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「さて、と」
隣のビルからビリビリとしびれる体を引きずって戻ってくると、東山はボストンバックから着替えを取り出して着替えていた。なるほどそのために持ってきたのか、あのバック。
「……すべてのアイテムが、集まったわね」
着替え終えた彼女が振り返る。
「そうだな」
俺は頷いた。
俺が持っているのは槍、メガネ、そして辞書。車いすは北川のもとにあるが、彼女は時が来れば、渡してくれると言ってくれた。
そして、東山には狂獣のペンダント、邪刀、そして、レールガン。
七つのアイテムが、そろった。
「と、いうことは……わかっているわね」
東山が振り返る。
「ああ」
俺は頷いて、彼女の服を指さした。
ボタンがかけ違いになっていることに気がついて彼女は慌てて俺に背を向ける。
……ついに、このときが来たのか。
彼女のとの、決着をつけるときが。
「レールガンを防ぐ能力は、今のあなたにはない」
ボタンを直し、改めてこちらに向き直る。
彼女の言うことは正しい。レールガンを――正確には、相手の攻撃を防ぐための能力は、登に斬られて消えてしまった。
かといって、俺が不利かというとそうでもない。
今まで一緒に戦ってきて、レールガンの特徴はある程度は掴んでいる。射撃の間隔や、東山の動き方などなど。対して、こちらは新たに能力を付与することのできる百の槍。
俺のほうが、状況だけで言うと有利にも見える。
「……それでも。今まで一緒に戦ってくれたお礼も兼ねて、あたしは、あなたを全力で倒す」
全力、か。
すなわち……彼女のレールガンの隠された能力。彼女の、本気。
俺はその力を、その能力を目の当たりにするわけだ。
体が震える。痺れが止まらない。
彼女の言う本気がどういうものなのか、どれほどのものなのか。
「決着をつけましょう」
俺は槍を構えた。
右足を引いて、槍をまっすぐ彼女へと向ける。
東山は俺をまっすぐに見据え、両手に青白い光をまとわせた。
「……行くわよ、レールガン」
改めて解説しよう。
彼女のレールガンは、右手にトリガーを含む本体が現れ、左手に射出口が出て来るという形だ。
それを組み合わせ、大型の電磁銃が登場する。
……が、今の彼女は、それを組み合わせようとしなかった。
青白い光が、レールガンを形作るかと思ったが……それは彼女の手のひらを、包み込むように大きくなる。
「これが、このアイテムの真の力!」
その光が彼女の体に絡みついてゆく。
右手から放たれた光は彼女の胴体と首周りに覆い被さり、左の光は彼女の左手をぐるぐる巻きに包み込む。
「レールガン……合体!」
そして、光が弾けた。
彼女の胴体と首周りを包み込む、まるで鎧のような部品。
二本の板がまっすぐに伸びた射出口は、彼女の左手にほぼそのままの形で残っている。
……これが、レールガンの最後の能力。
レールガンと、そして、その能力者との……合体。
「かっ……」
かっこいいっ!!
なにそれ合体!? むちゃくちゃかっこいい! 羨ましい!
合体と変形は男のロマンだよ!? なんでこの人、男のロマンを素でやっちゃってるわけ!?
