眠ったままじゃし、ログアウトもしないし!』


「落ち着け。ちゃんと生きてる」


『ゲーム内でその言葉ほど信用できぬものはないのじゃ!』


 怒鳴り声の向こうから、複数の声が聞こえてくる。


『アリア、代わって! お兄ちゃん、今どこ!?』


『怪我してない? 変なところに連れていかれてない?』


『兄様、現在地を送ってください。迎えに行きます』


 一斉に話され、何を答えるべきか分からなくなる。


「一人ずつ話してくれ」


『では妾からじゃ!』


『ずるい!』


『最初に繋がっただけでしょう!』


『議論している場合ではありません』


 通信の向こうで揉め始めた。


 普段なら呆れるところだが、今はその騒がしさがありがたかった。


 家族の声だ。


 現実と同じ声で、いつも通り言い争っている。


 黒天竜も、影も、監査局も関係ない場所が、確かに残っている。


「みんな、もうログインしたんだな」


『連絡が取れなかったからじゃ!』


 アリアが即答する。


『兄さんの開始地点を探そうとしたら、妾たちまで別々の場所へ飛ばされたのじゃぞ!』


「別々?」


『はい。私たちも種族ごとに開始地点が異なるようです』


 落ち着いたカリスの声が入る。


『現在は全員、通信だけ繋がっています。まだ合流できていません』


「危険な場所じゃないか?」


『お兄ちゃんが最初に聞くこと、それなんだ』


 マリアの声に、わずかな笑いが混ざった。


『私は大丈夫。花畑みたいな場所にいる。案内役のお姉さんも優しいよ』


『私も平気。図書館から始まった』


 アリスが続ける。


『ただ、外に出してもらえない。適性検査が長い』


『私は神殿です。今のところ危険はありません』


 カリスも問題なさそうだ。


 最後に、アリアが少し間を置いて言った。


『妾は……洞窟じゃ』


「洞窟?」


『暗いが、危険ではない。たぶん』


「たぶんって何だ」


『案内人がそう言っておる』


「案内人の“たぶん”は信用するな」


 自分の経験から出た忠告だった。


 カリウムと塩酸が揃って不満そうな顔をする。


『兄さんはどこにおる?』


 聞かれると思っていた。


 クオリアは一度息を吸った。


「初心者街のエルディアにいる」


『なら、すぐ向かうのじゃ』


「待ってくれ」


『なぜじゃ』


「これから王都へ行くことになった」


 通信の向こうが静かになった。


 ほんの数秒。


 先ほどまで騒がしかったからこそ、その沈黙が重かった。


『……どうして?』


 マリアの声だった。


「少し、問題が起きた」


『少し、で王都へ連れていかれるの?』


「説明すると長い」


『長くてよい。全部話すのじゃ』


 逃げられない。


 クオリアは諦め、起きたことを順番に話した。


 ギアスという種族。


 黒天竜ノクス。


 世界へ命令する能力。


 監査局の拘束命令。


 謎の影。


 そして、誰も座っていない王座の幻。


 話が進むほど、通信の向こうから声が消えていった。


 すべて説明し終えた時、最初に口を開いたのはアリアだった。


『ログアウトするのじゃ』


「できない」


『なぜじゃ』


「重要イベント中らしくて、項目が使えない」


『そんなのおかしいではないか! ゲームなのじゃぞ!』


「俺もそう思う」


『運営へ連絡する』


 カリスが冷静に言う。


『現実側から緊急停止を試します』


「危険じゃないか?」


『兄様が戻れない状態のほうが危険です』


 反論できなかった。


『私たちも王都へ向かう』


 アリスの言葉に、クオリアはすぐ首を振る。


「駄目だ」


『どうして』


「俺を狙っているものがいる。近づけば巻き込まれる」


『もう巻き込まれてるよ』


 マリアの声は、先ほどまでより低かった。


『お兄ちゃんが帰ってこない時点で、もう関係ないなんて言えない』


「でも――」


『兄さん』


 アリアが遮った。


 怒鳴ってはいなかった。


 静かな声だった。


『妾たちは、兄さんに守られるだけの存在ではない』


「そういう意味じゃない」


『同じじゃ』


 言葉が胸に刺さる。


『兄さんはいつも、自分が危険な役を引き受ければよいと思っておる。妾たちを心配させるくらいなら、自分一人で抱えればよいと』


「……そんなことは」


『ある』


 即答だった。


『今もそうじゃ。危ないから来るな。巻き込まれるから離れろ。全部、兄さん一人で決めておる』


 何も言えなかった。


 心配させたくない。


 危険な目に遭わせたくない。


 それは本心だ。


 けれど、そのために家族から選ぶ権利まで奪っているのだとしたら。


『妾は、兄さんの妹じゃ』


 アリアの声が、わずかに震えた。


『守られるだけの人形ではない』


 通信越しなのに、泣くのを堪えているのが分かった。


『怖いなら、怖いと言えばよい。助けてほしいなら、そう言えばよい。なぜいつも、大丈夫なふりをするのじゃ』


 クオリアは机の下で拳を握った。


 怖い。


 黒天竜に殺されかけた時も。


 影に触れられた時も。


 監査官に連れていかれる今も。


