11
11
「はっ!?」
俺は身を起こした。
気づけば、自分のベッドの上にいた。
今までのことが、すべて夢だったらよかったのに。
そんな、儚い願いも、
「起きたみたいね」
東山の言葉によって、無惨に現実に引き戻される。
「……どうなった?」
近くで腕を組んでいた東山に聞く。
「ええ、まあ、その……いろいろあって。とりあえず、なんとか逃げたわ」
なんで口ごもるんだ。
見回すと、窓の外の景色は暗い。
「どのくらい、俺は寝ていたんだ?」
再び向けられた質問に、
「丸一日寝ていたわ。よほど……その、ショックだったのね」
だからなんで口ごもるんだ。
「丸一日か……」
体を起こす。どこか、体がギシギシと重いような感覚。それでも体に鞭打ち、無理やり起き上がる。
「………………」
部屋から出た俺に、東山が無言で続く。彼女の首元には西村の狂獣ペンダントが下がっていた。まあ確かに、彼女が作ってくれたペットフードが勝利を呼んだ。彼女が持っているのがふさわしいだろう。
「起きたようですね」
居間に入ると、知っている声が響いた。冬深が、エプロン姿でキッチンに立っている。
「冬深……」
「待っていてください。なにか食べた方がいいでしょう。その……ぼ、僕の手料理で申し訳ないのですが」
なんで顔を赤らめるんだ。
というか、エプロン姿というふうに表現はしたのだが、おかしい。エプロン以外になにも身につけてないような気もする。オシリ丸見えなんだけど。
「その格好は……」
「勝手に服を借りるのも、失礼かと思いましてね。これだけお借りしていますよ」
いやそのほうが失礼なんだけど……メイド隊も変な顔しているし。あ、ひとりだけ目をキラキラさせてる。
それと南浜が「ぐぬぬ」と悔しそうだ。……なんで悔しそうだ?
息を吐き、なにも見なかったことにして居間へ。
居間には西村に北川がテレビの前に座っていた。北川は車いすに座っている。嬉しそうな顔をしているかとも思ったが、テレビとキッチンを交互に見つめて、険しい顔をしていた。
「大丈夫なのん?」
西村が俺に気づいて近づいてきた。
「ああ。そっちこそ、平気か?」
「大丈夫だよん」
西村は言う。言うがどことなく顔が赤くて、俺から視線を逸らそうとしているような気がした。
「おにーさんが寝ている間に、大変なことになっているよ」
北川も言う。俺がテレビを見てみると、どうも、速報でニュースをしているようだ。
『犯人は今、商店街を歩いています! たまたま近くを通りかかった女性は、すべて全裸にされています!』
ニュースキャスターの声が響く。
『ああ、近づいた警察官も全裸にされてしまいました! 見てください、たくましい体です!』
ニュースの内容がおかしい。おかしいと思って画面を見ると……そこに映っていたのは、登だ。
「思い出した……」
そうだ。
あらゆるものを斬るという、最強のアイテムを持った最後の魔法使い。それこそが登。
俺たちは、あいつと戦って、そして……
「う、頭が……」
突然の頭痛に俺はしゃがみこんだ。
「無理しない方がいいよ」
言って、西村が体を支えてくれる。それはありがたいのだが、どうして表情は心配そうな表情ではなくどちらかというと苦笑といった感じなのだろう。
なにかあったのだろう。おかげで、俺は一日、眠っていたんだ。
思いだそうとするが……目の前をなにかがぷらぷらしていたような……うぅ、ダメだ、思い出せない。
「被害は広がっていくばかりよ」
東山が言う。
画面を見ると、偶然に登の近くを通った女性が服を斬り刻まれ、悲鳴を上げてしゃがんでいる。その様子を見て、登は大きく笑い声をあげていた。
『あっはっはっは! 世界中の女の裸は、すべて俺のものだ!』
テレビから奴の笑い声が聞こえる。そして……奴はカメラに向かって歩く。
ん? よく見るとカメラの横に立っているのは可愛いと評判の新人アナウンサーじゃないか。まさか。
『俺を止められるものなら、止めてみな!』
登が剣を振るい、新人アナウンサーの悲鳴が響いた。カメラ、横に振れ、カメラ!