「これが……レールガンの最終形態よ!」
銀色のボディを輝かせて、東山は叫んだ。
直後、元々は排熱のために開いていた、今は肩胛骨のあたりを覆っているパーツが開く。
フラップのように開いたそのパーツから強く風が吹いて、東山の体はわずかに浮かび上がった。
すげえ飛んだよ! この人浮いてるよ! と、俺は目を輝かせっぱなしだ。
「さあ、決着をつけましょう!」
そして、東山は叫ぶ。叫び、左手をまっすぐと俺に向けた。彼女の左手から伸びるように装着されているレールガンの発射口が電気を帯びる。
俺が反射的に横に飛ぶと、俺が先ほどまで立っていた場所に、通常のレールガン形態とが比べ物にならないほどの強い電流が走った。
電流が空気を揺らす。揺らした空気が、風を作る。
かなり大きく飛んだはずなのに、俺の倒れこんだ場所にも強い風が走った。
なんていうすさまじい威力だ。
続けて放たれる、数発の電撃を、俺は走りながら避ける。
電撃が通るたびに強い風が吹いて、その風に体を押されて俺の体は揺らぐ。
周囲に電撃を張り巡らされると、周囲を覆う風が竜巻のように吹き荒れ、俺の体がまるで浮き上がっているような錯覚に陥った。
風が、やむ。よろけた体をなんとか支え、槍を構えて東山のほうに向くが、
「……どこだっ!?」
彼女はいない。
ちょっと目を離した隙に、どこかへ消えてしまったのか。
右を見回し、左を見回す。
あの電撃は、一撃食らうだけでも相当な衝撃だろう。槍の防ぐ能力はないので、おそらく、俺のほうは一撃食らうだけで終了だ。
だとしたら、せめて相手がどこにいるかだけでも把握しておかないといけないのだが……
「はっ!?」
一瞬だけ、気配を感じた。そちらを見ることなく前へと転がると、強い風と電撃が近くに通ったのを感じた。
起き上がり、気配のほうへと向く。
笑みを浮かべた東山が、空を飛んでいた。空を飛び、いつの間にかビルの反対側へと移動していたのか。
東山の体が浮き上がり、再び見えなくなる。
息を飲み、次の気配を伺う。
今度は俺の正面付近に現れた東山の電撃を柱に飛び込んで避ける。
移動スピードもかなりのものだ。空を飛んでいるはずなのに、相当な速度で移動している。
柱から顔を出すと、またしても東山は消えていた。
相手の位置をとにかく先に把握したいと思った俺は、登が開けていた屋根の穴に身を滑らせ、壊れた天井に手をかける。
やがて、月明かりが照らすビルの屋上エリアに顔を出した。
「こっちの位置を知って、先手を打とうとしたみたいだけど、」
が、もちろんそれは東山に読まれている。俺が天井に顔を出した直後、東山が浮かんできた。
「こっちは見通しがいいほうが有利なのよ!」
そして、電撃。
俺は走って電撃を避け、店内入り口と書かれた場所に体を滑り込ませて難を逃れる。
見ると、地面には電撃の走った跡がくっきりと残っていた。
すさまじい威力。空を飛んでいるという有利な状態。そしてなにより、レールガンと合体しているおいしい状況。
なにもかもが、こちらには不利だ。
「隠れても無駄よ!」
そして、浮いていることで向こうはかなり自由に動くことができる。隠れていても、向こうはすぐさまこちらの位置を見える位置まで移動ができる。
対して、こちらは多少長くても武器は単なる槍だ。決め手を欠くどころか、攻撃の手段ですら、見受けられずにいた。
「……あなたは、選ばれたのよ」
攻撃の合間、屋上の地面からわずかに浮かんだままの東山は、突然そんなことを口にした。
「あたしたちみたいに、努力や家系や能力によって、アイテムを手に入れられたんじゃない。あなたは、そのアイテムによって、選ばれたのよ」
急すぎる話に頭がついていかない。
アイテムによって選ばれる。そういえば、西村もそんな話をしていた。
俺も……選ばれた?
