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「や、また会ったね、大地くん」
しばらく店員に追いかけられて捕まり、ATMでお金を引き出してから店長と名乗る人物にしばらく土下座をしてやっとファミレスから出てきた俺の前に、西村が現れた。
「身構えなくてもいいよ。こんな町中で、いきなり戦いを始めるわけにはいかないでしょ?」
彼女は言う。その言葉が本当かどうかは見極められなかったが、俺はとりあえず、「荒ぶる鷹のポーズ」をやめた。
「たまたま遭遇しただけだよ。この際だから、ちょーっと情報交換とかってどうかなん?」
変わった口調で言う。俺は小さく息を吐いて、
「情報交換ね……本当に、交換なんだろうな」
そのように口にしておく。
「それはそっちが情報を渡してくれるかによるかな」
手を後ろで組み、笑顔を向けて言う。
屋上でみた不適な笑みはそこにはない。図書館でたまたま出会ったときの、無邪気な笑顔だった。
「なんなら、こっちが先に情報を出そうか? 例えば、さっきまでキミが親しく話していたりくちゃんとあたしは、実は仲間だとかねん」
俺の周りを回るように歩き、口にする。
「……仲間?」
「正確には、ただ情報のやりとりと、メンバーが半分以下になるまで戦わないという約束をしているだけだけど」
西村はあっけらかんと言った。
なるほど、北川が俺のことを知っていたのはそのせいか。
「さ、こっちは情報を出したよん。なにをくれるのかな?」
身を屈めて、上目遣いにのぞき込むようにして言う。
「……なにが聞きたいんだ」
俺は観念して口にした。一応、情報をもらった以上はそう言わざるを得ない。
「んふふ、慌てない慌てない」
西村はくすくすと笑ってから、言葉を続ける。
「デートでもしながら、話そうよ」
体を翻しながら、西村はそんなことを口にした。
「ね、こんなのどうかな?」
三角形の布地を広げて俺に見せつけながら、西村は笑顔で言う。
「どうと言われても……」
俺は苦笑して目を反らす。近くを通った人がこちらを見てクスクスと笑っていた。
デートだか情報交換だか知らないが、なぜか俺は西村とショッピングモールを見て回ることになった。
「ほらほらちゃんと見てよ、どうこれ、派手過ぎかな?」
彼女が赤い布地を広げて言う。
俺としてはなんとも答えることができず、息を吐くだけだった。
「じゃあ、大地くんはどんなのがお好き?」
「俺か? そうだなあ……」
俺はすぐ近くにあった黒い布地を手に取った。
「こういう感じがいいかな」
「おおー、これは予想外」
西村はニヤニヤと笑いながら言う。
「大地くんは可愛いのが好みかと思ったよ」
「そういうわけじゃない」
言い、恥ずかしいので黒い布地を元あった場所に戻した。
「で、西村さんはどんな情報が欲しいんだよ」
息を吐いて話題を元に戻す。これ以上はさすがに、俺としてもキツい。
「呼び捨てでいいよん。いまさらだからねん」
西村は俺が戻した黒い布地を手に取り、「ほほーう」と声を上げていた。
「ま、いろいろ参考になったからもういいかな。場所変えよっか」
そう言って、彼女は布地を置く。よかった。「買って♪」とか言われたらどうしようかと思った。
そうして、俺たちは男性用水着コーナーから移動した。
「聞きたいこと、ね。ま、ボクが聞きたいことは、ひとつだけだよ」
歩きながら、西村は指を一本だけ立てて口にする。
「転校生ちゃん……東山さんについて聞きたいの」
その言葉は、正直、予想していたものとは違ったものだった。
「ある程度、魔法使いだと思われる人はリサーチしてたからいいんだけど、さすがに転校生までマークはできなかったわけですよ。だから、ボクの情報網に、東山さんは全く引っかからず。あの、レールガンって呼んでいるもののことだってぜんぜんわからないし」
人差し指を口元にやって西村は言った。
「だから、東山さんのことについて知っていることがあれば、教えて欲しいわけですよ」
西村は言う。
……正直迷う。東山との協力体制がまだ継続しているかも怪しいし、そもそも、情報を口にしていいのかもわからない。
それ以前に、はっきり言って東山に関して言うなら、情報になるようなものはなにひとつ知らない。