俺がそう思っていると、画面には『しばらくお待ちください』のテロップが流れた。
「ちくしょうっ! あいつ!」
ひとりだけ羨ましい思いをしやがって!
「最後の魔法使い……ひどい人だね」
北川も息を吐いて言う。
「早く彼を止めないと。あの武器、どんなものでも斬れるんでしょう? 警察とかじゃあ止められないよ」
西村も口にした。
「しかし……『どんなものでも斬れる』という能力を持つ剣と、どうやって戦えばいいんだ」
俺は呟くように言う。それに対して、返答はない。
「確か、『どんな攻撃も防ぐ』能力が、斬られていたわね」
東山が言う。俺は小さく頷いた。
「そうだったな……」
だんだんと思いだしてきた。
レールガンを完全に抑えていたこの武器の、百の槍の防御の要とも言うべき能力が、斬られた。
試しに能力を発動し、東山に一発だけ撃ってもらう。が、能力は発動しなかった。
「失われた能力を、改めて使うことはできないみたいだな」
俺は黒こげになって口にした。
「じゃあ、能力を使っても斬られるんじゃないの?」
北川が言う。
確かに……その可能性は非常に高い。
こちらがどんな能力を使おうが、相手の武器のルールは「生命体以外はどんなものでも斬れる」というルールだ。
百の槍が生命体ではない以上、どんな能力を使ったって、斬られる。
その上、「抑える」という能力で抑えられなかった。相手の武器のほうが、アイテムとして上位と言うことなら、「どんなものでも斬れる」という理屈を覆すことはできないだろう。
「そうだろうな。だとしたら、斬られる前に倒すしかないのか」
息を吐いて言う。ちょうど、東山と目が合った。彼女も同じ意見なのか、こくりと頷く。
「どちらにせよ、共同戦線を敷くつもりでしょう。どちらかが引きつけ、どちらかが倒す。単純なことではないですか」
冬深が料理を運んできて言う。悔しいが、料理は旨そうだ。
「そううまくいくかなー」
西村が言う。
「うまく行こうか行くまいが、あたしたちは、彼を止めないといけないわ」
東山が、西村に答えるように口にする。
「行きましょう大地。これ以上、被害が広がる前に」
「そうだな」
東山の言うとおりだ。
これ以上登がひとりでいい思いをしているのを黙っているわけには行かない。
今すぐあいつから、あの剣を取り上げなくては。
ニュースの映像が復活した。
あいつは町外れの廃ビルに上がり込んで、籠城しているそうだ。
警察官や特殊部隊が時折、ビルに入ってゆくのだが……例外なく、みんな全裸で帰ってきた。シュールだ。
それと、ニュースキャスターがほとんど男になった。さっきの新人はどこいったんだろう。探してみても、いない。
「ねえ」
東山が俺のほうを向く。
「彼は、脱がすのが好きなの?」
その質問は予想外だった。なんて答えるべきか。
「脱がすこと事態が好きというわけじゃないだろうな。脱がすことによる、反応が好きなんじゃないか?」
俺は予想を立てて口にする。
「……つまり、恥じらう姿が好きというわけ?」
「多分な」
続けての質問には素直に答える。
「……そう」
その答えに対してなにか考えることでもあるのか、彼女は軽くあごに手をやった。
「どうした?」
俺が聞くと、
「……いえ。いざとなれば、なんとかなるかもしれないと思っただけよ」
そう、彼女は口にした。
「なにかアイデアでも?」
「ええ」
少し顔を上げ、俺のほうを見て頷く。
「ただ、その方法が本当に有効かどうかわからないし、なにより、大きなリスクを負うことになる」
彼女は独り言のように言う。
大きなリスク、か。
その方法がなんなのかはわからないが、あまり使わない方がいい手段なのだろう。切り札と言ったところか。
できれば、そんなもの使わずとも、奴に勝利したい……俺は、そう願うのであった。
「行くのですか?」
冬深が話しかけてくる。