百の槍に、このアイテムに選ばれたというのか。
「発想、思考、素質に才能。あなたは、なるべくしてなったの。その、アイテムの持ち主にね」
わずかに柱の隙間から顔を出す。彼女の左手は、まっすぐこちらを向いている。
「あたしは、努力した。最強の魔法使いになるために、多くの努力を重ねた。知識を得て、体を動かして、一生懸命!」
左手から伸びる二枚の板に電撃が集る。
「それを、あなたは類まれな発想能力とアイデアだけで踏み越えていった。あなたに負けたら……あたしの努力が、血の滲むような努力が、全て無駄になる!」
その電撃は球体を形作った。サッカーボールくらいの大きさにまで球体が大きくなる。
「だからこそ……あたしは負けるわけにはいかない。負けない。あなたには、絶対に負けない!」
左手から放たれる電撃。俺は前に飛んで、柱を襲った衝撃と、そして、倒れてきた柱を避ける。
思考と発想。
最初から魔法使いとして育てられた彼女が、どういう教育を受けてきたのか俺は知らない。
でも、俺は思った。
俺が作戦を提示するたびに、俺がコスプレ衣装を見せるたびに彼女が見せていた、彼女の驚きの表情。
彼女は予想外のことが苦手だ。セオリー通りにことを進めている。
それに引き替え、俺は槍の力だけではなく、様々な方法を駆使して戦ってきた。
「俺は……この槍に選ばれたのか」
それを口にしてみると、まるで、本当にそうであるかのように槍が光を発した……気がした。
気がしただけだ。周りは電撃が飛び交っているし、月からの明かりも、反射して俺の瞳に入ってくる。
「もし、そうなら、」
俺が、本当に選ばれたのなら。
俺が、この槍を持つにふさわしい人間であるというのなら。
「この状況をどうにかしてくれ」
走り出す。
たちまち放たれる電撃攻撃。強い力が、強い風が、俺の背を、近くを襲う。
壊れた柱の影から、壊れた壁の隙間へと走り、最後にはジャンプしてその場所に体を埋める。
ビリビリと、電気が周囲を走る。
「俺だってなあ……」
俺だって、努力をしてこなかったわけじゃない。決して、彼女の言うことは正しくない。
『いいかい、大地』
今もはっきり覚えている。
『柔軟な発想をするんだ。誰も思いつかないような、驚くようなアイデアが、きっと、お前を導いてくれる』
親父が俺に教えてくれたことだ。多くの美術館や宝石店、立派な家の前で、親父はいつもそのように俺に教えてくれた。
誰も思いつかないことをする。
それは親父の仕事にとっても重要なものだったらしいし、俺がずっと聞かされ、実践しようと頑張ってきたことだ。
監視カメラの位置やセキリュティシステムを見てうんうんと頷いている親父の横顔を見て、俺は、考えていた。
誰も思いつかないアイデアを。誰もやろうとしないことを。
俺は、頑張ってきたんだ。努力してきたんだ。
ほかの人がしているような努力とは違うかもしれない。でも俺だって……頑張ってきたんだ。
だからこそ否定したい。彼女の言葉を。
だというのに、槍は答えてくれない。
選ばれたのなら、選んでくれたのなら、見せてほしいというのに。
でもダメだ。
たとえ俺が選ばれたものであったとしても、この状況をどうにかするアイデアが浮かんでこない。
どんな力を出せば彼女に勝てるのか。
どんな能力を使えば彼女を止められるのか。
あの羨ましい合体機構を、どのように崩すことができるというのか。
いいなあ……合体いいなあ。
せめて俺にもそういう、合体できるような力があれば……
「……ん?」
体に電気が走ったような感覚。
思いついた。というよりも、思い出した。
この槍は……百の槍は、様々な能力を付与することのできる槍。
「そうか……そうだったのか」
俺は肝心なことに気づいてなかった。
笑いながら、壁の隙間から身を踊らせる。
意外と近くに東山はいた。左手を掲げ、こちらへと向ける。
「……忘れてたよ、東山。この槍は……どんな能力でも使えるってことを」
その東山の無表情な顔に向かって、声をかける。
