十五号車 『ヒア・カムズ・ザ・マフルド・サン』
――指差喚呼を行い、その場を離れ、ガラリオさん達の元に歩み寄った。
「本当にお世話になりました。……何か、多大なご迷惑をお掛けするに至ってしまいまして……不徳の致すところと申しますか、『遷魂』の極みと申しますか……」
……実際、あれこれ極み散らかしてるしなぁ……
「事情が事情なだけにな……中央周域に異常を感じられた導師に供をして十日足らず、昨日からの光の柱の正体が、お主達で安堵したぞ……幽明の門から古竜でも罷り越したかと、肝を冷やしておったからな」
「導師が一人でも参る……とか、聞かなくてなぁ……しかし、結果すげえ物を見ることになったぜ5……」
「おお、この神々しさ……神馬の名を受け継ぐに相応しい巨躯……これを拝めただけでも暁光であろう」
「そんな風に言っていただけるとは……拝謝の極みです」
「わははは! 気にせずとも良いぞ、我らも遣いの身だ」
「それにな、これから向かう魔導院には、あの導師の御同輩が割拠してるぜ……きっとショウ達の事、導陣を張って待ってるぜ」
……そんな不穏な事を言って、ニヤリと笑った。
「おい! 無礼にも程があるぞ! わははは!」
……ローゼルさんの御同輩……行って大丈夫なのか?……まぁ冗談と受け取っておこう……本当にわははを声に出す人、初めて見たかも……
「そうだ、ショウ、餞別代わりと言ってはなんだが、干し肉と導士糧だ。道中、必要になる。とにかく腹に入れる癖を付けるんだ。身が持たんぞ」
「はい、有り難く頂きます」……本当に助かります。
「道中、導師達を頼んだぜ!」
「エルリオン共々、粉骨砕身、尽力させて頂きます」
ポッポッーー!
エルリオンも汽笛で謝意を伝える。
「おお! 頼んだぞ!」
……汽笛に激励を返すガラリオさん達も、エルリオンに、魂の介在を認めている。
――ここは、そういう世界だということか……
剣があり、魔法があり、竜がいる。
騎士が二つ名を持ち、英雄譚や神話が歴史の一部だと云う……そんな世界だ。
果たして、俺がやっていけるだろうか……まったく見当もつかない。
……だが、何も出来ない訳じゃない。
――今、できることはすべてやったはずだ……あとは……
二人と別れ、デッキの横を通り過ぎてエルリオンの正面へ回り込んだ。
黄金に彩られ、あちこち変化はしているものの、昼に見たままの蒸気機関車だ。
――顔こそ無いが魂がある。
公園じゃ知りもしなかったが、今は退っ引きならない事情ってやつだ……
あれこれ知ってる感じになってる……
——『シゴナナ』……戦後直後の復興が始まった頃、広島生まれ。旅客用テンダ蒸気機関車、ついたあだ名は『貴婦人』……当時は最新技術を纏った3世代目……新潟から始まった旅も、時代の波に流され流れ、九州から遠くは北海道まで……窓にはその名残が今でもはっきりと残ってる……
……蒸気機関から電気やディーゼルへの過渡期を走り抜け……日本の北から南まで、全国を駆け巡った生涯だった……
日本海の荒波を……壮麗な山々を……厳しい雪の大地を見つめた日々も今は昔……
……罐は冷え、やがて線路を降りた。
引退後は公園で、相棒になったスハフ32とのんびり子供の遊び相手……
俺も小さい頃は乗って遊んだもんだ。……少年だった俺の少年の心は冒険の旅をしていたのだろう……いつの頃からか足は遠のいた……今は記憶の彼方だ……
まぁ、でも……もう、お疲れ様って感じじゃなくなったよな?
――せっかくのご招待だ、忘れてた旅の続きを始めようか……
……これか――
「……っおお! 開いたわい! ショウよ! いつ走るんじゃぁ!? 儂ゃ待ちきれん!」
「導師! 窓は閉めてください!……ポラール! なぜ開け方を教えたんだ……!」
――せっかくカッコつけてたのに台無しだ……!
ポッポッ
お? 気にするなってか? 優しいんだな……
……あの時にはもう魂を……?
ポッーー!
……そうなのか……あそこでずっと、この時を夢見てたのか?
ポッポッーー!
……ならば行こう。
行ける所まで……
きっと何かが待ってる筈だ。
ポッポッーーー!
旅立ちの門出だ。
両手で作るファインダー越しにエルリオンを捉える。
「スマホがあれば記念に撮っておくんだけどな……」
――手帳が震えた。
取り出すと頁が開いて魔導陣が展開した。……なんだ?
――真眼二儘象ヲ映セ
……? どういう……?
