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第29話:シーカーズ見習い、カリナ・ストラテス

 カリナを私たちのアパートに迎えた翌朝。


 王都の空は、今日も『星時計の魔法陣』に透かされた柔らかな陽光に包まれ、カンカンと響く職人たちの鎚音が心地よい朝を告げていた。


 今日は昨日回収した調査データと地質サンプルの提出日だ。私とクロエは、カリナを連れて『境界探査局シーカーズ』の本部へ向かっていた。


「わぁ……」


 レトロな魔導トラムに揺られながら、カリナは窓の外に広がる王都の景色に目を奪われていた。

 美しいアーチ状の水路、白亜の建物群、そして忙しそうに行き交う人々。


「結界の中の人たちって、みんなこんなにのんびり、でも活気があるのね……」


 外の世界では、力のある者が弱者を踏みにじり、常に魔物の影に怯えて暮らしている。

 魔法もチートスキルも使えないこの街で、人々が純粋な知識と技術だけで豊かに生きている姿は、彼女にとってまるで夢物語のように映ったのだろう。


「ふふっ、この街は自分の頭と手で頑張れば、誰でもちゃんと生きていけるんだよ。……さ、着いたよ!」


 私がトラムを降りて案内したのは、第一学術区にそびえ立つ、荘麗な石造りの建物――境界探査局・シーカーズの本部だ。


 エントランスに入ると、そこは外ののんびりした空気とは少し違い、分厚い文献や図面を抱えた学者やエンジニアたちが、熱を帯びた顔で忙しなく行き交っていた。


「ここが、境界探査局……。あの、私みたいな学のない人間が、本当に入っていいの?」


 圧倒的な『知の集積地』の空気に当てられ、カリナは少し萎縮して私のコートの袖を掴んだ。


「大丈夫だよ。……あっ」


 私はカリナの背中をポンと押そうとしたが、私の手は彼女の背中の1ミリ手前で空振ってしまった。でも、クロエがすかさずカリナの背中を優しく押し出してくれた。


「ほら、シャキッとしなさい。あなたがどうしてもここで働きたいって言うなら、私たちも全力で局長に掛け合ってあげるから」


「……うん、ありがとう!」


 カリナは小さく深呼吸をして、しっかりと前を向いた。


 ◇ ◇ ◇


 調査データと地質サンプルを提出した私たちは局長室の扉を叩いた。


 中には、カペラ局長だけでなく、ちょうど打ち合わせに来ていたフェリクさんとアリアちゃんも同席していた。


 アリアちゃんは私を見るなり、無言でトコトコと歩いてきて、私にピタッと張り付いた。


「あら、セレン君にクロエ君。昨日はご苦労様。……その後ろのお客さんは?」


 カペラ局長が、机の上に広げた古代遺跡の拓本から顔を上げ、カリナを見つめた。


「実は、局長にお願いがあるんです」


 私とクロエは、昨日の任務で出会ったカリナの境遇――孤児であり、文字も読めず、帰る場所もないこと――を説明し、「彼女をシーカーズで雇ってくれないか」と頭を下げた。


 その瞬間。


「……なるほど。事情は分かったわ」


 普段は古代のロマンに溺れて「ふふふ!」と怪しげに笑う変態学者(褒め言葉)のカペラ局長が、スッと表情を引き締めた。


 その瞳からオタク気質な熱が消え、組織のトップとしての、冷徹で理知的な『仕事人の顔』に変わる。

 フェリクさんも、いつもの穏やかな微笑みを消し、静かにカリナを見据える体勢に入った。


 その張り詰めた空気に、カリナの肩がビクッと跳ねる。


「名前は?」


「カ、カリナ・ストラテスです」


「年齢は?」


「18歳、です」


「出身は? 学歴や職歴は?」


 局長の矢継ぎ早な質問に、カリナは顔を青ざめさせながらも必死に答える。


「出身は、東の国境近く。スラムの孤児院で育ちました。学歴は……ありません。ずっと外の世界で、星狩り(冒険者)の下働きや護衛をして生きてきました」


「なるほど。文字は読めず、剣を振ることしか知らないフリーの傭兵、と」


 カペラ局長はペンを置き、両手で顎を作ってカリナを真っ直ぐに見据えた。


「いいこと、カリナ君。シーカーズは力至上主義の外の世界とは違う。魔物の討伐ではなく、未踏遺跡の調査と生態記録を目的とする『知識と技術の集団』よ。……いくつか質問をするわ」


 まるで厳しい面接のような空気に、私とクロエは固唾を飲んで見守った。


 ◇ ◇ ◇


「ここは力ではなく知識の集団よ。仮にあなたが調査員として採用されたとする。あなたのスキルが一切使えないこの結界内と同じ環境で、古代言語のパズルでロックされた強固な遺跡の扉があった場合、あなたはどうやって解析し、開錠を試みる?」