「ああ」
俺は頷いて、奴のほうを向く。……が、一瞬で目を逸らした。なんか凝視してたら吐きそうだ。
「なら、せめて食事をしていってください。あなたは丸一日、なにも食べていないのですから」
冬深は言う。
「そうよ。さ、大地くん。私の手料理を召し上がれ」
メイド服姿の南浜もやってきて、テーブルに食事を並べる。北川と西村はテーブルに座り、特定の料理だけを俺の座る席へと移動している。なるほど。これが全部、冬深の料理か。
「僕の料理だけで十分ですよ。でしゃばらないでください、委員長」
「あいにくね。大地くんは将来私の手料理を食べることが確定しているの。あなたに邪魔はさせないわ」
「申し訳ありませんが、僕は生まれたままの姿を初めて親以外に見られてしまいました。彼の元へ婿入りするしか手段はありません」
「なにを言っているの! 嫁入りするのは可愛い可愛いこの私よ!」
「なにが可愛いですか。ついこのあいだまで地味だったくせに」
「じじじ地味って言うなーっ!」
なんか賑やかだが、会話は全て聞こえなかった。
仕方なく俺はウチのメイドが作った料理だけをいくつか口に運んで、それだけですぐに家を出ることにする。冬深と南浜が「ぐぎぎ」と悔しそうな表情を浮かべていた。
「ここね」
東山と並んで歩き、廃ビルの近くにまで俺たちはやってきていた。
ちなみに東山はボストンバックを持っている。あれも、奴へ対抗するなにかなのだろうか。
警察官などの制止を振り切り、ビルへと向かう。「あの子たち全裸になるつもりだぞ」とギャラリーから声が挙がった。
俺は百の槍に能力を付与し、悪意のある携帯電話やデジカメなどを一瞬で槍を伸ばして貫いておいた。ギャラリーがぶーぶー文句を言う中、ドヤ顔で廃ビルに入り込む。
壊れたマネキンが転がり、エスカレーターは動かずに止まったまま。俺たちは、エスカレーターを歩いて登る。
登っている間、気づいたら念のためにと持ってきていた俺のデジカメに穴が開いているのに気がついた。どうしてだ。
「ここの、四階にいるみたいね」
俺が涙を流していると、東山の冷静な声が響く。
四階建ての、四階。すなわち最上階。
あれだけ騒ぎを起こせば、俺たちがくるとわかっていてやったことなのだろう。奴は、俺たちと戦いたがっている。
そして……潰すつもりか。
どうやってあの武器に対処するか、考えても思いつかない。
それでも決して望みは捨てない。百パーセント負けると決まったわけではないし、なにより、東山は不安もなにも口にしていない。俺がここで弱音を吐くわけには行かない。
「来たな。待ちくたびれたぜ」
そして、四階。そこにたどり着いてすぐ、声が響いた。
登は、まるで仮設のステージのような、少し高くなった場所の真ん中に座り、こちらを向いている。
肩に乗せているのは、邪刀。こちらをにらみつける視線は、今まで見たことのないような、冷たい瞳だった。
「登……」
「まーさか、お前が最後のほうまで残るとは思わなかった。その槍の力もあるだろうが……お前、なにか、違うものが流れているみたいだな」
こちらを見て言う。
奴の言うことはよくわからない。が、冬深の時と同じで、戦いはすでに始まっている。
動揺してはいけない。俺は大きく息を吸う。
「そうかもしれないな。でも、それはお前も同じだろう」
俺は秘蔵の本を取りだして口にした。
「なんだと?」
奴が目を細める。その視線は秘蔵の本へと向いていた。
「俺が特別なら、お前だってそうだ。これまで残ってきたし、なにより、その気配ですら感じさせなかった」
本を広げて言う。俺の秘蔵の本はフロム海外の無修正の本だ。奴がふらふらと近づいてくる。
「かもしれないな。なら、その転校生も含め、みんな特別ってことだな」
笑いながら言う。そして、「そんな本、この剣があれば必要ない」と剣を掲げた。俺は舌打ちする。
