尚美と正人 その3
身体に纏う冷気に堪えきれず伸びた手は無意識に布団を探す。しかし何かが可笑しい。ベッドで寝ているはずなのに肌に感じる固さの違和感、それよりも手に触れる畳の様な感触…一人暮らしのマンションはフローリングのはずなのに…夢うつつに感じる疑問は徐々に意識を覚醒させていく。薄目を開けると見慣れない室内と異様な寒さで飛び起きる
「どこ、ここ!!!何この寒さは!!!」
「あっ…おはようございます…」
尚美の大きな叫び声に壁に凭れる様に眠っていた男が目を覚ます
「あ、あんたは昨日の…えっと…矢野くんだっけ?」
「はい。あの…寒かったですよね。布団がそれしかなくて…すいません」
「布団…」
布団と言う言葉に尚美は言葉が詰まる。なぜなら正人が布団と呼んでいた物は、積み重ねられた段ボールに布が掛けられただけの敷布団に毛布が1枚だけの代物だったからだ。この寒さを凌ぐには当然足りる物では無かった
「いつも、これ1枚で寝ているの?」
震える身体に毛布を巻き付けるが寒さが和らぐ気配は一向に無い
「ダウンを着て寝れば、結構大丈夫ですよ」
「…そう」
どうやら家の中でもジャンパーやコートを着て過ごすのは当たり前のようだ。現に今も黒のダウンジャケットを着ているし、尚美の服装もパンツスーツにウールのコートのままだった
「すいません…スーツは皺になるから脱がせるべきなのか考えたんですが…この部屋は寒いし…見ず知らずの女性の服を…その、脱がすのはやっぱり…」
「あっ!いや、大丈夫です…これで全然よかったです」
むしろ服を着ていた事に尚美は安堵した
「あと…僕の家に連れて来てしまったのも…昨日、何度も起こそうとしたんですが…お酒を飲まれていたせいか…起きてくれなくて、それで仕方なく連れて来てしまいました…すいません、こんな寒くて汚い部屋で…でも変な事はしてませんし!何か盗んだりもしてませんから!!」
これまでずっと控え目な物言いだった正人が強い口調で言い切る
「だ、大丈夫です。疑ってなんていませんから…」
枕元に視線を向けると見慣れた鞄とスマホがきちんと置かれている。手に取るとスマホのディスプレイはAM6時を示していた
「いけない!仕事があるから帰らなきゃ!!」
尚美は慌てて立ち上がると辺りを見回して玄関の場所を探す。ワンルームの部屋のため玄関は直ぐに見付かった
「ごめんなさい。お詫びとお礼は仕事が終わってから、改めて来るから!!夜は家にいる?」
「いえ、そんないいですよ。気にしないで下さい」
「そういう訳にはいかないから。何か美味しい物でもご馳走するからさ!」
「"ぐぅ~~っ"」
尚美の言葉に正人の腹からは返事の様に音が鳴る
「あっ…これは…違っ…すいません」
よほど恥ずかしかったのか、正人は首まで赤く染めたまま俯いてしまう
「アハハハッ!21時頃になると思うけど、期待しておいて~」
そう言い残すと尚美は勢いよく飛び出して行った