 本当は、ずっと怖かった。


「……怖いよ」


 声に出すと、驚くほど素直に認められた。


「何が起きてるのか分からない。俺が何なのかも、あの影が誰なのかも分からない」


 自分の声が情けなく震える。


「王都へ行って、戻ってこられるかも分からない」


 通信の向こうで、誰かが息を呑んだ。


「だから、来てほしくない。でも……」


 言葉が詰まる。


 助けてほしい。


 一緒にいてほしい。


 その一言を言うのが、黒天竜へ立ち向かうより難しかった。


「一人にしないでくれ」


 沈黙の後、アリアが小さく息を吐いた。


『最初から、そのつもりじゃ』


『うん』


 マリアが続く。


『絶対に追いつくから』


『王都で合流しましょう』


 カリスの声には迷いがない。


『こちらも最短経路を探す』


 アリスも淡々と言った。


 けれど、その言葉の奥には確かな熱があった。


『だから兄さんは、勝手に消えてはならぬぞ』


「ああ」


『約束じゃ』


「約束する」


 今度こそ、軽く扱ってはいけない約束だった。


 通信が切れる直前、マリアが思い出したように声を上げる。


『あ、お兄ちゃん』


「何だ?」


『綺麗な女の人についていってないよね?』


 クオリアは無言で、部屋の外にいる獣人の少女を見た。


 開いた扉の向こうで壁にもたれ、こちらを待っている。金色の瞳と目が合うと、不機嫌そうに眉をひそめた。


「……助けてもらった人ならいる」


『女?』


「そうだけど」


『アリア、聞いた!?』


『聞いたのじゃ! 名前は! 種族は! 年齢は!』


「今その話をするのか!?」


 通信の向こうで騒ぎが再開する。


 先ほどまでの重い空気が、少しだけ和らいだ。


 クオリアが通信を切ると、部屋には静けさが戻る。


 カリウムは穏やかに笑っていた。


「良い家族ですね」


「騒がしいですけどね」


「騒がしさは、生きている証拠です」


 塩酸も頷く。


「ちなみに、黒耳さんという呼び名は報告しなくてよかったのですか」


 扉の外から、矢が飛んできた。


 塩酸の頬を掠め、背後の壁へ突き刺さる。


「次にそれを言ったら、当てる」


 獣人の少女が、弓を下ろしながら言った。


「聞いていたんですか」


「扉が開いている」


「途中から閉めてくれてもよかったのでは」


「護衛対象から目を離せない」


 少女はそれだけ答えると、廊下を歩き始めた。


「出発だ。監査官が待っている」


 クオリアは立ち上がり、通信結晶から手を離す。


 心の中にあった重さは消えていない。


 だが、一人ではない。


 今は離れていても、家族は同じ世界にいる。


 王都へ向かっている。


 それだけで、先ほどより足が動いた。


 階段を下りると、組合の入口にヴァルガスと騎士たちが待っていた。


「連絡は終わったか」


「はい」


「では移動する。転移門まで護送する」


 ヴァルガスが歩き出そうとした、その時だった。


 建物の外から激しい鐘の音が響いた。


 一度ではない。


 短く、何度も、街全体へ危険を知らせるように打ち鳴らされている。


 冒険者たちが一斉に立ち上がった。


「警戒鐘……?」


 受付の女性の顔色が変わる。


 外から衛兵が駆け込んでくる。


「北門に魔物の群れ! 森から大量に出現しています!」


「規模は」


 ヴァルガスが尋ねる。


「確認できただけで三百以上! さらに――」


 衛兵は息を整える間もなく続けた。


「群れの後方に、黒天竜がいます!」


 組合内に動揺が広がる。


 クオリアの背中を冷たい汗が伝った。


 ノクスが追ってきた。


 森を抜け、街まで。


 視界に赤い文字が浮かぶ。


《特殊個体、黒天竜ノクスが接近しています》


《対象の目的を解析中》


《解析完了》


《目的:クオリアとの接触》


 討伐でもない。


 捕食でもない。


 接触。


 ノクスが森で告げた言葉が蘇る。


『見つけた』


 さらに警告が追加される。


《観測者が行動を開始しました》


《現在地:エルディア北門》


 影もいる。


 黒天竜もいる。


 そして、その二つが同時に街へ迫っている。


 ヴァルガスが剣を抜いた。


「転移門への移動は中止だ」


「では、どうするんですか」


「北門へ向かう」


 男はクオリアを真っ直ぐに見た。


「奴らの目的が貴殿なら、貴殿にも来てもらう」


 逃げれば街が襲われる。


 向かえば、再びノクスと影に対峙することになる。


 ゲームを始めてから、選ばされてばかりだった。


 それでも今度は、迷う時間すら必要なかった。


「行きます」


 家族へ、消えないと約束した。


 だからこそ、生きて戻るために原因と向き合わなければならない。


 クオリアは騎士たちと共に組合を飛び出した。


 遠く、北の空。


 街壁の向こうから、黒い翼がゆっくりと持ち上がる。


 その真下では、森から伸びた巨大な影が、街へ向かって這い寄っていた。

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