「とは言っても、転校生ちゃんは、そっちに協力しているんだろう?」
東山に言う。
「ええ。とにかく、まずはあなたを倒すわ」
東山はそう返してボストンバックを置き、レールガンを取り出した。
「二体一か……面倒だな。大地、こっちに来る気はないか?」
剣をひらひらと動かして口にする。
「悪いけど、それはできないな」
だってレールガンが俺のほうに向いたんだもん。
「こっちに来たら……その転校生ちゃんを、この剣で斬る」
俺は必死にレールガンを避けて登の元へ行こうとしたが、最終的に脳天を殴られてその場に正座した。
「そうはさせない。ここで倒れるのは、お前だ」
俺も槍を取り出す。
舌戦は終わった。
あとはただ、戦うだけ。
どちらのアイテムが上か。
どちらの魔法使いとしての能力が上か。
実力を持って、測るだけだ。
「そうだな」
登は笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと、剣を掲げる。
「なら、」
掲げた剣が、邪悪な光を放つ。俺は東山の許可をもらって立ち上がった。
「やろうか!」
その一言で、剣が振るわれた。
たちまち剣は俺たちの立っていた場所に穴を開ける。
「レールガン!」
走りながら、東山はレールガンを数発撃つ。
しかし、それらはすべて剣によって斬り捨てられ、空中で電気が霧散した。
「くっ……」
そのまま東山は地面に飛び込んで前転する。返す刀で迫ってきた刃が、東山の走る軌跡に合わせて地面に穴を開ける。そして、東山が隠れた壁をも、真っ二つに斬り裂いた。
「槍、伸びろ!」
新たな能力を使って槍をまっすぐ伸ばす。登は大きく後ろに跳ねてそれを避けた。
「そこ!」
そこを、壊れた壁の隙間から東山が撃つ。バランスを崩したその状態で、抑えられないだろう……と、思っていたのだが、
「へへ」
登はバランスを崩しつつも、剣から手を離していた。左足で地面を蹴ったため、バランスを取るために右手は後ろに下がっているが、左手は前にある。
左手に剣を持ち変え、改めてそれを振るう。
ギリギリだった。ギリギリのところで、電撃がまた、霧散する。
「くそっ!」
その、またとないチャンスを逃したせいで、俺は声を上げた。
「その程度か!?」
登が剣を振るう。天井が崩れ、柱が倒れ、床に穴が開く。俺と東山はその無差別攻撃を避けて走った。
「くそぅ……」
為すすべがない。ついそう感じてしまう。
遠距離からなら、レールガンは圧倒的に有利なはずだった。それなのに、それすらも効かない。
そして、奴の反射神経はそこそこいいらしく、不意打ちもできない。
だとしたら残された手段は……接近戦か。
「相手のアイテムは、『どんなものでも斬れる』というアイテムよ。つまり、あたしのレールガンは元より、あなたの槍も斬られる可能性がある」
家で話した、あの邪刀についてのレクチャーを思い出す。
「あたしの場合は召還魔術の一種として使えるから、どんなにボロボロになろうと、もう一度取り出せば元に戻るけど、あなたの場合そうはいかないわね」
無理矢理バニーガールの衣装を着せられそうになるのを意地で押さえ込みながら東山は言う。
「百の槍が斬られたら、どうなるんだ?」
俺は両足を押さえて口にした。
「わからないわ……ただ、一般論として、魔法のアイテムというのは壊れたら使えなくなるというのがよくある話よね」
俺の顔面をげしげしと蹴りながら言う。
「ということは……接近戦はリスクが高いな」
黒のストッキングを無理矢理はかせながら俺は言う。
「そういうことね。まずは遠距離からの攻撃でどうにかする方法を考える。それでダメなら……」
メイド隊の総動員でなんとかバニー東山が完成した。最後に西村がウサギカチューシャをつけて完璧な形になる。
「そのリスクを負う覚悟をすることね」