「俺も、知ってることなんてないぞ」
だからこそ、俺は正直にその旨を伝える。
「そもそも、『百の槍』の能力でレールガンを完全に抑えることができたからな。向こうとしてもすぐに俺を倒せないと踏んで、それなら協力しようと思ったんだろ」
そのあたりは嘘偽りなく口にしておく。
「ふーん。レールガンを完全に、ね」
西村はうんうんと頷く。
今のはどちらかというと俺の情報だ。ちょっとだけ言わなきゃよかったと後悔する。
彼女は近くにあったカフェを指さした。俺が「コーヒー」と言って席を確保して待っていると、彼女はビッグサイズのコーヒーフロートを持ってやってきた。
「『百の槍』、言うまでもないと思うけど、まだ能力の付与はいっぱいできるんだよねん?」
席について、首を傾げて聞いてくる。
「……ああ」
嘘をつく必要もないだろうし、ここで嘘をついてもすぐバレるだろうと判断した俺は、正直に答えた。
「『百種類の能力』か。確かにチート級の能力だけど、あくまでも『能力の付与』であって、絶対的な力が付与されるわけじゃないんだもんね」
西村は言う。
彼女の言うことはなんとも言えない。
例えば『百の槍』に、『触れるだけで死ぬ』みたいなチート能力を付与したとしても、逆に言えば『触れないといけない』のだ。
あくまでも物理的な干渉が必要だということは東山も口にしていた。結局は、俺が手で持ち、相手に槍を当てなければ意味はない。
戦いにおいては、ある程度は状況を有利にすることはできるが、絶対的だとは言えない。
「でも、やっかいには変わりないよねん。東山ちゃんが後回しにするのもわかるね。逆に委員長ちゃんは先に潰そうとしたみたいだけど」
なるほど委員長が仕掛けてきたのはそのせいか。
「西村、魔法使いは七人なんだよな?」
俺は顔を向けてそう聞いた。
「今回の戦いにおいて、魔法使いは七人だね」
彼女は言う。つまり、戦いとは関係のない魔法使いもいるということなのだろうが、まずは七人の魔法使いを相手にするということだ。
「何人知ってる?」
俺の質問は、意外と簡潔に答えられる少し罠くさい質問だ。それをわかっているのか西村もくすくすと笑い、
「六人かな」
答えた。
俺と東山、委員長……南浜と北川、それと彼女。俺が知っているのは、五人。
彼女は、もうひとり知っている。
「聞いていいか。俺が知らないもうひとりのこと」
その答えに期待はしていなかった。でも、聞いてみた。もしかしたら、答えてくれるかと思った。
「うん、いいよん」
――ふと、彼女の視線がどこか、別の場所に向けられていることに気づいた。俺も顔を動かす。
少し離れた場所、同じカフェの中の、別の席。
メガネの男が辞書を片手に、コーヒーカップを傾けていた。
その顔に、見覚えがある。思えば、図書館で西村とぶつかった。その際、南浜もあの場所にいた。
そして……そこにはもうひとり、いなかったか。周りに辞書を浮かべ、そのうち一冊を読みいっていた、ひとりの男が。
「彼だよ」
西村は口にした。その言葉が聞こえたのか、男は立ち上がった。
「冬深、雪也 (ふゆみ ゆきや)。彼も魔法使いだよ」
彼の周りには辞書が数冊、ふわふわと浮いていた。
軽くメガネを持ち上げて、彼は俺たちの席の横に立った。
「初めまして。僕が、あなたのいうもうひとりの魔法使い……冬深雪也です」
男はそう名乗った。
「盗み聞きとは感心しないね。いつから聞いてたのかな」
西村が声音を変えてそう尋ねる。
「ここに来てからですよ」
男は正直に答えた。
「ですが、あなた方の言うことを聞く必要はありません。他の魔法使いをすべて倒す、それだけです。相手の能力、アイテム、特徴などは関係ありません」
そんな自信に満ちた言葉を口にする。
「相手がどんな能力の持ち主か、知っておいたほうが戦術が立てられるのに。その辞書に書いてないの、『備えあれば憂いなし』って」
西村はそのように言うが、
「『備えあれば憂いなし』。この言葉はもともと殷の宰相傳説の言葉でしたか。普段から準備をしておけば、いざというときなにも心配がない、という意味でしたね」
辞書を広げてないというのにそう口にする。こいつ、辞書の内容を暗記しているのか。