「そっちがレールガンと合体するって言うのなら、俺も……百の槍と、合体する!」
俺は槍を前につきだして、叫ぶ。
「ま、まさか!?」
東山の表情がわずかに変わった。俺は、笑みを浮かべる。
「そう……その通り!」
さっきまでの表情とは違う。今度は俺が、笑う番だ。
「俺は、百の槍に新たな能力を付与!」
槍から手を離す。
俺の手から放れた槍は、待っていたとでも言うように、光を放つ。
「いくぞ百の槍……合体だ!」
叫び、俺は槍を再び握りしめ、大きく空へと投げた。
そして、俺も飛ぶ。槍の力か、俺の体は重力に反して、大きく空へと浮いた。
「くっ……」
東山がレールガンを撃つが、遅い。俺の足下をかすめるだけだ。
ビルの屋上から、さらに上。
遙かな高みで、俺は、光放つ百の槍に手を伸ばす。
その手のひらが、槍を握った。
俺の体が光に包まれる。
温かな、そして、柔らかな光。
体が溶けていくような感覚と、そして、体中に力がみなぎる感覚。
目を開くと、俺の視界はすっかり変貌していた。
人間の視界とはまた違う。見えている部分はほとんど変わらないのだが、感覚的に、どこになにがあるのかがわかる。
そして、体の感覚も違う。
上半身、そして両手の感覚はない。その部分は、完全に槍と融合しているのだろう。
が、足の感覚はある。自由に動かすことができる。
そうか。足はあるんだな。
つまり、体が槍で、そこから足が生えているようなイメージだ。
「見たか!」
その、変貌した体を東山に向けて、俺は叫んだ。
「これが、俺と百の槍が合体した姿だ!」
体中を、力が満たす。
今、まさに俺は。
百の槍と、一体化していた。
「き、……キモっ!」
東山が俺の姿を見てなにかを叫ぶ。
聞き取れなかったが、相当驚いているに違いない。ほら、なにせ今、草場を歩いていたらヘビに出会ったような顔しているし。
「さあ、これで対等に戦えるな!」
俺は空中から屋上へと落下した。足を動かして、そのまま走り出す。
「ひっ!」
東山が殺虫剤でもまくかのような顔でレールガンを撃つ。
が、俺はそれに合わせて地を蹴る。
体は非常に軽い。足で地面を蹴っただけで、俺の体は大きく跳躍した。
俺の動きに合わせてレールガンが撃たれるが、今の俺には、彼女の動きが非常に遅く感じられた。
足をせかせかと動かし、壁を蹴って、床を蹴って。
放たれる電撃にもそれによって起こされる風にも、体は揺るがない。
なにせ、俺の上半身は完全に槍と一体化している。つまり、上半身はかなり細い。
直撃を食らわない限りは電撃攻撃は効果がない。強い風も、ほぼ無視できる。
唯一、俺の体の一部として残っている足は自由に動かせる上、上半身の重量がほとんどないため、俺は文字通り、「地を蹴り、宙を舞い」という動きができる。
そして、いざこのように動いてみると、東山のレールガン最終形態の動きも見えるというものだ。
「ちょ、こっち来ないで!」
レールガンの発射までの速度もさして変わらないし、なにより空中浮遊も初動がそれほど早くない。
「相手の攻撃が当たらない位置まで移動できる」という最大の長所も、近づいてみればどうということはない。初動も遅く、移動に関しても、大雑把な動きしかできない印象だ。
だからこそ、俺は壁を蹴っては方向を変え、何度も何度も、槍での攻撃を仕掛ける。
「くっ……」
避けようとするが避けきれず、逆に東山の攻撃は避けられる。
その状況をどうにかしようとしても、どうにもならない。東山の顔には、先ほどの余裕の表情とは違う、焦りの色が浮かんでいた。
「ならっ!」
東山は大きくフラップから火を噴かし、大きく上昇する。高い場所なら、届かないと踏んだのだろうか。
「残念だったな」
俺は呟く。ちなみに俺の上半身は完全に槍と同化してしまっているため、どこから声がでているのかはわからない。
「どんなに離れたって……今の俺には届く!」
ちなみに根拠はない。言ってみただけだ。