恥ずかしそうに自分の体を抱きしめながら、涙目で東山は口にした。
「っ!」
俺は飛び出した。決して、回想のバニーがドツボだったからではない。
「来たな!」
それを嬉しそうに迎え撃つ登。俺が上から振るった槍を、登は軽く剣で抑える。
剣で斬られたら、まずい。
ならば、斬られないように立ち回ればいいだけだ。
相手の動きをいち早く読む。
相手の攻撃をいち早く察知する。
自由に動く剣先ではあるが、これほど近いと逆に身動きも取りづらいはずだ。だとしたら、単純に腕力と腕力の戦い。
だとしたら、俺に分がないわけではない。
剣と、槍。
ほんの少し間合いを放せば、槍のほうが有利なのだ。相手が剣を振るうのに一歩踏み出さないといけないのに対し、こちらはこの距離から攻撃ができる。
一歩踏み出せば攻撃の合図だし、逆に、踏み出す限り攻撃はこない。
この状況は、俺にとっては不利ではない。
「なるほど、考えたな!」
それに気づいたのか、登も嬉しそうに声を上げる。突き、振り払い、叩きつけ、俺のすべての攻撃を、どうにかして抑えながらだ。
「この距離なら、こっちが有利だ!」
俺は叫ぶ。その言葉は絶対の自信に満ちていた。
だからこそ、油断したのだと思う。
「甘いぜ」
登はそう小さく口にした。俺が放つ、上から叩きつける攻撃を後ろに下がって避けつつだ。
間を離しちゃいけないことはわかっているから、俺はすぐに前へ飛び出る。近づきすぎないよう、離れすぎないよう、ちょうどいい間合いを狙って。
が、そこに、なにかがあった。
相手のとの間合いを見ていたから、足下の小さな段差に気がつかなかった。俺の足が、そこにつまづく。
「しまっ……」
前のめりになる体を起き上がらせる。そのために必要な体重移動は、俺の足を止めてしまった。
距離が、離れる。
不適な笑みを浮かべて剣を降りあげた登の攻撃に対し、俺は反射的に、槍を横にしてしまった。
剣が、振るわれる。
百の槍は攻撃を抑えきることができず……真っ二つに斬り裂かれた。
「あ……」
そんな声が自然と漏れた。
手のひらからこぼれ落ちる槍を拾い上げるまもなく、反射的に動いた体は後ろへと跳ねていた。
半分になった槍の一方は地面へと落ち、もう片方は……
「俺の、」
登の手の中へ。
「勝ちだ」
半分になった槍を手にして登は笑う。
俺の魔法のアイテムが、半分にされた。
完全に、壊されてしまった。
……負けた。
笑い声が響く。
が、それは。
登の笑い声ではない。
俺の、笑い声だ。
「なんで笑っている」
登が訝しげな表情を浮かべて俺を見る。
「ふ……残念だったな登。こうなることは予想していた」
「なんだとっ!?」
あいつの武器がなんでも斬れるものなら、百の槍が斬られる可能性があるのは予期できた。
だから、こそ。
「俺はあらかじめ、百の槍の新たな能力を発動していたのさ!」
手は打てたということだ。
「新たな……能力だと!?」
「そうだ! 見るがいい。百の槍の、新しい能力を!」
俺は手を掲げた。そこに、光が集まる。
たちまち登の手の中にある半分と、地面に落ちた半分が、同じように光を放ち始めた。
「これは……」
手の中で光る槍に驚きの声を上げる登。だが、もう遅い。
光を放ちながらふたつに分かれた槍は俺の手の中へと戻ってくる。
そして、まるで何事もなかったかのように、元の状態に戻った。
「これが百の槍の新たなる能力だ!」
そう。これが、新たなる能力。
槍がダメージを負った……具体的には、折れたり斬られたりしたときに発動する能力。
元の状態に戻りつつ、俺の手のひらの中に戻ってゆくという能力だ。
「なるほどな……復活か」
元の形に戻った百の槍を見つめ、登はニヤリと笑みを浮かべる。
「だが、たとえ復活したところでな!」
登が声を上げる。