不意に思い立ち、裏表紙の魔眼を見た。……眼が合った。
「……こういうことか?」
魔眼をエルリオンの正面に向けた。
すると、魔導陣が目紛しく変化する。
格子螺旋が次々に精緻に展開してゆき、それが極まった瞬間、パシャリ、と音を鳴らした気がした……頁が捲れた音だ。
「……へ?」
頁が捲れ、魔導陣と魔炎が霧散した後には、頁いっぱいに黄金のエルリオンの姿が写されていた。
「……撮れた」
……カメラになるのか……まるでスマ……やっぱこれがあのスマホなのか……
あぁ、あのスマホ……いや、コレか……高かったのになぁ……いや、それをいうならスマホどころじゃない、仕事も……全財産置いてきた……
……でも、全部なくしたわけじゃない。
人生まだまだ続きがあるなら……賽は投げても匙を投げるわけにはいかない……
竜が居ようが居まいが、生きていくために必要なことなんて大して変わらない。
今はとにかく現状を認識しないと……当面の目標は衣、食、住の確保か……
ポッーー! ポッーー! ポッーー!
……励ましてるのか?
……もちろん魔石もな!
――よし。
気持ちの踏ん切りはつけた。
デッキに上がると準備はすべて整っていた。
列車の状態を示す魔導陣が随所に展開されている。
目で確認開始を促すと新たな魔導陣が展開する。
次々に指差喚呼を行う。それに呼応して魔導陣が展開しては役目を終えて消えてゆく。
――目的地は魔導院。
何故か真っ直ぐ正面に位置する。
直進あるのみだ。
魔導汽罐が唸りを上げている。
魔力を帯びた蒸気が列車を駆け巡っている。
ペダルを踏んで焚口戸を開く。
正魔力特有だという圧を感じる。
火室中央では魔力の塊が胎動するかのように燃えている。
……いいだろう!
ペダルを離せば、圧搾空気が吐き出される音と同時に焚口戸が閉じる。
――結界が通気孔からの魔力圧を遮る。
列車の魔力影響範囲内にアナウンスする。
口元に魔導陣が展開。この魔法世界のマイクだ……これから幾度も使うことだろう。
――職能が必要事項を語らせてくる。
「……皆様、大変お待たせいたしました。
本日は魔導列車をご利用いただきまして、誠にありがとうございます。
本列車は、冥界中央周域発、魔導院行き、エルリオン号です。
本列車は、魔導蒸気機関車エルリオンを先頭に、客車一両の二両編成で運行いたします。
なお、本列車は通常の旅客運行、及び走行性能の確認を兼ねております。速度試験及び魔力消費その他の確認を行うため、通常より速度を上げる場合がございます。
お客様へのお願いです。走行中は危険ですので、窓から手や顔、髭や杖をお出しになりませぬようお願いいたします……不用意な魔法も謹んで頂きますよう重ねてお願いいたします」
……言わされてる感が拭えないが、よく噛まずに言えるもんだ。……これが技能か……俺のお気持ちも加味されていたが。
――さて、時は来た……これがなければ始まらない……いや、始められない……
スハフの方から誰かの歓声が聞こえた。あの人だ。
ポォッーン……
――エルリオンから発車前確認の合図が来た。
運転台に並ぶレバー類が挙動を始める……エルリオンが動き出す。
……逆転機のレバーがガチリと中立へ動く。
レギュレーターは、カチ、カチ、と押し戻され、閉じる。
ブレーキ弁が緩解から制動側へ、シューと息を吐いて圧力計の針を動かす。
再び緩解へ戻るとそれに針も追従する。
……自動演奏のピアノのようだ……
展開した魔導陣が異常なしを告げ、波紋のように消える。
シリンダーのドレンコックが開かれ、魔導陣が確認の待機状態で展開する。
ブロワーバルブが開けられ、火室内の負の魔力が強制排出される。
役目を終えた負の魔力が、煙突から空へ吐き出される。
――焚口戸の通風孔から伺える正魔力の魔炎が、勢いを増した。
魔導蒸気圧計の針がそれを肯定する。
展開した魔導陣は、阻害要因の解消を告げて消えた。……良好だ。
――道なき道を行くとはいうが、線路なき鉄道ってのはいただけない……
……準備が完了した。デッキの開口部から身を乗り出して、列車前方の地面に2メートル強の魔導陣が展開するのを確認。
そこから広がる魔力の波が、列車の真下を後方まで、魔導陣を点々と、次々に敷き詰めていった。
……石切りの波紋が澪を引くかのようだ……
前後方向に一両分ずつ、等間隔で連なる魔導陣による道だ。
その完成を待っていたかのように、エルリオンは煙突から盛大に魔導蒸気を吹き上げた。
ボゥーーーー!
長めの汽笛が響くと同時に、安全弁から、シリンダー弁から、そして煙突から、魔力を帯びた蒸気が吹き上がった。……列車は魔導蒸気を纏う。
足元にも振動が伝わり、デッキ内に吐き出された蒸気が流れ込む。
――大量の魔導蒸気が凝結水を吐き出させ、魔力に還す。待機状態だった魔導陣がそれを告げ、消えた。ドレンコックが閉じる。
蒸気のシュッシュという短い排気音が鳴り続ける中、地表に連なる魔導陣の黄緑の魔炎が大きく立ち上った。徐々に勢いを増して行き、列車の車輪が魔炎に埋もれた頃……
ポォォッーー!