「それに、備える必要はありません」
男は辞書の中の一冊を手に取った。
「知識と、アイテムと、そして辞書。このすべてがそろった僕は……」
そしてその辞書を大きく振り上げ、
「最強です」
俺たちの座っていた机を辞書の背で叩いた。木の机がまっぷたつに割れた。
俺たちは大きく後ろへと飛び、臨戦態勢をとる。
「じ、辞書が武器なのか!?」
俺は槍を取り出して叫ぶ。
「そうだよ! 彼の武器は辞書!」
西村は叫んだ。
周りにふわふわ浮かんでいるから、委員長みたくビームでも出るかと思ったのだが、奴の戦術は『辞書で殴る』というものらしい。
それだけを聞くと大したことがなさそうだが、奴の持ち方に俺は注目した。
表紙と裏表紙を掴んだその持ち方。振るわれるのは、辞書の背だ。
あそこはとても硬い部分だ。あの部分で叩かれると、おそらくすごく痛い。むちゃくちゃ痛い。
なるほど、確かにやっかいな相手だ。
「はあっ!」
西村が間合いを詰めた。正拳突きを右、左と交互に繰り出す。
冬深の周りに浮いている辞書がそれを防ぐ。続けて放った西村の渾身の回し蹴りは、手にしていた辞書で防いだ。
その一瞬だ。西村の水色がわずかに見えたのを、俺は見逃さなかった。
「答えろ、『百の槍』!」
百の槍の能力が発揮され、俺のポケットからスマホを取り出す。写真モードを起動し、その水色を撮影しようとする。
「てやっ!」
そこに振るわれる冬深の辞書。俺は後ろへ大きく飛んで攻撃を避ける。確認すると、辞書に隠れて水色の撮影はできなかった。
「てめえ……許さねえ!」
俺は叫ぶ。おかげで写真が撮れなかったからだ。
「なるほど、それが『百の槍』ですか」
冬深は俺の手元を見て言う。
「今回の戦いの、ダークホースのアイテム。どうしてあなたがそのアイテムに選ばれたのかはわかりませんが、この際です。僕がその槍を奪って差し上げましょう」
「誰がお前なんかに……見てろ、この槍の能力を!」
俺は槍に新たな能力を付与させた。最近おなじみとなった槍の先から出てきた手が、西村のスカートを掴む。
それをまくり上げ、俺はスマホを構えた。
そのときだ。辞書を持った冬深が、俺に向けて駆けた。しゃがみ込んだその状態で、次の攻撃は避けられない。
まずい……と思ったら、西村からガチの回し蹴りが俺の顔面を捉えた。俺は吹き飛ばされ、冬深の攻撃は俺に届かない。
俺はカフェから近くのプライダル専門店まで飛んだ。
「サンキュ、西村、助かったぜ」
宝石のショーケースから立ち上がって言う。なぜか西村は少し赤い顔を俺に向けた。どしたのだろうか。
「やりますね」
その、コンビネーションを駆使した回避技に冬深も声を上げる。
メガネを持ち上げて不適に笑うその姿には、まだまだ余裕があるようにも見える。
西村が俺の近くまで来た。落ちていた指輪を拾ってポケットにつっこむ俺を引っ張りあげる。
「……不利だね」
西村は口にした。
「かもしれないな」
冬深の辞書、攻撃だけでなく、防御も高い。
その上、俺の後ろには警備員が集まってきている。
「絶体絶命、あなた方の状況を説明するには、その言葉がぴったりのようですね」
冬深は歩きながら口にする。相変わらず彼の周りには辞書がくるくると回っている。
「そうでもないわ」
どこかから声が聞こえ、直後、激しい電撃が俺たちと冬深、さらに、警備員の間に降り注ぐ。俺たちは眩しさに目元を覆った。
「おあいにくさま。今、こいつらを相手にするって言うのなら、あたしも相手してもらうわよ」
振り返る。
ウェディングケーキのサンプルの上に、東山がレールガンを構えて立っていた。
「東山! 来てくれたのか!?」
俺はケーキナイフを拾って彼女に駆け寄る。
店員も空気を呼んでくれたのか、「初めての共同作業です!」とアナウンスを入れてくれた。
「勘違いしないで。助けに来たわけじゃないわ。一応、あんたとは組んでいるわけだし、ほかのメンバーを倒してくれたほうが楽だからよ」
ウェディングドレスを着付けられながら、東山は言う。
「隣にいる、その女とかね」
そして、少し鋭い目でそんなことを口にした。
「情報交換していただけなんだけどなー」
西村はそう言った。