不適な笑みを浮かべて剣を降りあげた登の攻撃に対し、俺は反射的に、槍を横にしてしまった。
「しまっ……」
剣が、振るわれる。
百の槍は攻撃を抑えきることができず……真っ二つに斬り裂かれた。
「ふ……残念だったな登。こうなることは予想していた」
「なんだとっ!?」
「俺はあらかじめ、百の槍の新たな能力を発動していたのさ!」
「新たな能力だと!?」
「そうだ! 見るがいい。これが百の槍の、新しい能力だ!」
「だが、たとえ復活したところでな!」
「しまっ……」
~以下ループ~
「はあ……はあ……くそ、やるな」
「そっちもな……」
俺たちは互いに息を切らせて向かい合っていた。
斬られても復活するという新たな能力は使える能力ではあるが、こちらがチャンスを見いだせないと繰り返しになってしまうと言うことがよくわかった。
「お前、やっぱり厄介だな」
俺を倒すためには、復活能力を使わせず、俺自身を再起不能にするという方法があるが、あの武器ならそれもできないだろう。
俺に対しては対処は難しい。それに気づいた登の視線が、動いた。
「まさかっ!」
俺も声を上げる。
「そうだ……まず先に、転校生ちゃんから脱がせてやる!」
柱の影に隠れてこちらを見ていた東山に、登の視線が向く。
「くっ!」
登の視線から逃れるように柱の影から飛び出してレールガンを発射。が、それも空中で斬り刻まれる。
その隙に俺も登の近くから飛び退く。
さっきの言葉のニュアンスからすると奴は俺のことも脱がせようとしていたとも聞こえたからだ。なにそれ怖い。
「登、そんなことしようとするなら!」
俺は走り出す。走った勢いでそのまま近くの家電量販店へ足を運び、デジカメをひとつ購入した。
それを登に見せて親指を立てる。登も「わかったぜ」と言わんばかりに指を立てた。
直後、俺の体はレールガンで撃ち抜かれて吹き飛んだ。対して登に撃たれたレールガンは宙で霧散する。
「やっぱり、レールガンじゃ無理か」
俺は体中から煙を放ちながらも戻ってきて東山と並ぶ。
「ええ……どうにかして隙を狙えればいいけど、この場所じゃあ、ね」
ビルはそれほど広くなく、あるのは柱だけで、フロアは開けている。
登の隙を伺おうにも、隠れる場所も、狙える場所もない。レールガンしか武器を持たない彼女にとっては、不利な場所以外の何物でもない。
もちろん、それも予期した籠城なのだろう。奴は本気だ。本気で、東山を脱がしにかかっている。
全力で支援したいところだが……にらみつけられたのでそれも叶わない。
「やむを得ない、か」
東山がなにかを呟いた。大きく息を吐いて、顔を上げる。
「彼を本気で殴るわ」
そして、こちらを向かずに彼女は口にした。
「どうやって」
俺は彼女の顔を見つめて尋ねる。
「最終手段よ」
東山はもう一度息を吐いて答えた。
そして、立ち上がる。壁の影から身をさらし、まっすぐに登を見据えた。
「どうしたんだい転校生ちゃん。大人しくレールガンを渡す気になったか」
登は余裕だ。レールガンも構えず、ただまっすぐ見つめるだけの東山をにらみ返す。
登の圧倒的なな有利は変わらない。東山には、為す術がない。
そう、思っていた。
「………………」
東山が両手からレールガンを離した。青い光に一瞬包まれ、レールガンが消える。
「おい、なにを……」
俺がそう口にするが、東山はなにも言わない。なにも言わず、ただ、歩きだした。
「はっ、どんな手段かは知らねーが、」
登が剣を降りあげる。
「泣いて謝っても、遅せぇぞっ!」
そして、剣を降りおろした。
その剣は東山に直撃し、彼女の上着を一撃の元に斬り裂いた。
「はっはっはっは! 転校生ちゃんは着痩せするタイプなんだな!」
登が笑う。笑うが……その表情から、余裕の表情が消えた。
「おい、まて、あんた、どうして……」
そして、その表情には焦りの色が出始めていた。
