(11) 兄
事件が世間にも大きく報じられるようになった後、私は一人で吉祥寺に来ていた。
「すんません、お待たせしました」
遅れてやってきた榊原は大して悪びれた様子もなく、相変わらずの調子でやってきた。
近くの居酒屋に入ると、榊原はやけににやにやしていた。
「なんかこうやって向かい合って座ると昔を思い出しますね! 取調室みたいっす。もしかして今から取り調べですか?」
私は今回の事件の全貌を榊原に話した。
K高校で発見された二人の女子生徒の死体。
横山姫美と渡辺京花。
横山は身元がわからなくなるほど無惨に何ヵ所も刺され、渡辺は頸動脈を背後から一掻き。
渡辺を殺害したのは生物担当の教師、川本楠男。
川本は事件当夜、横山姫美に呼び出されて現場に行くと、横山の死体とそこに佇むの渡辺を発見した。
渡辺は川本が姫美の姉である久留美へ好意を抱いていることを何らかの形で知っていた。
渡辺は姫美を殺したことによる罪の意識、主に久留美に対するものだが、自分も死のうと考えていた。
そこに現れた川本に対して、目の前の死体が姫美ではなく久留美だと嘘をつき、川本を激昂させた。
その状況下で恐らく敢えて背後を向けたのだろう。川本に自分を殺させた。
「ちょっといいすか? なんで二人はその現場に居たんですか? そもそも京花はなんで姫美ちゃんを殺したんです?」
この先は当事者が二人とも死んでいるため推測の域を出ないが、久留美と姫美、どちらも人当たりが良いことは間違いないが、姫美の写真を見た者は誰もが彼女を辟易していた。
中には双子と知らない者もいたが、妹の姫美を指している時は、男遊び、援助交際、それを渡辺に教えたとも、悪魔だとも言われていた。
久留美が善良な人だとすると、姫美はそこに裏の顔を持ち合わせていた。
姫美は渡辺に久留美への好意や学校外の行動を口外するなどと脅し、渡辺を事件現場に呼び出した。
そして、何かに利用するつもりだったのか、川本も現場に呼び出した。恐らく久留美への好意も知っていたのだろう。
渡辺は初めから彼女を殺すつもりか、脅すつもりだったのかはわからないが、包丁を家から持ち出し、結果的に見るも無惨なまでに姫美に憎しみの刃を振るった。
「相当悪いやつですね、姫美ちゃんは。でも僕聞きましたよ。京花の同級生だって言ってた、ほらあのピアスじゃらじゃらの子。真面目で有名だった子がそんな男関係の道に走ります?」
渡辺は久留美に対する好意に自分でも困惑していたのだろう。
女が女を好きになる。渡辺は自分自身を受け入れられず、女であることを確かめるかのように男遊びに走ったのではないだろうか。
ただ私にはまだ一つ疑問が残っている。
「離れている家族のお兄さんが京花に乱暴ですか。確かにそんな経験のある子が男と遊ぶだなんて考えにくいですね」
私は久留美が話していたその点だけ、渡辺が嘘をついていたのではないかと思っている。
「で、なんでそれを僕に?」
私はシラを切るのは辞めるよう榊原に言った。
私は知っている。この男こそが|渡辺京花の兄だということ《・・・・・・・・・・・・》を。
榊原は心の底から嬉しそうに笑い、それがとても気味が悪かった。
「僕が思うにみんな勘違いしてますね。京花、あ、僕さっきから名前で呼んでましたね。まあいいです。わかってると思いますが、僕が彼女に乱暴していたという話、あれは否定しません」
私はこの男がそういう人間だと分かっていても、笑みを作りながら話すことが理解できなかった。
私は彼がまだ高校生の時、強姦未遂で逮捕している。
「これは僕も推測ですが、彼女は自分を売ったりはしてないと思います。せいぜい遊んでたくらいでしょう。まあ男と歩いてたのは、この辺で知り合った奴らじゃないですか?」
私はこの前、榊原と共にいた渡辺の中学の同級生という若者の話はどうなのか訊くと、榊原はそんなことかと軽く笑った。
「あの話は僕が流したんですよ。京花を追い詰めるためにね」
渡辺は男を恐れながら、女性を好きになってしまった自分を否定するために自ら榊原が流した噂を受け入れたというのだろうか。
「それくらい京花に言わせることなんて適当にツレに頼んで脅しといてもらえば楽勝ですからね」
私はなんのためにそんなことをしたのか問いただした。
「そんなの、あの女を後悔させてやるためですよ。僕と父さんを捨てたあの憎き女をね」
女とは母親のことを指しているようだ。
「僕と京花は血は繋がっていない連れ子同士の兄妹です。あの女は父さんと再婚して、僕も仲良くなろうと努力しました。でも結局離婚ですよ。まあ初めから信用はしてませんでしたけどね」
あぁ、憎いなぁと榊原は半分笑いながらぶつぶつと呟いていた。
「僕ならともかく父さんを捨てるなんて甚だおかしい。あんな良い人この世にいないっすよ。だって僕のために保険金を残して死んでくれたんだから」
どこまでもこの榊原という男が理解できなかった。
母親へ憎しみぶつける道具として、渡辺を使ったということ、たったそれだけのために彼女を巻き込んだということが、とても人の行動とは思えなかった。
私は、人とは自分の理解できる範疇を越えたものを目にすると、恐怖をおぼえることを知った。
私はこの男と対峙することに耐えられず、金を置いてほとんど逃げ出すように店を出た。
席を離れるとき聞こえてきた彼の言葉が、今でも耳を離れない。
「呼び出すまでは上手くやってくれたみたいだけど、死んじゃうのは想定外だったよ、姫美」




