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5.わたしみたいなハーフエルフのチンピラには

 米国のテック系メガコーポであるRCTの企業城下町として復興した秋葉原一帯は、世界最先端のテクノロジーと、かつての電気街やサブカルの街の面影が混ざり合った奇妙な街だった。


 高層ビル群を見上げるようにして、復興初期の闇市から発展した雑然とした風景もいまだに残っている。それは違法に増築された密集する薄暗い雑居ビルだったり、どこからか持ち込んだジャンクパーツを路面に広げて商売をしている謎の外国人だったりした。


 高速大容量のインターネット回線とスマートフォンが普及したというのに、鈴花が生まれるずっと前のレトロなハードが一部で人気があるのは実に皮肉だ。真空管すら探せば手に入る。


「うわー、本物のスーパーファミコン」


 中古ゲーム屋の店頭を覗き込み、鈴花は独りごちた。

 中途半端に長い耳がひこひこ動き、声のトーンは心なしか高くなっている。


 ソシャゲのデイリーミッションを起床と同時にこなすことをまったく苦にしない鈴花は、シングルプレイのRPGでレベルをちまちまと上げて、イベントとアイテムをコンプリートすることも苦にしないタイプだった。


 オンラインで友達と一緒にプレイするのは苦手だ。気を遣うし、自分のせいで迷惑をかけるかもしれないし、どうしてゲームしながらストレスをためないといけないのだ。


 そもそも友達もいない。

 陰キャのハーフエルフという悪口は、返す言葉もない。


 そんな彼女がたどり着いた境地のひとつは、かつて日本のゲームが世界を席巻していた時代の16ビット機で生まれた重厚長大なRPGをプレイすることだった。


「そろそろ本体を買ってもいいと思ってはいたのだけれど」


 しっかりと当時の箱に収められたニンテンドーの据え置き型ゲーム機。

 名作ゲームの多くはいまでは復刻されて、スマホにダウンロードして遊ぶこともできる。だが、そうではないゲームを遊ぶには、本体とカセットを買うしかないのだ。


「いえ、でも、まって。当時のドットはブラウン管のにじみも計算されているから、液晶テレビでプレイするのはなにか違う気がする。そうなるとブラウン管テレビを探すべき?」


 試しにスマホのカメラをスーパーファミコンに向けてみると、AR広告が次々と表示された。お勧めの中古ソフトはもとより、ブラウン管テレビの広告まである。いますぐにでもネットで注文できてしまう。だが、その値段が予想以上に高かったため、彼女は我に返ってわざとらしく咳払いした。こんなことをしている場合ではない。


 鈴花はなんのために秋葉原にきたのかを思い出した。ただ、いまだに半信半疑だった。榎本が筋の悪い情報屋に騙されているのではとすら思う。


 神村カレーを検索してみても、店の評判すら出てこない。どこのグルメ情報サイトにも登録されていないし、SNSでの情報発信もしていない。いまどき連絡手段は固定電話だけだ。


 なので鈴花は、アルバイトの件で事前に電話を入れておいた。


 明るく人当たりが良さそうな女が出て、すぐに面接してくれることになった。電話で会話したのが神村籐子なのだとしたら、それが飛び切り腕の立つ殺し屋だということになる。


 鈴花は地図アプリで検索したルートを頼りに、神村カレーを探し出した。


 駅から少し離れた場所にあるその店の外観は落ち着いた印象のスクラッチタイルで、カレー屋というよりは雰囲気のいい純喫茶に見えた。


 慎重にドアを開くと、ドアベルが優しげな音を鳴らす。


 店内から鋭い視線を向けられて、鈴花は思わず息を呑んだ。反射的に自動拳銃を抜くべきかどうかを考えて腰の後ろに手を回し、持ってきていなかったことに舌打ちする。


「おお、本当にきたねえ」

「ほら、だから言ったじゃんかよー。冷やかしじゃないと信じていたよ!」


 カウンターだけの店内で、一人だけいる客とエプロン姿のエルフ――チラシのとおりだとすれば神村籐子だ――がそんなことを話していた。


 客のほうは見た感じ魔王因子中毒者チタニア・ジャンキーではなさそうで、猫背の痩せた女だった。

 眼鏡とそばかすが実に野暮ったく、鈴花は少し親近感を覚えた。


「これから面接なんだから、カトレアはさっさと帰ってよ」

「やれやれ。それがこの店のほとんど唯一の客に対する態度とは思えないねえ」

「勝手にお酒持ち込んだりする不良客のくせに。店が流行ったら絶対に出禁にしてやるから」

「それならアタシが死ぬまで大丈夫そうで安心だよ」

「ぐぬぬー」

「おい、塩を撒くな――って、カレー粉じゃないか。ひどいことするねえ」


 カトレアと呼ばれた客はカレー粉まみれになって、渋々とスツールから立ち上がった。

 鈴花とすれ違って外へと出る際に、まじまじと顔を覗き込んでくる。


「なんでしょうか」

「ふむ。美人のハーフエルフちゃん。採用されたらまた会おうねえ」


 にへらと笑って、彼女は店を出ていった。酒とカレーの匂いを纏ったまま。


「あの、お客さんにあんなことをしていいのですか?」

「いいのいいの。それよりよくきてくれたねー、えーと、一ノ瀬鈴花ちゃん!