でも、その言葉はたとえはったりであっても、俺の心に強い自信を持たせてくれる。
少し身構え、強く地面を蹴る。
それだけで、今の俺なら、届く。そう思えた。
「まっすぐ向かってくるなら!」
が、それは向こうだって読んでいたこと。高い場所に壁はない。動きは直線的になる。だったら、そこは向こうにとって、攻撃ができる最大のチャンスになる。
空中を浮遊しながら、体を地面と平行にし、真下……すなわち俺に向かって、左手を向ける。左手の前に突き出たレールガンが、電気を帯びた丸い球体をチャージし始める。
「負けない!」
でも俺は負けない。今の俺には絶対的な自信がある。負けない。そう口にすると、本当に、負ける気がしない。
両手を自由にするような感覚。槍から、俺の二本の腕がにゅっと生えてきたのがわかった。たちまち東山は変な顔をするが、それも一瞬だ。左手の先に、意識を集中させているのだろう。
「負けない!」
垂直に移動している俺は、確実に彼女に狙われている。だったら、真正面から攻撃を受け止めるほかない。
負けられない。俺は大きく息を吸うと、こんなこともあろうかと用意しておいたゴム手袋を取りだして、それを両手にはめた。
「負けない!」
そして、両手を前へ。同時に、東山の手から、巨大な電撃を帯びた弾が、俺に向けて発射された。
「負けないっ!」
それを、俺は両手を前に出してガードする。
ゴム手袋によって電撃は通らない。
俺は両手で電撃を受け止め、その球体を両手に抱える。
東山が、驚愕の表情を浮かべた。
「負けないっ!!」
それを、俺はバスケのダンクシュートでもするかのように右手だけで持ち、そして、東山に向けてまっすぐに伸ばす。
東山も、続けて電撃をチャージする。
だが遅い。先ほど撃った、フルチャージの攻撃ほどの威力はない。
「あたしだって……負けない!」
それでも、彼女はそのように叫んで、まだチャージも満たない電撃を放つ。
それに向けて俺は、受けとめた電撃を、ぶつけた。
「うああああぁぁぁぁぁっっっ!」
「はああああぁぁぁぁぁっっっ!」
ふたつの電撃が、空中でぶつかり合う。
化学反応でも起こしたのか、火花が激しく、稲妻のように辺りに舞う。
「東山!」
「大地!」
俺が伸ばした右手と、そして、彼女が伸ばした左手と。
俺は右手の後ろに左手を添え、彼女は伸ばした左手を左手で支え。
ふたりのちょうどあいだで激しくぶつかり、風を巻き上げ、空気を歪ませていたふたつの固まりが、
爆発した。
「っ、ああっ!」
爆発の衝撃で、東山が弾き飛ばされる。槍と一体化していて全身が細身になっていた俺は、それほど大きな衝撃は受けなかった。
弾き飛ばされた東山から青い光が弾ける。合体が解け、彼女の体はそのまま、空中へと投げ飛ばされていた。
「危ない!」
俺は叫ぶ。爆風と重力から先に着地した俺は、再び地面を蹴って彼女の元へ。
「ひっ……」
近づいてみると東山が明らかに嫌な顔をしたが……まあ、気にしない。一大事だし。
両手を伸ばし、空中で彼女の体を支える。
その状態で、俺の合体も解けた。彼女を抱っこしたまま、俺は普段の姿に戻る。
あからさまに安心したように東山が息を吐いた。なんなんだ。
「……あたしの、負けね」
空中を舞いながら、彼女は呟くように言う。
「あたしの合体が強制解除されて、レールガンも消えたわ。……あたしの負けよ」
俺から目を反らして、少しだけ頬を膨らませて言う。
「悔しいわね……あんな、あんな気持ち悪いものに負けるなんて」
次の言葉は風が強くて聞き取れなかった。でもなんか褒められた気がする。ちょっとだけ嬉しくて、ついにやけてしまう。
「さっきの話だけどさ、」
俺は口を開く。
「努力が無駄になるとか、俺がなんの努力もしないで魔法使いになったとか、そういうのは違う」
その言葉に、東山は俺の顔を見た。
「お前はすごく強い魔法使いだ。一生懸命努力して、たくさんの知識を持って。それはちゃんとわかってる。誰も評価しなくたって、俺は素直に賞賛する」