なにが起こっているんだ。俺は息を飲む。
「どうして、顔色ひとつ変えないんだ!?」
特になにも起こってなかった。
強いて言うなら……上半身を脱がされてもなお、東山が表情を変えていないという事実だけだ。
そしてそのまま、東山は歩き出す。その歩調に、揺らぎはない。ためらいもない。
ただまっすぐに、登へと向かう。
「おい、これ以上近づくと……まだ脱がすぞ!?」
登は剣を降りあげる。が、東山の歩調は止まらない。
「く、くそ!」
剣が振るわれた。
東山のスカートが落ち、ブラが外れ、靴下や靴までもが斬り刻まれる。やがて、最後の砦の猫ちゃんパンツも落下し、今彼女は……まさに、一糸まとわぬ姿で歩いていた。
まっすぐ。揺らがず。
その足並みは。その歩みは。
とても美しい。そう、感じてしまった。
「お、おい! お前、今、マッパなんだぞ! 隠せよ! 恥ずかしがれよ! しゃがみこめよ!」
登は必死に剣を振るう。
が、その剣は「生命体以外は斬れない剣」だ。逆に言えば、生命体を斬ることは絶対にない。
なるほど……これが、最後の手段。
全裸になってしまえば、もう、登に斬れるものはなくなるんだ。
「く、来るな!」
必死に剣を振るう。剣は天井を斬り裂き、床を削り、柱に傷を付ける。
が……東山の体に傷を負わせることは、一切なかった。
「ひ、ひぃ!」
登が悲鳴を上げ、地面に倒れ込む。その目の前には……東山がいた。
「これが、その武器の最大の欠点よ」
目の前に立ち、登に向かって言い放つ。
「あなたに……あたしは斬れない!」
そして、もう、登に抵抗する余力はなかったのだろう。
東山の両手に、青白い光。目の前で取り出したレールガンを斬り刻むことも忘れ、登はただ、東山を見上げているだけだった。
撃つわけではない。大きく降りあげたレールガンを、東山は単純に重力に従わせて降り下ろす。
ものすごい音が響いた。まるで煩悩が吹き飛んでしまうような鈍い音と、そして、登の倒れる音。
東山は宣言通り、ただ全力で登を殴った。
「す、すげえ……」
たった一撃だった。
あれほど隙も弱点もなさそうだった登を、一撃の元に葬り去った。
そして、東山は右手に邪刀、左手で登を引きずりながら歩き出す。
ビルの壁が壊れたところから下を見下ろし、そのまま登を下へと投げる。「なにか落ちてきたぞ」と下では騒ぎになっていた。
そして、全裸のまま俺の近くへ。邪刀を手に持ち、裸体を隠すことなく歩くその姿は、まるで天使のようにも、そして、悪魔のようにも見えた。
「倒したわ」
「……ああ」
答えるにも、間を置いた。
目の前に全裸の女の子がいるという事実すら忘れてしまうほどの、堂々っぷり。せっかく買ってきたデジカメを起動することすら、俺は忘れていた。
……が、ふらりと勢いをつけて東山の体が倒れ込む。少しだけ距離があったせいで、俺は彼女の体を支えることができなかった。ひざをついて、手のひらを地面へと乗せた。
「……あたし、もう……お嫁にいけない」
なるほど。
先ほど言っていた、彼女が抱えるリスクとはそのことか。ものすごい大きなリスクだ。俺は涙をこらえた。
だが、彼女が嫁入りをもあきらめたおかげで、俺たちは勝てそうもなかった戦いに勝つことができた。俺はそんな彼女に対して、最大限の敬意を払わないといけないわけだ。
だから、俺は微笑んで、口を開いた。
「大丈夫だよ」
少しだけしゃがみ込んで、彼女の華奢な肩に手を置く。
「もし、今日のことがきっかけで、本当に、どこも嫁にもらってくれなかったら……」
「……くれなかったら?」
彼女が顔を上げた。
わずかに潤んだ瞳と、少しだけ、開かれた口。
今、彼女はとても美しいと思う。そんな彼女に最大の敬意を払い、俺は口にする。
「登にもらってもらえばいいさ」
直後、俺の体はレールガンに貫かれ、隣のビルまで吹き飛んでいった。