第6話 夢か真か
夏の暑さに干からびた大地を潤すように、夏の雨は数日間降り続いた。気温は急激に下がり蝉も驚きその身を隠し、久しぶりの涼しさと静けさが訪れた。
地面を叩きつけるように降りしきる雨は、時に窓を打ち付けては音を奏でた。ぴちゃ、ぴちょん、コンッ、ポツ、カツン。アスファルトを打ち付け、窓を叩いて雨樋を弾く。様々な音が混ざり合い、重なり合って雨を飾る。
新しい音が見つかるたび、オレの意識はそちらへと向けられた。それでも視界に映る雨は激しく降り続ける。まるで止むことを知らないように、雨が止むことなどないように。
しかし、オレはそんな天気に安心していた。病院にお見舞いに行けない理由ができて安堵している自分がいた。
たくさんの機械に繋がれた雪斗の姿を見るのが嫌で、オレは現実から逃げるように家に閉じこもった。残り僅かな夏休みの宿題に取り組み、ただ一日が早く終わるとことを待っていた。もちろん宿題は捗らず、時間を持て余しているのだけれど。
それでもふとした時に窓から空を見上げては、夏の眩しい日差しに恋しさを覚えた。
隠すように広がる灰色の雲はずっと、ずっと奥まで続いている。それが先の見えない未来を暗示しているようで、オレはなんだか嫌な予感がした。
五日間降り続いた雨はようやく上がり、白い雲の隙間から青い空が覗いていた。久しぶりに顔を見せた太陽はギラギラと濡れた地面を照らしている。これではすぐに濡れた屋根も土も乾き、あのむせかえるような暑さが戻ってきそうだ。
「夏祭り?」
太陽が昇りきった昼過ぎ、悠星から電話がかかってきた。
「ああ。八月の第四日曜日に毎年お祭りがあるんだ」
お祭り、その響きがなんとも夏らしさを感じた。
第四日曜日といえば、ちょうど今日。
今年はまだお祭りに行っていなかったなと記憶を辿る。
「冬馬も行くだろ?」
「うん、行く!どこでやるんだ?」
並ぶ屋台と、食欲をそそる焼きそばやイカ焼きの匂いを想像する。するとグーッとお腹が空腹を訴えた気がした。
「冬馬ん家の近くだよ!高台を登ったとこの神社のすぐ近く!」
悠星が電話口で一生懸命場所を説明する。
「神社?」
「あれ、知らない?冬馬の家の裏手にある坂道を登って行くと古い神社があるんだ」
「し、知ってる……」
悠星が言う神社とはおそらく、あの狛犬のある神社のことだ。
「確か神社の名前は……、時宵神社」
「とき、よい……?」
「変な名前だろ?俺もよく知らないんだ」
オレは石造りの長い階段を思い出した。どっしりと構える鳥居に、向き合う二匹の狛犬。そして壊れかけた社。
「なあ悠星……」
頭の中に流れる景色が古びた神社から、緑が生い茂る森の中へと移り変わる。木々の隙間を縫って差し込む光は目も開けられないほど眩しい。
「その神社の森の中に……、時計屋さんってあるか?」
溢れんばかりの光を浴びて、静かに佇む小さな家。いや、お店と言うべきか。
とても繁盛しているようには見えないその店を思い浮かべて、電話越しに友人に尋ねる。
悠星は淡々と答えた。
「時計屋さん?そんなものないけど?」
オレは思わず受話器を落っことしそうになった。
慌ててそれを握り直し、耳に当て直す。
ない、そんなものは存在しない。もし悠星の言っていることが正しいとするなら、オレが見たものは何だったというのだ。
あの所狭しに置かれた沢山の時計も、規則正しく振れる振り子も。そしてあの何もかも見すかすような瞳も、すべて幻だとでもいうのか。なにより雪斗の『残り時間』を示したあの時計も。
『"人ならざるモノ"とでも言っておこうか』
トキセの言葉を思い出す。
彼の言う”人ならざるモノ“とはいったいなんだというのだ。幽霊か怪物か、それとも妖怪の類だとでもいうのだろうか。
家の中なのに足元を冷たい風が通り抜けた。
それは知ってはいけないような気がした。それでも確かめなければいけない気もした。
「冬馬?」
悠星の心配したような声が受話器の向こう側から聞こえる。
「悠星、ついて来てほしい場所があるんだ」
心臓が忙しく脈打ち、顳顬には冷や汗が流れた。
うるさい心臓を落ち着かせるように深呼吸を一つして背筋を伸ばす。
確かめに行こう。オレが見たものが夢なのか、現実なのか。きっともう一度行けば答えは出る。
今日の夕方、家の近くで待ち合わせをして電話を切った。
部屋に静けさが訪れる。
外には白い雲が広い空を自由に泳いでいた。