「ひとり増えたくらいで、なんてことはありませんよ」
冬深は言う。試しに東山がレールガンを撃つが、辞書が広がり、電撃は冬深には届かない。
「どうするんだよ、ぜんっぜん効いてねえぞ」
俺はケーキナイフを手に持って東山に近づきつつ言う。
「あの辞書、文字通り鉄壁ね。どうにかしないと」
東山にナイフを渡し、一緒にケーキに向かおうとするが、足でげしげしと蹴りを入れられた。
「槍になにか、能力を付与すればいいわ」
俺を蹴りながら言う。
「つっても、どんな能力を使えばいいのか……」
俺は東山の蹴りを顔面に受けながらそう口にした。
あくまでも、物理的な効果しか百の槍には付与できない。あの、鉄壁の辞書を打ち破り、その上、叩いてくる冬深の攻撃を避けつつ、攻撃に転じられる能力。
そんな都合のいい能力は思いつかない。「どうやって」が浮かんでこない。ましてや俺は今、ウェディングドレス姿の女の子に足蹴にされているんだ。ほかになにも考えられない。
「その必要はないよ」
南浜が口にした。彼女は、胸元のペンダントを、ぎゅっと握りしめていた。
「……まさかあなた、使うつもり、『狂獣変化』を」
東山が鋭い視線で口にする。
「彼から情報ももらったからねん」
西村は口にし、小さく笑う。
「ま、見ててよ。ボクの能力を。そして、……その能力には絶対にかなわないって言うその事実を、目に焼き付けてよ」
彼女はそう言い、ぐっと強く、ペンダントを握りしめた。
「行くよ……『狂獣変化』!」
そして、叫ぶ。ペンダントを引きちぎると、真っ赤な光がそこから溢れだした。
西村の体が光に包まれる。真っ赤に染まっていく中で、彼女はにやりと、笑みを浮かべた。
絶対的な自信。
絶対に負けないという確信。
その表情から読みとれるすべてのことが、彼女の能力を高く昇華している……そんなふうにも、思えた。
「これが、『狂獣変化』!?」
冬深も光から逃れるように手を顔もとにやって口にした。
光が西村の体を包み、真っ赤な光が収まったと思うと……そこに、いた。
「うにゃ~」
小さな子猫が。
「な~」
おすわりの姿勢で座り込んで、小さな口を開けて声を上げている。
「こ、これは!?」
俺は驚きのあまりにそう口にした。
「これが、『狂獣変化』よ」
東山も言う。
「『狂獣変化』……つまり、『狂おしいほど愛らしい獣に変化する能力』。これが彼女の持つペンダントの力よ」
東山はそう言った。
「ふ、予想と違ってはいましたが、たとえ、最強の能力を使ったところで!」
冬深は叫び、駆けた。辞書を掲げ、子猫に迫る。
「な~」
「使ったところで……」
「うな~」
「く……」
「みや~」
「だ、ダメだ、手が出せない!」
冬深はその場にひざまづく。
「なんて恐ろしい能力だ……」
子猫と化した西村はその場に仰向けになって地面をごろごろしている。あんな姿を見せられたら……なるほど、確かに、手は出せない。
俺もひざを付く。
なんという力だ。とても、勝てる気がしない。
「く……今日のところはここまでですね」
冬深は大きく跳んだ。空中で彼は浮いた二冊の辞書に足を乗せる。
「覚えていてください。次に会ったときには、必ずあなた方のアイテムを奪い取ります」
そして、そう口にして辞書と一緒に飛んでいった。
「んな~」
しばらく仰向けで西村(子猫)はごろごろしていたが、やがて、赤い光が彼女を包み込み、
「どうかな。ボクの能力は」
元の姿に戻った。
そのとき俺はまだひざを付いたままだったので、それを見下ろし、西村は少し満足そうに笑みを浮かべる。
「ああ……恐ろしい力だ」
「でしょでしょ。ふふふ。言っておくけど、ボク、負ける気はしないからね」
西村は胸を張って言う。
「何度見ても、勝てる気がしないわ……」
東山も言う。俺も同じ気持ちだ。
「ボクだって、負ける気はしないよ」
西村は得意げにそう言う。が、すぐに表情を変え、
「でも、ボクの『狂獣変化』には大きなデメリットがある。おかげで、冬深くんも逃がしたみたいだね」
そのように言葉を紡いだ。
「だいたい予想は付くわ。変化しているときの記憶がないのね」
「そういうこと」
東山の指摘に、西村は隠さずに即答した。
