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氷の処刑人は1ミリも触れさせない!  作者: 水色蛍
調査・星遺の廃都
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第38話:磁星の収奪と絶対のパルス

「その遺物、俺が頂こう」


 彼が冷徹な瞳で私たちを見据え、その手のひらに赤黒い光を灯した瞬間。


「……させない」


 アリアちゃんは一切の言葉を発することなく、すでに巨大な狙撃銃をシオンへと向けていた。


 バシュゥゥゥンッ!!


 アリアちゃんの固有スキル『極星の穿光』。

 放たれた光の弾丸は、物理法則を無視した圧倒的な直進性で、真っ直ぐにシオンの眉間を貫くはずだった。


 しかし、シオンは余裕の笑みを浮かべたまま、手のひらを前に突き出した。


「甘いな」


 彼の固有スキル『磁星の収奪』。

 特定の金属や魔力波長をピンポイントで吸い寄せ、狂わせる能力。


 ギュルンッ!


 神聖な星のゆりかごの中の魔力が不自然に捻じ曲がり、アリアちゃんの放った光の弾丸は、見えない巨大な磁石に引っ張られるように大きく軌道を逸らし、明後日の方向の壁に大穴を穿った。


「……っ」


 さらに、アリアちゃんの持つ重厚な金属製の狙撃銃が、凄まじい引力でシオンのいる方向の壁へと強引に引き寄せられた。


「くっ……!」


 アリアちゃんは銃を手放すまいと必死に柄を握りしめたが、華奢な体ごと壁に叩きつけられ、完全に動きを封じられてしまった。


「アリアちゃん!」


 私が叫ぶと、シオンの冷たい視線が、今度は私へと向けられた。


 ◇ ◇ ◇


「さて、次はお前だな。学者殿」


 シオンはゆっくりとした足取りで、こちらへと歩み寄ってくる。


 彼は、私のスキルの秘密や、バリアを透過している通信機が弱点であることを正確に知っているわけではない。


 ただ、彼が無意識に広域へと放っている強力な磁場と魔力波長の乱れが、結果として私の『一番の弱点』を容赦なく突いていた。


『ザザッ……ピガァァッ! セ……レン……!』


「ひゃっ!?」


 右耳のイヤーカフから、鼓膜を劈くような激しいノイズが鳴り響く。


 私の『孤星の絶対距離』は、外から向かってくる物理的な攻撃や魔法をすべて一ミリ手前で弾き返す。


 しかし、シオンの力は「空間そのものの波長を狂わせ、金属を外へ引っ張る力」だ。


 クロエが特別に合わせてくれた波長が強引に掻き乱され、イヤーカフが耳から外側へと引っ張られる不快な感覚が襲う。

 実際にはバリアがあるから一ミリ浮いているけれど、このまま波長が狂えば、バリアをすり抜けられなくなり、外へと力ずくで持っていかれてしまう。


(ダメ……これを持っていかれたら……!)


 私の顔から、さぁっと血の気が引いていくのが分かった。


 もし通信が途絶え、この道具を奪われてしまったら。

 私はまた、クロエの温かい声も聞こえない、誰の温もりも感じられない孤独な暗闇の中に取り残されてしまう。

 それは、どんな恐ろしい魔物よりも、私にとって一番怖いことだった。


「ふん。お前たち温室育ちの学者は、その便利な道具がなければ何もできないらしいな」


 シオンが嘲笑う。


 彼の言う通りだ。私は結界の外の世界では、クロエの作ってくれた道具がなければお弁当も食べられない、ただの不器用な女の子だ。


 繋がりの糸が、ぷつりと切れそうになった、その時だった。


 ◇ ◇ ◇


『セレン! 負けないで!』


 激しいノイズの向こう側から、クロエの力強い叫び声が響いた。


『あんたのその壁は、ただの「星の恩恵スキル」じゃない! 星を守るために作られた「神話の星律魔導式せいりつまどうしき」なのよ!』


 クロエの叫びが、私の胸の奥にすっと落ちてくる。

 先ほど、透き通った女のホログラムが教えてくれた真実。


『たかが一個人の突然変異ごときが、古代の防衛機構アストラル・システムの絶対の理を上書きできるわけないわ! 跳ね返しなさい!』


 クロエの言葉に、私はハッとした。

 難しい理屈はよく分からない。

 でも、要するにこういうことだ。


 私のこの見えない壁の方が、あいつの磁石よりも、ずっとずっと『偉くて、重たい』んだ。


「私の大切な繋がりを……」


 私はイヤーカフを両手で覆うように押さえ、シオンに向かって一歩、強く前へ踏み出した。


「勝手に引っ張らないで!」


 いつもは「受け身」で、ただそこにあるだけだった壁に、明確な『拒絶の意思』を込める。


(あっち行って。ドドーンって、おっっきく弾き飛ばして!)


 その瞬間。


 私の心臓の鼓動に呼応するように、神話の星律魔導式が目に見えない「絶対的な反発のパルス」を、神聖な星のゆりかごの中に放った。


 ピィィィィィンッ!!


 空間が甲高く震え、シオンの作り出していた赤黒い磁場が、まるで巨大な波に飲まれた砂の城のように、一瞬にして跡形もなくかき消された。


 ◇ ◇ ◇


「がはっ……!?」


 自身の強力なスキルを、圧倒的なスケールで強引にねじ伏せられ、強制終了させられた反動。


 シオンの体は為す術もなく空中に吹き飛ばされ、背後の重厚な壁に激しく叩きつけられた。


「ば、馬鹿な……俺のスキルが、ただの『圧』だけで上書きされただと……!?」


 口から一筋の血を流し、シオンは恐怖に顔を引き攣らせた。

 彼が得意とする波長操作すら全く通じない、格が違いすぎる理不尽な防御。


「星の恩恵でも魔法でもない、なんだこの規格外の力は……!」


 彼がどれほど強力な力を持っていようと、神話の時代から星を守り続けてきたシステムに抗えるはずがないのだ。

 彼の磁力は、私の一ミリの壁の前では、ただのそよ風にも等しかった。


「化物め……!」


 完全に勝ち目がないと悟ったシオンは、忌々しげに舌打ちをすると、足元に黒い煙玉を叩きつけた。


 ボフゥゥッ!


 もうもうと立ち込める煙。それが晴れた後には、彼の姿は影も形もなく消え去っていた。


「……終わった?」


 私が首を傾げていると、壁から解放されたアリアちゃんが、トコトコと歩いてきて私の隣の一ミリ手前にピタッと張り付いた。


「……ん。逃げた。セレン、すごい」


『セレン! アリア! 無事!?』


 イヤーカフからは、いつものクリアで温かいクロエの声が聞こえてくる。


「うん、大丈夫だよ、クロエ。通信もバッチリ! データはどうなった?」


『こっちも完璧よ。権限データ……『星鍵の断片』、無事に魔導回路の解読が完了して回収できたわ!』


「よかったぁ……」


 私は安堵の溜息をついて、へなへなとその場に座り込みそうになった。


 私の壁が、ただの呪いじゃなくて、古代のすごい仕組みだったこと。

 そして、クロエとの繋がりを、自分の力でしっかりと守り抜けたこと。


「アリアちゃん、クロエ。私、なんだかこれから、すっごく楽しみになってきたよ」


 神聖な星のゆりかごの中で、私はアリアちゃんと一緒に、ホログラムの透き通った女の人に向かって「ありがとう」と小さくお辞儀をした。


 こうして、私たちの『星遺の廃都』での大きな調査は、スッキリとした勝利と共に無事に幕を閉じたのだった。

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