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左回りの人時計  作者: 白福あずき
第四章
29/30

第8話 雪

 一段と冷え込む今日は、今年一番の寒さになると朝のニュースで言っていたのを思い出す。

 寒さに凍える手を擦り合わせては、息を吐き出す。その息が空気を白く染めた。

 毛玉のついた学校指定のセーターを指先まで伸ばして暖を取る。ブレザーの袖口の糸がほつれていた。高校三年間、ほぼ毎日のように着ていた制服はすっかりくたびれていた。

 受験を控えた高校三年生、十二月。あの日からもうすぐ七年が経とうとしていた。

 俺は今教師になるために受験勉強に追われている。

 雪斗が死んでからというもの、本当に色々な事があった。

 十一歳という若すぎる死は周りを驚かせ、葬式には親戚から友人、先生まで沢山の人が雪斗を送りに来た。

 俺はただそれをぼうっと見ていることしかできなかった。しばらくは実感が湧かなかったのだ。

 雪斗はまだ目の前にいて、確かに存在しているのになんで死んだのだろうと。眠っているだけにしか見えない穏やかな雪斗の顔は、いつか目を覚ますのではないかと思わせるには十分だった。

 しかし火葬場に着いたときに、やっと人の死というものを感じた。

 ああ、雪斗が行ってしまう。

 そう思った。

 俺の肩を抱く父親の大きな手が震えていて、本当に死んでしまったんだとやっと理解できた。

 もう二度と目を覚ます事はないのだと。もう永遠に戻ってくることはないのだと。

 火葬が終わって骨だけになった雪斗を見たとき、言いようのない喪失感に襲われた。変わり果てたその姿に言葉を失ってしまったのだ。

 きっとこれから生きていく上で“人の死”というものは、避けて通れない道なのだろう。

 あと何回、人の死を見るだろうか。

 あと何回、人を送り出すのだろうか。

 それは誰にもわからない。

 もしかしたら送り出されるのは自分の可能性だってあるのだから。

 最初は医者になろうと思ったんだ。雪斗と同じ病気で苦しむ人たちを救えるような医者になりたかった。

 でも勉強の苦手な俺にはとても実現できる夢ではなかった。

 だから教師になろうと思ったんだ。七年前家族を失った俺のような子供に、手を伸ばしてやれる大人になりたい。生きることに迷う子どもの導になりたい。

 なんて、こんな大層な夢を聞いたら雪斗は笑うだろうか。

 俺に向いているかはわからないけれど、それでもきっと雪斗は応援してくれるんだろうな。


 雪斗、どっかから見てるか?

 俺もうすぐ大学生になるんだぜ。笑っちゃうよな。

 落ち着きがなくて、わがままで周りを困らせてた俺が大学生だなんて。

 なあ、ユキ……。

 俺はちゃんと大人になれているだろうか?

 お前に恥じない大人に。

 なんてまだ二十歳にもなってないんだ。

 気が早いと、それこそ馬鹿だと笑われてしまうな。


 五年後、十年後、俺はどんな大人になっているだろうか。

 お前のいないこの世界で、俺はどんな人間になるのだろう。

 雪斗のいないこの世界で、ちゃんと息ができているだろうか。


 この数年で俺はたくさんの人に出会ったよ。

 友達、先生、近所のおじさん、それからバイト先の先輩たち

 ……あと、好きな人にも。

 そしてたくさんのモノをもらったよ。

 友情とか信頼とか、愛だなんて言ったらきっとお前はクスクスと笑うんだろうな。

 でも俺は本当に両の手に抱えきれないほどのモノを貰ったんだ。

 だからふと考えてしまうんだ。もしここにお前がいたら、俺が抱えきれないこれらを一緒に持ってくれただろうかと。


「あ、雪……」


 ちらちらと空から舞い落ちる白い結晶は、俺の手のひらでその姿を消す。

 まるで雪斗が『大丈夫だよ』と俺に語りかけているようで、少し泣きたくなった。


「おーい!冬馬ー!!」

 同じ制服に身を包んだ悠星が遠くから俺を手招きしている。

「今行く!!」


 なあ、雪斗。

 見ててくれよ。

 俺は俺らしく生きてみせるから。精一杯生きてみせるから。

 だからもしもう一度会うことができたなら、俺の話を聞いてくれよ。

 とても一日では話しきれない、この色濃い人生の思い出を。

 まあ、それはもっとずっと先の話だろうけどな。


 静かに降り積もる雪に、まるで雪斗が隣にいるような感覚になる。

「冬の匂いだ」

 肺いっぱいに吸い込んだ空気が、どこか雪斗に似ていた気がした。

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