「変化しているときの記憶が一切ないっていうことは、相手のアイテムを狂獣状態で奪い取ることもできないし、狂獣状態で相手がしたことを知識として生かすこともできない。大きなデメリットなんだよねん」
なるほど通りで。
彼女の中では凶悪な獣が暴れ回っているようなイメージがあるような気がする。現実には、それよりも恐ろしい状況なのだが。
「だからこそ、だよ。りくちゃんはやっかいなの」
ここでなぜか北川の名前が出てきた。
「北川と戦ったんだな。どうなった?」
俺は尋ねる。あの、車いすの少女に対し、どのような戦いになったのか……
「気が付いたら膝に頭を乗せて眠ってたんだ」
その光景は容易に想像が付いた。
「きっと、獣をも操る能力を相手が持っているに違いない。不利だと悟ったボクは、協力を申し出たんだ」
なるほど、話に合点はいった。
つまり東山と俺の状況と同じということだ。ただ一点、獣を操る能力云々はおそらく持ってないだろうが。
「北川の魔法のアイテムは、なんなんだ?」
俺は尋ねる。
「それはさすがにルール違反だよん」
西村は人差し指を口元にやってそう答えた。
「東山さんもいるしねん。ま、今日はこのくらいで解散しよっか」
指を絡ませ、手をぐっと上に挙げて言う。
「次に会うときは、戦う?」
手を上にのばしたまま、鋭い視線で彼女は聞いた。その視線に、ぞくりと背筋が反応した。
「状況によりけり、だな」
が、俺は冷静にそのように返す。西村は「あはは」と小さく笑って、
「そりゃそうだよね。ふふ。じゃあ、次の機会をお楽しみに、だね」
そのように笑う。
不敵な笑みと、そして無邪気な笑みを使い分ける。どちらが本当の彼女なのか……よく、わからなかった。
「デート、楽しかったよん。またしよーね」
去り際、そんなことを言って彼女は去った。
「……デート?」
「はははなにを言ってるんだろうな」
東山がにらみつけてくる。俺は笑ってごまかした。
「ま、いいわ。それよりも、りくって言ってたわね。やっぱり、あの子も魔法使いだってこと?」
東山は少し身を乗り出して聞いてきた。
「ああ……てか、その前に場所を変えよう。あれだけ騒いだんだ」
俺は周りを見回して口にした。
「大丈夫よ。手は打ってあるから」
東山は言う。
その、手は打ってあるというのが彼女が持っている『ヒーローショー』と書かれたプラカードのことならかなり心配だ。
「でも、ここにいつまでもいるわけにもいかないわね。移動しましょうか」
彼女は言って、歩き出す。俺もうなずき、彼女のあとに続いた。
歩きながら、現れた全身タイツの男たちにプラカードを渡す。両手が自由になった彼女は男たちとひとりひとりハイタッチを交わした。しばらく歩いて振り返ると、全身タイツの連中は警察から職務質問を受けていた。
それからしばらく、言葉少なに歩く。辺りはもうすっかり日が暮れていて、オレンジ色の空も、闇夜に飲まれつつある時間帯だった。
川沿いの道を歩き、野良犬に追いかけられる。
住宅街を歩き、露出狂に絡まれる。
そんな、静かな帰路の中でも、ずっと、東山は無言だった。
「改めて聞くけど、」
露出狂に「すごく小さい」と感想を言い泣かせてから、東山はこちらを向く。
「北川りく。魔法使いなのね」
彼女はそう聞く。俺は静かにうなずいた。
「あなたの予感とやらが当たったわけね」
そう言う彼女は少しだけ膨れているようにも見える。
まあ、彼女はまさかそんなことないだろう、みたいな口調で言っていたから、仕方ないか。
「ただ、なんのアイテムを使っているかまではわからなかった」
俺は足にかじり付いている野良犬を引きはがしながら言う。
「向こうから自分は魔法使いだって言ってきたんだから、不意討ちはしないってことよ。次に会うときにでも、明らかになるんじゃないかしら」
東山はしゃがみ込んで泣いている露出狂を足蹴にしながら言う。露出狂は泣きながら笑っていた。
「つまり、あたしたちは『狂獣変化』との戦い方を模索しつつ、あの鉄壁の辞書を打ち破って、車いすの女の子と戦うわけね。充実してるじゃない」
充実しきった顔の露出狂がスキップしながら去ってから東山は言う。
「といってもな……誰を相手にするにも、決め手に欠けるんだよなあ」
