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 次の日は、学校が半日で終わった。

 昨日の段階でどうするかは東山と相談したのだが、敵がわからない以上は動きようがないからと、特に約束をしたりなどもしなかった。ぶっちゃけ、暇だった。

 特に用もないのに、学校の近くにある商店街をうろうろと歩く。本屋に寄って本を読み、メイド喫茶で「萌え萌えきゅん」の入ったオムライスを食べ、ファーストフード店でジュースを飲んで時間を潰し、市営プールでは滑り台を何度も楽しみ、そんな感じで、ただぶらぶらしていた。

 知りたいことはいろいろある。やらなくちゃいけないことも、いろいろある。

 そのときの俺は、根本的な問題としての「なぜ」ということをいっさい考慮していなかった。

 そのことをふと思い出し、ついつい笑みを浮かべてしまう。

 自分が魔法使いの戦いに巻き込まれている理由。

 百の槍に選ばれた理由。

 そもそも真っ先に考えなくてはいけない問題が、すっぽり頭から抜け落ちている。

 いつの間にか、この環境をすっかり楽しんでいるようにも思える。そんな風に変化してしまった自分自身をもう一度だけ心の中で笑い飛ばして、また歩き出す。

 ただ、なにもせずに歩いているだけだ。しいて言うなら、好みの女の子を見つけて声をかけたけど、男と待ち合わせ中だったらしく男に見つかって追いかけられたくらいだ。

 そうやって、ひざに手をやって息を整えている俺の視界に、ふと、なにかが写った。

 ……車いす。

 車いすに座ったままのひとりの女の子が、じっとこちらを見ていた。

 俺は迷わなかった。歩き出す。

 彼女も同じ気持ちだったのか、足下に転がる大量のガチャガチャの景品を避けつつ、こちらにタイヤを転がして向かってくる。

「……やあ」

 俺は控えめにそう声をかけた。

「こんにちわ、おにーさん」

 車いすの少女……北川は、表情を変えないままそう声を上げる。

 ふふふ、と小さく笑って、彼女はがちゃがちゃの景品のひとつと思われる人形をカバンへとしまった。

 欲しいものが当たったのか、しばらく彼女はぐふふふふと笑っていた。

「こほん。ねえおにーさん、少し話さない? せっかく、こんなところで会えたんだから」

 彼女は言う。

 それはこちらとしても願ったり叶ったりだ。俺はこくりと小さく頷いて、歩きだした。

 まずラブホテルに入ろうと思ったところ車いすから出てきたハンマーに殴られ、メイド喫茶に入ろうとしたら車いすからミサイルが撃たれて吹き飛ばされた。

 結局、近くにあったファミレスにふたりで入る。入った直後に彼女はお子さまランチとドリンクバーを頼み、俺はドリンクバーのみを頼む。

 彼女の分のメロンソーダと自分のコーヒーを持って席に戻ると、彼女は小さく礼を言った。

「おにーさん、魔法使いだね」

 そして、間を置かずに言う。

 否定する必要はなかった。俺は素直に頷いておく。

「まずは自己紹介だね。わたしは北川りく。わかっていると思うけど、魔法使いだよ」

 やはりか。俺は小さく口だけを動かした。

「俺は夏野大地。君の言うとおり。俺も、魔法使いだ」

 俺は袖口から万国旗を取り出してそう言った。

 「おおー」と、北川だけでなく周りの席からも拍手が響いた。

「ひとり、リタイアしたらしいね。そして、それをやったのが、おにーさんだって聞いたよ」

 北川は言う。

「誰から聞いたんだ?」

「それは言えないなあ」

 聞くと当然のようにそう答えた。

 それもそうか。俺と東山のように協力しているメンバーがいるとしたら、そんなこと口にはできない。

 だとしたら、どうして彼女は俺に接触してきたのだろうか。協力相手を裏切るつもりか、それとも、なにか裏があるのか。

 じっと見つめていると、彼女はお子さまランチをぺろりと平らげて店員を呼びだし、続けてハンバーグステーキセットを頼んでいるところだった。

「この、戦い」

 店員が去ってから、彼女が口を開く。

「すべてのアイテムを集めた人間が、マジシャン・オブ・マジシャンの称号をもらって、願いをひとつだけ叶えることができる。誰かに聞いたかな?」

「ああ」

 俺はすぐさま答えた。

「おにーさんの、お願いはなに?」

 が、次の質問にはすぐさま答えることはできなかった。

 確かに東山に言われ、いろいろ考えたものだが……、そもそも、願いを叶えるなんてそんな大層なことが実現可能なのかどうかも怪しいと思った。例え、魔法のアイテムの力が本当だと目の当たりにしたとしてもだ。

「実は、あまり考えてない」

 なので俺は正直に答える。「ふーん」と北川はメロンソーダに刺さったストローをくわえて口にする。

 ちなみにストローはカップル仕様のハートの二本ついていてハートを形作ったストローだ。俺は身を乗り出してこちらに延びたストローを口にしようとするが、さりげなくストローの方向を変えられて避けられた。

「なんでも叶うんだよ? 億万長者にだってなれるし、総理大臣にだってなれる。宇宙飛行士にもなれるし、ハーレムだって作れる。どう? 従順なメイドが何人もいる家に住んでみたくない?」