 カウンターから出てきた神村籐子は、チラシよりも何倍も美人に見えた。

 長く尖った耳といい、エルフとはこうあるべし、という完璧さだ。


「ごめんねー。カウンターしかないんだよ。まあ座って」

「はあ、あの――」

「本当によくきてくれたねー。見てのとおりちっとも流行ってないんだけど、あ、バイト代は大丈夫だよ。副業があって、そっちではそこそこ稼いでるからね。心配しないで」


 その副業とやらはマフィアとしての仕事だろうから、むしろ本業なのでは、と鈴花は思った。


 カウンターに肩を並べて座ると、神村籐子が改めて言ってくる。


「あたしが店長の神村籐子です。よろしくね。あ、籐子でいいよ」


 弾けるような笑顔でまじまじと鈴花の顔を覗き込み、


「カレー屋で働きたいハーフエルフちゃんとか、むちゃくちゃ嬉しいよ。しかも可愛い。これはいい看板娘になるよー。はい、採用。履歴書とかはあとでいいよ」

「いえ、それは、あなたのほうが五万倍くらい可愛いと思いますよ」

「それは鈴花が謙遜しすぎだよ」


 もう下の名前で呼び捨てになっている。距離の詰め方が苦手なタイプだ。


「でも、もうちょっと愛想があるといいかなー」

「はあ、よく言われます。あの――」


 看板娘になるためにやってきたわけではないので、鈴花は榎本から言われたとおり新メニューとやらを注文しようとした。


「あたしは副業もそれなりに忙しくてさー、お店を開けてないことも多いんだ。だから留守のときにお店を任せておけるアルバイトちゃんを超募集してるんだよ」

「いえ、そうではなく――」

「え? ひょっとして厨房やりたい派? それは困った。ここはあたしの両親がやってたお店だからね。当時のレシピを再現できるのはあたしだけなんだよ」


 話がまったく噛み合っていないことに、鈴花は困惑した。

 ひょっとして、本当にカレー屋のアルバイトを募集しているのではないか?


 榎本、ぶっ飛ばすぞ。


 眉間に皺を寄せた鈴花を見て、神村籐子は焦ったようにして両手をわたわたさせた。


「あ、まってまって。辞退しないで。サイドメニューなら開発してもいいから。それでどうかな? 時給も円とドルどっちでも支払い大丈夫だし、まかないもあるよ。カレーだけど」

「はあ、もう、はあ――」


 目の前のエルフは本気で人手に困っているカレー屋の店長にしか思えず、鈴花はこめかみに手を当てて嘆息した。


「神村さん」


 なぜか少しだけ申しわけない気持ちになりつつ、真剣な顔で神村籐子を見やる。


「はい。あ、籐子でいいよー」

「わたし、この店の新メニューを注文しにきました」


 鈴花の言葉を聞いた途端、神村籐子はあからさまにしょんぼりした。


「えー……」


 笑顔を曇らせて、わざとらしく肩を落とす。


「そっちかー。こんな可愛いハーフエルフちゃんが、世も末だよ」


 彼女は腕を組むと、刺すような視線をこちらに向けた。


 本能的にぞっとして、鈴花は息を呑んだ。思わずスツールから腰を浮かしそうになる。なにかされても、すぐに対応できるように。


「でも、入ってきたときにさ、そうじゃないかとも思ったんだ。視線を感じて反射的に拳銃抜こうとしたもんね。身体に染みついてるのはいいけどさ、場合によってはそういうのは抑えられるようにしないとダメだよー。いまの反応もそう」


 まだまだだね、と彼女は言った。


 鈴花はようやく、目の前のエルフが榎本の言っていたとおりの女だということを理解した。


「あたしの推薦を受けたいんなら、戦争担当社員ってことだと思うけど」


 神村籐子はスツールから立ち上がると、少しだけ複雑そうな表情を浮かべた。


「あんまりお勧めしないけどなー。痛いし、キツいし、大変だよ? 一生できる仕事でもないしさ。絶対にカレー屋のアルバイトの方がいいよー」

「覚悟の上です。いままでいくつかの組織で兵隊をしてきました。わたしみたいなハーフエルフのチンピラには――」


 自分でそう言ってみて、鈴花はうんざりした気持ちになった。

 だが、いまの彼女の経歴はどこからどう見てもチンピラだった。


「〈ビスカム・デパート〉は憧れの組織です」

「チンピラかー。うっへへ」

「なにがおかしいのですか?」

「ごめんごめん。バカにしたわけじゃないよー。鈴花はチンピラにしては筋がいいよ。最初の反応だけでわかる。いい兵隊だ。鈴花でチンピラなら、大抵の組織の兵隊はゴミ以下だよ」

「そうでしょうか」

「うんうん。まー、あたしなんてそれで言ったらドチンピラさ」


 神村籐子は肩をすくめた。自嘲気味に笑う顔は、それでもどこか絵になる美しさがあった。


「どうしてもって言うなら仕方ない。戦争担当社員なんて誰でもすぐになれるよ」

「そうなのですか?」

「うん。実技試験に合格すればね。副支配人からの推薦枠はちょっと厳しいぜー」


 そんな話は榎本からは聞いていなかったが、引き下がるという選択肢はなかった。


「とりあえず、誰かと殺し合おうか」

「わかりました」


 神村籐子が告げた言葉に、顔色ひとつ変えずに答える。

 カール・F・ブヘラの腕時計に、鈴花は無意識に触れた。

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