 局長の問いは、学のないカリナにとってあまりにも意地悪で難しいものだった。

 カリナは言葉に詰まり、視線を落として自分の手を強く握りしめた。


(カリナさん……)


 私が心配で声をかけようとした時、カリナは顔を上げ、震える声で、けれどはっきりと答えた。


「私には、古代の文字は読めません……。魔法も使えないなら、無理にこじ開けることもできない。……でも、扉の周りの壁の隙間とか、扉がどうやってくっついているのか(蝶番の構造)を調べます。別の道がないか、扉を外すための『物理的な弱点』がないかを探します」


 その答えに、カペラ局長の眉が微かに動いた。


「次。未知の遺跡の深部で、極地的な磁場異常により通信機や魔導具がすべて機能停止したわ。あなたは『調査の続行』と『生還』のバランスをどう取り、どうやって地上へのルートを確保する?」


「……通信が切れた時点で、絶対に調査は中止します。仲間と一緒に、来た道を戻ります。……壁にナイフで傷をつけて目印にしたり、風の流れや水の落ちる音を探して、とにかく生きて帰るルートを探します」


「なぜ? 調査を続ければ、大発見があるかもしれないわよ?」


「……生きて帰らなきゃ、せっかく集めた記録も、誰にも渡せないからです」


 カリナは思い出した、昨日。自分は財宝を回収するという依頼のため「調査続行」を選んだ。


 しかしセレンに止められた。止めてくれた。


 そのおかげで命を捨てずに済んだのだ。


 局長は小さく頷き、最後に一番重要な問いを投げかけた。


「……外の世界に出れば、あなたは『星狩り』のようなエリート冒険者として特権と名声を得ることも、貴族の私兵として裕福に暮らすこともできる可能性があるのよ。なぜ、わざわざ給料も高くない、泥臭くて地味な『境界探査局』に入りたいの?」


 カリナは、少しだけ躊躇った後、私とクロエを交互に見て、静かに微笑んだ。


「力だけで価値が決まる、誰かを見下すような外の世界は……もうこりごりだからです」


 彼女の目は、初めて会った時のように怯えてはいなかった。


「この街の、誰もが自分の頭と手で、誰かのために一生懸命に生きてる姿が……すごく眩しかったから。私も、ここでなら、自分の本当の価値を見つけられる気がしたんです」


 その等身大で真っ直ぐな言葉は、フェリクさんやオスヴァルドといった、外の傲慢な社会を嫌ってシーカーズにやってきたエリートたちの理念と、ピタリと重なるものだった。


 ◇ ◇ ◇


 静まり返った局長室。

 カペラ局長はしばらく目を閉じて沈黙した後、静かに息を吐いた。


「……現段階じゃ、不合格よ」


「っ……」


 カリナの顔から血の気が引き、私は「そんな……!」と身を乗り出しそうになった。


「でも」


 局長はペンを指でくるりと回し、普段の少し変態的で温かい学者の顔に戻って微笑んだ。


「あなたの過酷な環境での生存本能や、物理的な構造を見抜く観察眼(アナログへの理解)は、フィールドワーカーとして非常に高く評価できるわ」


「え……?」


「ただし、私たちシーカーズに必要なのは『記録し、解析する基礎知識』よ。今のあなたにはそれが全く足りていない。……まずは文字の読み書き、算術、基礎的な考古学を身につけなさい」


 カペラ局長は、カリナに向かって一枚の書類を差し出した。


「それができるまでは、探査局の『見習い(雑用係)』として雇ってあげる。……ただし、給料は最低限。毎月、学者やエンジニアによる厳しい小テストに合格しなければ、クビよ」


 それは、学のないカリナにとってあまりにも厳しい条件だった。

 けれど、カリナの目からは大粒の涙が溢れ、彼女は何度も何度も、深く頭を下げた。


「はいっ……! ありがとうございます、一生懸命、勉強します……!!」


「よかったね、カリナさん!」


 私は嬉しくて、自分のことのように飛び上がった。


「よーし、今日から私がスパルタで文字の読み書きとお勉強を教えるからね!」


 私が張り切って宣言すると、クロエが背後から冷ややかなツッコミを入れた。


「……セレン、あんたの誤字だらけのノートで教えたら、カリナが可哀想でしょ。文字の読み書きは私が教えるわよ」


「ええーっ、ひどい! 私だって少しは書けるもん!」


 私とクロエのいつものやり取りに、フェリクさんがクスクスと笑い、アリアちゃんが無表情のまま私の腰をギュッと抱きしめる。


 涙を拭いながらカリナも笑い出し、局長室には、いつも通りの温かく騒がしい日常の空気が戻ってきた。


 外の世界で居場所を失った少女は、こうして『星の静寂』の中で、新しい人生の第一歩を踏み出したのだった。

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