見ると野良犬はオスだったので、そこにメスがいるぞと東山を指し示しながらそう言ってやった。たちまち野良犬はしっぽを振って東山に駆け寄る。
「確かにそうね。どんな能力を付与すれば勝てるのかということは、考えないといけない」
俺の周りを走り回りながら彼女は言う。
「レールガンも、辞書には効かなかったか」
俺は確認のためにそう口にした。
冬深。あいつの辞書は、レールガンを抑えていた。俺の槍に付与した能力と似たような力が、あの辞書には備わっている。
「ええ……ただ、あれはあくまでも防御行為だと思う」
彼女は仰向けに倒れ込んだ状態で言う。犬が彼女に馬乗りになってきていた。助けずに、スマホで写真を撮ることにする。
「どういうことだ?」
俺がそう訪ねると、
「『防御する』と意識しての防御ってこと。つまり、防御の隙間を狙えば、レールガンで戦えなくもないってことよ」
顔をべろんべろんと舐められながら言う。
「あなたの『防ぐ』能力、あれは無意識でしょう? 要は、『勝手に防御してくれる』っていう能力。向こうのは射線に合わせての意図した防御。根本的なシステムが違う」
なるほど。
確かに、俺の能力は彼女のレールガンを勝手に防いでくれた。対して向こうは、頑丈とはいえ盾を使って防御しているということか。
「だったら、正面から戦えなくもないか」
「そういうことよ。幸いなことに、向こうの攻撃手段も近接向きだからね」
ついに東山がキレて犬を思い切り蹴りとばした。レールガンを構える。
「問題はなさそうだな。『狂獣』のほうは?」
俺は手で彼女を制して口にする。野良犬は逃げ出していた。
「狂獣の状態で、撃てるとでも思う?」
彼女は言った。なるほど確かに。俺なら撃てない。
「とにかく倒せる相手を倒すのが優先。あとの相手は、あとから考えるわ」
肩で息をしながら言う。彼女の顔はよだれでベトベトだ。俺はハンカチを貸してやった。
「なら聞くが。お前、俺と協力していて、いいのか?」
俺は思いきってそんなことを聞いてみた。
「……あたしとの協力が不可解だって?」
「そうは言っていない」
朝にハンカチでいたずらしたからか警戒している。今度は大丈夫、と俺はハンカチを押しつける。
「意図が知りたいっていうだけだよ」
彼女は顔をハンカチで拭ってこちらを見る。
「……あなたの武器には、利用価値がある。それが理由よ」
ハンカチにはケチャップがついていた。とても夜に正視できないビジュアルに彼女の顔が変化する。
「その気になれば、あたしはいつだってあなたを倒せる。厄介なレールガンを抑える能力さえ、なんとかすればね」
彼女は俺を押し倒し、レールガンを俺の口につっこんでそう言う。俺は両手を挙げて降参の意を示した。
「でも、あなたの武器は特別だからね。その気になれば、誰にも負けないほどの力があるのよ」
息を吐いて言う。俺は立ち上がった。
「だから、利用させてもらっているの。あなたの能力をね」
そう言う彼女の目は、どこか別の場所を見ているようにも見えた。彼女の目的が、見えない。
「……東山の願いは、なんなんだ」
俺は訪ねる。
「つまらない話よ」
東山は歩きながら話す。俺も、彼女のあとを追った。
「あたしの家は、代々魔法使いの家系なの」
東山が話し始めたのは、ちょっとした昔話だった。
「でも、没落貴族みたいなものよ。だんだんと能力が落ちていって、そのうち、魔法使いの能力が、途切れてしまうんじゃないかって言われてるの」
どこか遠くを見ながら、彼女は歩く。
「そんなときに、あたしが生まれた。あたしは、魔法の能力――正確には、魔法のアイテムとの相性がとてもいいっていう、生まれながらの能力を持っていた」
遠くを見ていたからか、歩いていると電信柱にぶつかった。
「だから、魔法のアイテムを巡る争いが起きている地域へ、あたしは派遣されたってわけ。この戦いに勝ってあたしがマジシャン・オブ・マジシャンになれば、一族の没落は防げる。そうやって、あたしは一族の責任を、一手に背負わされたのよ」
しゃがんでおでこを押さえながら、東山は言う。
「だから、負けられない。そうでないと、お父様やお母様に顔向けができないわ」
しゃがんだ状態で俺をにらみつけるように言う。ただし彼女は半泣きだ。ちょっときゅんとした。