「………………」
少しだけ彼女の表情が曇る。
「俺は確かに……この槍に選ばれたかもしれない。でも、俺だって、なんの努力もしなかったわけじゃない。いろいろなところで、いろいろ努力して、今まで生きてきたんだ。なんかさ、なんの努力もしないで成り上がった、みたいな言い方は、ちょっと不本意かな」
親父が口にした柔軟な発想のために、俺がどんなふうに頑張ったのか。
「どんより」という言葉を使って文章を作れという問題で、「西郷どんよりの考えでごわす!」と書いて丸をもらったエピソードとか。
かなりの人数のメイド隊と一緒に暮らし、しかも、衣装を着て欲しいときに着てもらえるよう、俺がどのような努力を重ねたのか。
多分、そういう話を伝えたら何日もかかってしまう。
人はそういう物だと思う。
見えないところで必死に努力し、日々を楽しく過ごすために頑張る。
努力を怠るとたちまちそれは自分に跳ね返ってくる。努力していない奴にはそれ相応のものしかもらえない。
だからこそ……真に努力をする人間だけが、笑って、楽しい、そんな日常を過ごせるんじゃないか。
そんなことを、俺は考えた。
「そういうところよ」
そんなことを口にしてみると、東山がむすっとした顔で口にした。
「そういうところが、選ばれたのよ。他人を否定しないとこ。認めて、賞賛して、その上で、努力を重ねてくる。……本当に、嫌いなタイプ」
小さく笑って、東山はそう言った。俺も、ついつい微笑んでしまう。
「これで……七つのアイテムがそろったわけだ」
俺は東山のほっぺをつんつんとつつきながら言った。
「そうね。これで、学校の開かずの扉も開く。その奥に……願いを叶えるための、なにかがあるのね」
俺の人差し指を逆方向にねじ曲げて東山は言った。
「……願いごと、決まった?」
赤くなった指に息を吹きかけていると、東山がそう尋ねてきた。
「願いごと、か」
正直、戦っているあいだはいかに戦うか、どう戦うかで手一杯だったので、願いごとやマジシャンなんちゃらについて、具体的に考える時間はほとんどなかった。
でもなにか……俺の胸の中に、なにか、ひとつの思いがあった。
それは、自分本位なちょっとした願い。ささやかな願い。
なんでも叶うと言うくらいならもっとほかにあるだろうと、きっと、いろいろな人から言われるような気がする。
でも、それ以上に、俺がこの数週間で感じた、思いがあった。
「さあな、わかんねえや」
でも、東山にはそう言っておく。
それは、ちょっとだけ、口にするのが恥ずかしいことだったから。
「とりあえず、その開かずの扉って奴をさ……開けてみようぜ」
俺は間接を無理やり戻した手を東山に向けた。
「一緒に、来てくれ」
そして、言う。
東山は最初は驚きの表情を浮かべ、また少しだけ頬を膨らませて、あっちを向いたりこっちを向いたりして。
それでも最後には小さく笑みを浮かべ……俺の手を、取った。
俺も笑みを返す。そこで、気づいた。
眼前に広がる世界。
大きく空を舞った俺たちは、この街の、すべての夜景を見下ろせる場所にいた。
光るネオンと街灯と、たくさんの看板と。
そのすべてが見渡せる場所に、今、俺たちは浮かんでいたのだ。
「綺麗……」
東山が呟く。俺も同じことを思ったため、彼女に向けて笑みを浮かべておく。東山も、笑い返してくれた。
だんだん、落下スピードが速まってゆく。
広がる眼下の美しい風景も、少しずつ変わってゆく。
そこで俺は、とりあえず東山を受け止めたはいいが、どうやって降りればいいかを考えてなかったことを思い出した。
東山がこちらを見る。俺は彼女に向けて、「てへぺろ♪」と舌を出して見せた。
彼女の笑みが、ひきつった形に変わった。
そのまま俺たちは、ものすごいスピードで地面に落下した。
こうして、最後の戦いは幕を下ろした。
体中が痛む。それでも、立ち上がる。
これで、扉が開くはずだ。
その事実は……俺の心を、強く高ぶらせていた。




