1幕 プロローグ
はぁはぁと息を漏らしながら、たった一人の少女は、長く、永遠と続くようにも感じられる廊下を全速力で駆けていた。
大きな大陸の中央に位置する凛憂国には四家と呼ばれる認められた一族がいた。四家は代々、聖獣を守っていた。なにしろ、太古の昔に国破滅の危機に貢献したそうな。その中でも最も貢献した四家には聖獣を保護し象徴とする権利と、皇族との結び付きを強めるための権利を与えられた。その権利によって、四家は権力を維持すると共に、国の繁栄と防共に勤しんでいた。結び付きを強めるために、皇族から生まれた皇太子と四家から選ばれた令嬢が結納するのだ。しかし、皇太子と結納するにあたって、高い知力と技量が求められた。それを養うために設立されたのが貴寮である。貴寮では四家から4人ずつ選抜された優れた女性が集まりそれぞれの能力を高め合う場所である。四家は、それぞれ、明家、李家、旬家、冥家に別れる。これらの一族はそれぞれ異なった聖獣を守っている。しかし、その存在は神話上の話であり、実在はしないと考えられている。空想上の聖獣の伝承を守り続ける事が過去の歴史を伝承することと同義であると考えられているからだ。まるで夢のような話に思えるが、4人の女性、つまりは妃に選抜されるためには、たくさんの犠牲を払った上で成り立っている制度であった。
そんな制度で成り立った凛憂国で、ただ必死に駆けているのは、明家の令嬢、明 千紅であった。
彼女は明家直系のたった一人の娘でありながらも、生まれてきたことで母親を亡くしたため、大層恨まれていた。父やたった一人の兄からも愛を得られず、女官からも虐げられる日々。誰も味方はいなかった。それに加え、身体が弱い体質であったため、すぐに身体を壊し面倒ばかりかけていると自負していた。
しかし、彼女は心が強かった。現在の17歳になった年でも耐え続けていた。彼女は明宮殿ではバケモノと呼ばれ、忌み嫌われていた。それに引き替え、大層母親は愛されていたらしい。その恨みからか、行動は徐々にエスカレートしていき、日に日に精神が削られていった。
鋏を突きつけられ、暗い部屋に閉じ込められ、喉が枯れ腫れ上がるまで叫んでも出してはくれなかった。
ひもじさからか、爪が割れてガタガタになり、頬がこけても何一つ食事だなんて分け与えてはくれなかった。
病気になって、暗くて冷たい真冬の夜に雪上に倒れても誰も見向きもしなかった。
そんなこんなで、あたたかくて溶けてしまいそうなくらい柔らかかった彼女の心は完全に凍ってしまい、いつしか心というものを失った。17歳の誕辰を迎えた日、糸が切れたような音がして、何も感じなくなった。愛を求めなくなった。あんなに焦がれていたはずの手の温もりは不必要に思えた。




