尚美と正人 その6
血の滲む足を引き摺りながら必死に走る。その姿に行き交う人々は奇異な視線を向ける。正人の心臓があり得ないほど早鐘を打っているのは、久々に身体を動かしているせいだけではない、数年振りに見た両親の姿に動転し
パニック状態に陥っている
父親が会社を経営していたせいで、正人は幼い頃から後継者として周囲のプレッシャーに晒されて来た。
来る日も来る日も習い事に終われ、友人も親が認めた人間しか許されなかった。
そんな生活の中で唯一の息抜きが絵を描く事だった。
絵を描く事に没頭している時だけは、日常の嫌な事を忘れられた。小学生の頃、県のコンクールで入賞した時には珍しく両親揃って大喜びしていた姿は素直に嬉しかった。しかし、正人の唯一の息抜きは全て奪われてしまう事となる
進路を決める際、正人は意を決して美術大学へ進みたいと両親に告げると母親はショックで引き付けを起こし、父親は怒鳴り散らしたあげく画材道具とこれまで正人が描きあげた作品全てを燃やしてしまった。
その中には小学生の頃に両親が大喜びで誉めてくれた、コンクールで入賞した絵も含まれていた
子供の頃はあれほど誉めてくれたのに、大人になり職業としようとすると許されないのは何故なのか…燃え尽きて灰になっていく情景は正人の心を壊していった
それからの正人は命令される様に決められた大学を受験し高校の卒業式終了と共に行方を晦ました。見付からない様にあちらこちらを点々とし公園で寝泊まりもした。逃げ回るうちに何年経ったかも、もう分からない
あの夜に尚美と出会い、初めて心が安らぐ相手が存在すると知った。それなのにあの2人が現れた。
きっと、また自分の大切な物を奪おうとしているに違いない。あの絵の様に尚美が扱われたら…そう思うと恐怖が全身を駆け巡る。奥歯はガチガチと鳴り、傷だらけの足は上手く上がらず縺れてしまう。
「うわっ!!!」
正人の薄い身体はコンクリートの上を転がって行く
「ま、正人…待って…お願い…」
縋るように呼び掛ける声に慌てて身体を起こすと、必死に迫って来る母親の姿が目に入る
「来るな!もう俺の事は放っておいてくれ!!」
声高に叫ぶ声は微かに震えるている。追い付きそうな母親を振り切る様に正人は勢いのまま道路へと飛び出して行く
「正人!!危ない!!!!」
空気を切り裂く様な母親の金切り声と車のブレーキ音が響き渡る。弾かれた正人の身体はアスファルトの上に強く叩き付けられた。母親は我が子の最後の姿に叫声を上げ倒れ果てた