「みんな、それぞれ理由があるんだな」
俺はそう言って手を伸ばした。
北川の言ったことは本当かどうか怪しいが、南浜には明確な理由があった。おそらく、西村、そして、冬深にもあるのだろう。
俺は、なぜこの戦いに巻き込まれたのかもわからない。
願いのことも、なにも決まっていない。
せいぜい、言うことを聞いてくれないメイドちゃんを素直にさせたいと思うくらいだ。
それぞれに深い理由があるというのに、俺はどうして、この戦いに参加しているのか。
「難しいこと、考えてるわね」
東山は俺の手を引いて口にする。
「そう見えるか?」
「まあね」
途中で彼女の体を支えきれず、俺の体は倒れた。今度は後頭部をぶつけ、東山はまた半泣きになった。
「でも、考えるべきはあの人たちをどう倒すかが優先よ。難しいことは、そのときが近くなれば考えればいい」
俺も頭をぶつけた。その上に東山にすねを蹴られた。
まさに踏んだり蹴ったりだ。うまいこと言った。
「……とにかく、目先の相手を倒す方法を考えましょう」
そのまま歩き、気がつけば俺の家の近くに来ていた。東山は普通に玄関に立っている。入る気だろうか。
「さっきも言ったとおり、防御能力は高いけど、それが絶対的ではないわ」
彼女は言う。
「となると……挟み撃ちにでもすればいいか」
俺は玄関で靴を脱ぎながらそう答えた。
玄関で待っていたメイド隊と手を合わせながら家の中へ。……ん? ひとり多くないか?
「あなたが戦っているあいだに、あたしが撃つ。それなら、なんとかなるかもね」
俺の真似をしてメイドと手を叩きあいながら家の中へ入ってくる。
「……そんな簡単にいくかな」
居間でソファーに座り込んで言う。たちまちメイド隊が俺の横に座り、マッサージを始めてくれた。
「どうしたのよ」
同じくマッサージされている東山はそう言った。いろいろと弱いところがあるらしく、「きゃう」とか「そこはらめぇ」とか聞こえてくる。
「……もし、冬深がわざと能力を見せつけているとしたら、どうだろう?」
しばらくメイド隊にいじくり回されて息も絶え絶えな東山はメイドをおっぱらってこちらを見た。
「つまり、能力をある程度予想させて、本当はもっと強力な能力を持っているってことね。あり得るわ」
東山ははだけた服を直しながら言う。そして、ちょうど、目が合った。
「……なるほどね。西村はあたしのことを、そういう目で見ている、と」
東山は言った。
「……わかるか」
「わかるわよ。顔に書いてあるわ」
試しに鏡を見てみた。本当だ。おでこの辺りに「東山は能力を隠しているby西村」と書いてある。
「そういうのを予想するのは当然だしね」
東山は息を吐く。
「そうよ。あたしはまだ……本気を出していないわ」
ソファーに寝そべってせんべいをかじりながら東山は言う。
「レールガンにはほかにも能力がある。その能力を使えば、あなただって完封できるほどの力よ」
にらみつけるようにこちらを見て言う。俺はいつも以上にメイドに体中をいじられてそれどころではなかったが。
「あたしはまだ、その能力を誰にも見せてない。対策される可能性もあるからね。特に、あなたには」
それはそうか。確かに、能力を知っているかいないかで戦い方は大きく変わる。
俺の場合は能力の付与はいつだってできるのだが、やはり、能力を知っているか否かで大きく意味合いは違ってくるのは当然だからだ。
「だからこそ、よ。できるだけ、その能力を使わないで数を減らしたいの」
そのために、俺を利用していると。
ただ、正面からそう言われようが、決して悪い気分にはならなかった。利用されているとはいえ、彼女は俺の能力を――槍の力を高く買っている。
逆に言えば、俺自身を信用しているということにもなるのだ。その正面から言われて、心持ちが悪くなるはずがない。
だから――厄介な敵を全部倒してから、遠慮なく、彼女と正面からぶつかり合おうとも思える。そのときは、互いに本当の本気でぶつかり合える。そんな気がした。
「懸念はあるけどね。あたしたちはまだ、最後のひとりを知らないんだから」
東山は息を吐いて言った。
そういえばそうだった。最後の魔法使いか。
