4月8日(月) プリン狂想曲
今、部室は険悪なムードである。 真彩がテーブルに突っ伏しながら隣にいる楽の背中をバシバシ叩き、詩子は自分のスペースでこの世の終わりだと思わせるぐらいに落ち込み、円はそれを見ておろおろしている。
「ふふふ……もしかすると世界は明日には滅ぶかもしれないね。 いや、滅んだことすら解らずに地球は無くなっているかもしれない!」
「詩子さん、とんでもないことをサラッと言わないで下さいよ」
「だって、真彩があんなに怒るなんて思わなかったんだ……」
テーブルには空になったデザートの容器が一つ。 パッケージには『食べるな 真彩』の拙い文字が書かれた紙が貼られていた。
「真彩ちゃん。 詩子ちゃんだってさっきから謝ってるんだからさぁ……」
「うるちゃい! そういう問題じゃねーんだよ! ……ぐすっ」
「じゃあ、何が問題なんですか」
「人が買ってきて張り紙までした『食うなアピール』全開のプリンを本人の目の前で食ってのける芸当が許せねぇんだよ! ハンターか! シーコは腹を空かせたハンターかっての!」
楽を叩く勢いが更に増す。 と、同時に楽も痛みを訴え始めた。
「ちょっ! 痛い! 痛いです、真彩さん!」
「うるせぇ! お前の身体の痛みなんざ私の心に比べたら大したことねぇよ!」
真彩が涙目になって叫ぶ。
「……」
無言で席を立つ詩子。
「う、詩子さん……?」
「プリンを……」
「プリンを?」
「プリンを作ってくる!」
詩子は制服の上着を脱ぎ、シャツの袖を捲くった。
「えぇーっ!?」
「詩子ちゃん! 大丈夫なの!?」
「……やってやれないことはない! さらばっ!」
二人の言葉もそこそこに聞いて、詩子は部室を飛び出して行った。
「真彩さん、どうするんですか? 詩子さん、家庭科室に行っちゃいましたよ」
「……」
反応が無い。 そういえば、先ほどから背中も全く痛くない。
「真彩さん?」
楽の隣では泣き疲れたのか寝息をたてて眠る真彩がいた。
「こ、子供か……」
「うにゃあ……」
その言葉に反応したのか、再び背中を叩かれる。
「いたっ!」
「余計なこと言っちゃダメだよ、楽君」
「すいません……」
円に背中を摩ってもらい、一息つく。
「それで、詩子さんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫って……?」
「プリン作るって言ってたじゃないですか。 経験とかあるんですか?」
「無いよ」
「無いんですか!」
その言葉に無言で円が頷く。
「詩子ちゃんはね、料理が下手くそなんだよ。 料理本見てもまともに作ることが出来ないぐらい。 楽君が娯楽部に入るずっと前にケーキ作ってもらったんだけど……」
「だ、だけど……?」
「……お、美味しかったなぁ」
明後日の方向に視線を泳がせる円。 その言葉に引き寄せられるかのように詩子が部室の扉を開けて戻ってきた。
「出来た!」
「はやっ!」
「詩子ちゃん……それって……」
円が指を指したのは詩子が握っているビニール袋だ。 何やら沢山のお菓子が詰め込まれているのが見える。
「プリンを作ってくるんじゃ……」
「最初はそのつもりだったんだけど、材料どころか使用許可を貰ってなかったからね。 全力で走って近くのコンビニまで行って来たんだ」
袋をテーブルの上に置いて、座椅子に座る。
「こんなので許してもらえるとは思ってないけど」
「大丈夫ですよ、真彩さんはそこまで心の狭い人じゃないですよ、きっと」
「……そうだね」
「あ、真彩ちゃんが起きるよ」
眠りから覚めてうーん、と背伸びをする真彩。
「……ありがとな、シーコ……」