「ははは、それはいいな」

 笑って言う。

「でもな……なんでも叶うって聞くと、かえって身構えるのが普通じゃないかな。取り立てて、火急で叶えたい願いなんて正直、ないよ」

 俺はそう言って軽く肩をすくめた。

 北川はなにも言わずにメロンソーダを飲み干し、車いすから立ち上がってドリンクバーで飲み物を入れてくる。

 車いすに座りなおして、俺をまっすぐに見つめた。

「例えば……わたしの願いが、もう一度、この足で歩きたいっていう願いなら、どうする?」

「え?」

 俺は思わず聞き返した。

「……わたしね、事故にあって、もう二度と立ち上がれないって言われたの。小学校よねん……三年の時に」

 彼女は「設定資料集」と書かれたノートを広げて口にする。

「もし、そんなわたしの願いが、もう一度、歩けるようになりたいっていう切実な願いだったとしたら、おにーさん、わたしにその機会を譲ろうとか、そういうことは考えないかな?」

 じっと見つめられ、そんなことを聞かれた。

 もう一度、立ち上がりたい、か。

 なるほど確かに、医者にそう言われたということなら、そう願うのが普通のことだ。

 歩きたい。

 普通の人間にとっては普通のこと。

 それが出来ない人間がそれを願うということは、非常に重いこと。そして、辛いこと。

 だとしたら、なんの願いのない俺のなんて軽いことか。

 そう考えると、彼女の言うことはもっともだと思った。

「悪いけど……それはできない」

 頭の中ではそう理解できる。

 それでも俺は、頷かずにそう答えた。

 北川は意外そうな顔をして、『設定資料集』と書かれたノートをしまう。

「理由、聞いていいかな」

 北川は店員を呼びだし、今度はパスタセットを頼んで言う。

「この戦いは……願いごとを叶えるためとか、そんな簡単なものじゃないんじゃないか」

 俺は、東山に言われたときからずっと感じていたことを、自然と口にしていた。

「ふうん」

 北川は感心したように言う。

「おにーさん、思ったよりも考えているんだね」

 ずず、とジュースを飲み干して北川は口にした。

「確かにおにーさんの言うことは正しいよ。この戦いは、願いごとだけの問題じゃない」

 北川はそう言った。

「どういうことなんだ?」

 俺は残っていたハンバーグステーキに手を伸ばしながら聞く。まだ食べるのか、北川が俺の手を叩いた。

「わたしも、ちゃんと知ってるわけじゃないんだ。ちょっと聞いた話だから、本当かどうかもわからないんだけど」

 食べさせてやるよ、と言ったら大人しくナイフとフォークをさしだした。小さめのサイズに切って、彼女の口元へハンバーグを運ぶ。

「あの学校には、開かずの扉があるんだって」

 あーん、と小さな口を開いて北川は言う。

「開かずの扉……?」

 俺はその聞き慣れないキーワードを小さく口にし、彼女の前にさしだしていたハンバーグを自分の口へと入れる。

「そ。開かずの扉。そこは、七つのアイテムをそろえたものにだけ開けることができるんだってさ」

 北川は俺の後ろに回って俺の首を絞めながら口にした。

「そこに、なにがあるんだ?」

 彼女の腕をぱんぱんと叩きながら聞く。

「さあ。そこまでは知らない」

 北川は車いすに座って言った。

「でも、そこに入ることが願いごとを叶えるための条件らしいの。その場所で真に認められたものだけが、どんな願いでも叶えられる、最強のマジシャン・オブ・マジシャンになれるんだって」

 口を開けて、そこを指さす。俺はハンバーグを小さく切って、口元に運んでやった。

「どうやって、なのかもわからないけどね」

 たちまち嬉しそうにほっぺに手をやる。まあ、確かにこのハンバーグはおいしかった。

「開かずの扉、か」

 そのような話を聞くと、興味を持たずにはいられない問題だ。マジシャンズなんちゃらはともかくとして、そもそもその場所になにがあるのか。考えれば、確かに胸がわくわくしてくる。

 少し考え込んでいると、北川がデザートにとパフェを四種類ほど頼んでいるところだった。運ばれてきた一番大きなパフェを「おにーさんの分」と言って目の前に置く。

「キミは、そこで願いを叶えたいのか、歩きたいっていう、願いを」

 北川はパフェを口にして幸せそうな笑みを浮かべてから、口を開く。

「さあ。もしかしたら、もっと別の願いかもしれないよ。お姫様になりたいとか、王子様が欲しいとか」

 変なことを言う。俺は少しだけ頬をゆるめた。

「どっちにしても、わたしは勝たないといけないんだ。だから、おにーさんがわたしに勝ちを譲らないって言うなら……」

 彼女はパフェにスプーンをつっこんだ。

「次に会うときは、容赦しないからね」

 そう言って、彼女は二つ目のパフェを平らげた。立ち上がり、ちょっと考えてから車いすに座り、車いすを動かす。「じゃあまたね」と小さく口にし、彼女は一人で店を出ていった。

 少しだけ、重たい空気。

 俺は大きく息を吐いて、その重い空気を少しでも和らげようとした。

 次に会うときは、容赦しない、か。

 彼女のアイテムがなんなのかも知らない。向こうにも協力者がいるらしいから、こちらの手の内がバレている可能性はあるが。

 もう一度息を吐く。見ると、さすがに頼みすぎたせいか、いろいろと食べ残しがある。俺はありがたく彼女の残りを食べる。特にスプーンは念入りにペロペロしておいた。

 周りからの痛い視線も無視して残りを食べ終えると、なんだかものすごい量の食事を口にした気がする。腹が重い。

 なにげなく、テーブルの上に置かれている伝票を目にした。そして、財布を確かめる。財布の中には数枚の千円札しかなかったた。

 北川、りく。あの子とも、戦わないといけない。

 俺は拳を握って決意を新たにし、店員の目を盗んで店から出ていった。

 


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