最後の最後に出てくる相手というのは大抵がラスボスクラスなのだが……どうなのだろうか。
「ま、とにかく今は辞書ね」
彼女のほうから話を変える。まあ確かに。まだ現れていない人間のことを考えても仕方ない。
「アイテムは辞書そのものだけど、彼の周りに浮いている辞書すべてがアイテムだとは思えないわ。一冊が本物で、ほかは魔法の力によって動かしているだけよ」
あごに手をやって言う。
「攻撃に使うのが本物じゃないのか?」
俺はメイドを引きはがしながら言う。なんだかいつもよりもメイドの接触が激しいぞ。
「そうとも限らないわ。そんなわかりやすい利用方法はしないだろうし」
まあそうか、とうなずいておく。
「どうにかして、本物をあぶり出すか、偽物を一気に処理できる方法があればいいんだけど……」
東山は言う。
辞書、か。すなわち本のようなものだ。
本か。すなわち、紙だ。
紙と言えば、燃える。
そこで俺は、ひとつのことを思い出した。
「なあ東山、奪った魔法のアイテムって、使えるのか?」
聞いてみる。東山は一瞬だけきょとんとしてから、
「なるほど……メガネね」
俺の考えがわかったのか、うなずく。
「残念だけど、魔法のアイテムはひとりひとつしか使えないの。戦いに勝って奪ったところで、使うことはできない」
東山は口にした。そうか使えないのか。
「ただ、奪われようが、また奪い返せば使えるというポイントもある。つまり、委員長に頼んで、もう一度戦ってもらうというのは手ね」
そう言って、ちらりと俺の横を見た。
「話は聞かせてもらったわ」
俺の横にいるメイドが声を上げる。なにかと思って横に向くと、隣にいたメイドがばさりとメイド服を投げ捨てた。
「呼ばれて飛び出て、南浜ちゃん、登場よ!」
そして、メガネを押さえてそう叫ぶ。
ていうか、委員長いたのか。どうりで。ウチのメイドにメガネの子なんていなかったし、ずいぶんと接触が過度だなと思ったら。
「やっぱり。見覚えがあると思ったら、地味な委員長じゃない」
「地味って言わないで! 今の私は地味なんかじゃないわよ!」
南浜はそう言い返した。ま、メガネが変わって多少マシにはなったが……やっぱりどことなく地味なんだけどなあ。
「話はすべて聞いていたわ。私が必要だと改めて言ってくれるのは嬉しいんだけど」
俺の胸元をなぞりながら言う。
「結論から言う。無理よ。あの辞書に、私のビームは届かなかった」
南浜は言葉を続けた。
「あいつと戦ったのか?」
俺は聞く。南浜はこくりとうなずいて、近くに置いてあった制服に着替える。メイド服を脱ぎ捨てたせいで彼女はほぼ裸だ。
「ちょっと前にね。ビームも辞書に完全に防がれたわ。察しの通り、熱量による副次的な攻撃もあったはずだけど、それも一切、効果なし」
南浜は着替え終え、俺の隣に座って言う。すごく近い。
「おそらく、魔法用のバリアのようなものよ。ただ、それがどの程度の効果があるのかはわからない」
そのまま俺の体に寄りかかって言う。
「……魔法用のバリア、ね」
少しのあいだジト目で俺のことを見ていた東山も、そのキーワードが引っかかったようだ。
「つまり……西村の狂獣化の解除や、百の槍の能力を消す可能性もあるわけね」
こちらをみて言う。
「そこまではないだろう。さっき、西村と戦ったときになにも使わなかった」
俺は南浜を引きはがそうとしながら言う。
「そうだけど……百の槍の能力が防がれる可能性がある以上、手が出しにくいわね」
東山は口にした。
「戦意を失わせるというのも手よ」
南浜が俺のおなかに手を回して言う。
「南浜みたいにか。なるほどな」
俺もそこで考える。
奴が口にしていたのは「辞書」と「知識」だったっけか。辞書の内容をかなり把握しているはずだから、知識量には自信があるはずだろう。
だとしたら、そこの部分の知識を失わせればいいが……と、そこまで考えて俺はちょっと、あることを思い出していた。
「待てよ、辞書だって?」
そのキーワードに、聞き覚えがある。
俺にとってそれは、昔懐かしいキーワードだったのだ。
「……手はあるぞ」
俺の言葉に、東山は疑いの表情をこちらへと向けた。俺はそんな彼女に、自信に満ちた表情を向ける。
「手はある」
俺はもう一度、同じ言葉を繰り返した。




