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第1話:氷の処刑人と、1ミリ手前の絶対防壁

細かな改訂や調整をおこなう可能性があります。

また、本作はカクヨム様でも同時掲載させて頂いております。

よろしくお願いいたします。

『氷の処刑人』


結界の外ではそんな《《不本意極まりないあだ名》》で恐れられている私の、今の最大の悩みは、今日のお弁当の卵焼きが無事かどうかだ。


いかなる攻撃も1ミリ手前で弾き飛ばす無敵のバリアは、美味しいご飯や人との触れ合いといった「外でのささやかな日常」まで無慈悲に弾き飛ばしてしまう。


だからこそ、すべてのスキルが無効化されるこの街の朝が、私は大好きだった。


◇ ◇ ◇


王都の朝は、天空を覆う巨大な魔法陣の瞬きと共に始まる。


雲よりも高い位置でゆっくりと回転する『星時計の魔法陣』が、朝の陽光を透過し、淡いガラスのような青と金の幾何学模様を街の石畳へと落としていた。


窓の外からは、職人が手作業で焼き上げた香ばしいパンの匂いと、カンカンとリズミカルに金属を打つ音が微かに風に乗って運ばれてくる。


「……ん。今日もスープ、すっごく美味しい」


アパートの共有リビング。


私は両手で陶器のマグカップを包み込み、じんわりと伝わってくる熱に目を細めた。


私の名前はセレン・アークライト。


境界探査局シーカーズ』でフィールドワークを担当する調査員だ。


「ふふっ、よかった。でもセレン、また袖のボタン掛け違えてるわよ。ほら、貸して」


向かいの席から、呆れたような、けれど温かい声が響く。


幼馴染であり、専属オペレーター兼エンジニアでもあるクロエ・フォーチュンだ。


「あ、ほんとだ。……ま、いっか」


「よくないの。外に出たら『氷の処刑人』なんて呼ばれてるんだから、少しはシャキッとしなさいな」


「ほんと誰よ、そんな可愛くないあだ名つけたの」


小言を言いながらも、クロエは私の袖口を丁寧に直してくれる。


その指先の温もりが直接肌に触れるたび、大袈裟かもしれないけど私は泣きそうなくらいに嬉しくなるのだ。


ここ、絶対安全領域『星の静寂アストラル・サイレンス』では、すべてのスキルが強制的に無効化される。


だからこそ、私にかけられた呪いのような常時発動スキルも、ここでは息を潜める。


結界の外に出れば、私は誰かに触れることも、温かいスープをこぼさずに飲むこともできない。


なぜかって?


すべてが「1ミリ手前」で弾き飛ばされてしまうからだ。


「お弁当、鞄に入れたわよ。気をつけていってらっしゃい」


「うん。行ってきます」


クロエに見送られ、私は部屋を出た。


白亜の石造りと群青色の屋根が連なる街並みを抜け、アーチ状の水路沿いを歩く。


乗り込んだ『魔導トラム』の車内は、蒸気と魔力が混ざった独特の匂いがした。


ガタン、ゴトンと物理的な揺れに身を任せながら、窓の外を流れる景色を眺める。


ズルができる魔法やスキルがないからこそ、人々が自分の足で歩き、手で作り出すこの穏やかでアナログな活気が大好き。


私が最前線で危険な遺跡調査を続ける理由は、決して名声や強さのためではない。


いつか、私自身の呪いみたいなスキルの理を解き明かし、結界の外でもクロエと素手で手を繋いで皆んなと同じようにご飯を食べたい!


ただそれだけの、ささやかで切実な願いのためだった。


◇ ◇ ◇


都市の端に位置する『境界ターミナル』。


「セレン、座標固定完了。いつでもいけるわよ」

「了解」


耳につけたイヤーカフから響くクロエの凛とした声に頷き、私は巨大な転送陣の上へと一歩を踏み出した。


光の奔流が視界を白く染め上げる。銀紙のようなボブカットがふわりと揺れた。


ワープした先は、むせ返るような湿気と濃密な緑の匂いが立ち込める未踏のジャングルだった。


探査局が過去に設置した、苔むした『転送ビーコン』の石碑が静かに佇んでいる。

――その瞬間。


孤星の絶対距離アストラル・リジェクト』が起動する。


ピィィィンッ!という高く澄んだ音と共に、私の全身を目には見えない薄氷のようなバリアが覆い尽くした。


頬を撫でていたはずの風のそよぎも、空気の温度も、すべてが私の肌の「1ミリ手前」で完全に遮断される。


もちろん、呼吸のための空気は通るけれど。


(……うん、今日も寒いな)