警笛を一声、エルリオンからの注意喚起の意思を感じる。
一瞬、軽い浮揚感に襲われる。
……ピストンから、動輪から、連結器から、列車のあちこちがガチャガチャ鳴り始める……
――列車は敷かれた魔導陣ごと、ゆっくりと浮かび始めた。……蒸気を吐き出す短い排気音が激しさを増す……そのまま、二メートルほど浮き上がった。
――そこで再び汽笛が響いた。
ポッーーー!!
エルリオンが軌条を召喚した。
――前方より風が一陣……
列車が纏っていた蒸気を、辺りの薄靄を巻き込んで吹き飛ばした。
それを露払いに、浮かび上がった列車と魔導陣の間を、前方から後方に向かう二条の魔炎が走り抜け、その軌跡を残す……
そして、それが消え去るとそこに、黄金の軌条が姿を現した。……ぬらぬら輝きを放ち、なかなかに美しい。
「軌条、召喚よし!」……安定の指差喚呼だ。
ポッーーー!
汽笛が軌道の完成を告げた。
「魔導軌道よし!」
その軌条の上に車輪が触れる――拘束の魔導陣が展開してガッチリと喰いつかせる。
軽い振動があり、浮遊感が消える……
――魔導蒸気が再び噴き出し、汽笛が完了を告げた。
ポォォッーー!
「二両、停車位置よし!」
――線路が召喚された。
今の今まで、無いなぁ……と、薄々感じてはいたが、こういうことだ。
職能から得た知識がそれを納得させていた。
……そして今、眼前にレールが敷かれた。
ようやく鉄道らしくなった。
線路の上を走ってこその鉄道だ。
背後のスハフからは、乗客達がひどく興奮しているのが窺い知れる。……特に一名。
続いて、先程封じた乗降口の確認を促す魔導陣が、乗降口前に展開する。
デッキから乗り出し、それを確認。
「戸閉よし!」
さらに……、ローゼルさん達に目を向ける。
窓にへばりついて、なんとかこちらの様子を伺おうとしているようだが……
……まあ、いいだろう……
「客扱……よし!」
傍で呆然と見ていた置き去り組へ、デッキからしばし別れのご挨拶だ。
「それでは、お先に出発させていただきます! 後ほどラルゴーで!」
「……そうであるな……暫しの別れだが……再会の折には色々と聞かせてもらおう……
凄いモノを見……いや、――ラルグリアの加護があらんことを!」
「……おお! ラルゴーでな! ――ラルグリアの加護があらんことを!」
そういうと、片手を高く上げた……この世界でも別れ際には手を振るものらしい……
……俺も手を振った。
「お二人にも、ラルガ……? 加護があらんことを!」……何とかの。
――前方に向き直り、車窓越しに、出現した線路を見る。
「……さぁ、エルリオン、そろそろ行こうか」
ポーーーッ!!
デッキから乗り出して、前方に展開した、出発信号魔導陣を確認。
――進ムヲ了ス
――!……懐中時計にセットしてあったベルがジリリリリと鳴った。出発には御誂え向きだ。
――薄霞に指針を示すかのように、前照灯が前方を照らした。
……ならば……
果たして何が待っているのか……
「……出発、進行!」
ボォーーーッ!
――汽笛一声
ブレーキが解除される……逆転機のレバーがガチリと前進最大位置へ動く――加減弁が開かれた。
魔導汽罐から勢いよく、シリンダーに流れ込んだ魔導蒸気が、ピストンからクロスヘッドを経て主連棒、そして動輪へとエルリオンの意志を伝える。一瞬、前掻きのよに空転するも魔導陣が展開、レールに動輪を喰いつかせる。
ブラスト音を響かせて、徐々に速度を上げ、薄霞を押しのけながらゆっくりと前進し始める……吐き出された大量の魔力を帯びた蒸気は、黄緑色の魔力の残滓を纏って周囲に溶けてゆく――
皆の力を借りて漸く動き始めた列車は、黒曜の大地を、一路、外輪山へ向けて進み始めた。
目指すは魔導院、線路は真っ直ぐ伸びている。
曇天の分厚い雲の下、届かぬ朝日を背に出発した――
……ここまできたら乗りかかった船……じゃなくて蒸気機関車だ……終点まで付き合おう。
ポッーーー!
汽笛に耳を震わせながらあとを振り返れば、黄金に輝くレールの端が、役目を終えて魔力に還り、消えてゆく。
煙突から吐き出された魔導蒸気もまた天に昇って魔力に還る……置き去りの魔力の残滓はオーロラの幕を引いた……
――目で追えば、遥か後方で、竜の棲まうと云う険山が俺たちを見送っていた。
後最までお読みいただき、ありがとうございます!
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完成次第、『線路三 異世界道中鉄栗毛』を投稿します。