圧倒的な隔絶。

世界から自分だけが切り離されたような、無音の冷たい牢獄。


「ど、どけぇッ! 女ァ、死にたくなければそこを退けッ!!」


不意に、下品な怒声が静寂を破った。


見れば、高価な鎧を着込んだ冒険者の男が、顔を真っ青にしてこちらへ逃げてくる。  


その後ろからは、木々をなぎ倒しながら、四つ足の巨大な魔物が猛スピードで突進してきていた。


男は自分のスキルを過信してここまで来たのだろう。

だが、あの魔物の巨体と速度を見れば、まともにやり合えばただでは済まない。


「チッ、運の悪いガキだ! 俺の代わりにそこで盾になってろォッ!!」


男の顔に醜い悪意が浮かぶ。  

彼は自分だけが助かるため、すれ違いざまに私を魔物の方へ力いっぱい突き飛ばそうと、両手を突き出してきた。


――だが。


「あ」


私が小さく声を漏らした瞬間。  

男の両手は、私の肩の「1ミリ手前」で見えない壁に激突した。


ドゴォォッ!!


「ぐ、がはぁぁぁっ!?」


私を突き飛ばそうとした男の『全力の運動エネルギー』は、一切の減衰なく完璧に弾き返され、男自身の身体へと逆流した。  


男は弾き飛ばされたスーパーボールのように数メートル後方へ吹き飛び、泥水の中へと無様に顔から突っ込んだ。


「な、なんだお前……ッ!? なにをしやがった!?」


泥まみれになった男が、恐怖と混乱の入り混じった目を向けてくる。


彼には、私が強大な魔物を前にしても微動だにせず、鋭く冷たい瞳で見据える「感情を持たない氷の処刑人」に見えているのだろう。


でも、私の内側は全く違った。


(あーあ。泥水に突っ込んで、お洋服ドロドロになっちゃったね。お洗濯大変そう。……それより、今の男の人が飛んでいった衝撃音で、私のお弁当の卵焼き、崩れちゃってないかな)


私はただ、ぼーっとそんなことを考えていた。


「グルルルルァァァッ!!」


男を無視して、魔物が私へと狙いを定め、巨大な爪を伴って突進してくる。  


鋼をも切り裂くその一撃が、私の鼻先「1ミリ」のところで――ピタリと止まる。


ギギギギギッ! と、空間そのものが悲鳴を上げるような音が響く。


私の絶対防壁が、敵の攻撃の目的を完全に「拒絶」したのだ。  

私自身からは、直接触れて攻撃することはできない。


だから、戦い方はいつもこれ一つだけ。


「はい、そのままお返しドーン!」


私は、魔物がぶつけてきた凄まじい突進の勢いを、バリアの反発力を使ってほんの少しだけ横の空間へと誘導してあげた。


ドゴォォォォォォンッ!!


自らの突進の勢いをそのまま倍返しにされた魔物は、理不尽に軌道を大きく逸らされ、真横にあった巨大な岩壁へと文字通り激突した。  


轟音と共に岩が砕け散り、魔物は白目を剥いて一撃で沈黙する。


「……は? え……?」


腰を抜かした冒険者の男が、信じられないものを見る目で私と魔物を交互に見比べていた。


私は指一本動かしていない。  


ただ立っていただけで、自分を突き飛ばそうとした男が勝手に吹き飛び、規格外の魔物が勝手に自滅したのだから無理もない。


「ちょっとセレン! 今、ぼーっとしてたでしょ! 油断してると危ないんだからね!」


イヤーカフ越しに、少し怒ったようなクロエの小言が響く。


私は冷たい表情を崩さないまま、内心でふふっと微笑んだ。


外の世界がどれほど冷たくて残酷でも、私の耳元には、いつでも温かい『星の静寂』が繋がっている。


さあ、今日も世界の理を解き明かすための、ささやかで果てしないフィールドワークの始まりだ。

まず第一話をお読みいただきありがとうございます!


セレンのスキルは完全に「防御(拒絶)」なのに、『処刑人』なんていう物騒な名前がついているのはなぜか??


「一切の感情を見せない冷たい瞳のまま、一歩も動かずに敵を無残に自滅させる姿が、まるで絶対的な死の裁きを下す死刑執行人(処刑人)のように見えたから」


……という背景です。


「本人はただお弁当を守りたくて、敵を横にツルッと滑らせただけ」

「もしくはビビッて固まっていただけなのに敵が吹き飛んでいくだけ」なのに、結果的に最高に物騒な異名になってしまった、というただの勘違い、です。


「面白い」「次も読みたい」と思っていただけましたら、下からブクマ・星評価で応援していただけると嬉しいです!

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