第106話 因果応報
カルカッタ商会を率いていた男・マドラスは正面から負けた…
たった9歳の少年貴族に…
後ろ盾に関しては向こうの方が上だっただろう、だからこそこちらが掌握することで高めることも狙っていた…
それがあっという間に沈められた…
こちらとしては当然の要求のつもりだった…
香辛料の値段を釣り上げ、カレーで売り上げを伸ばすトム壱番屋に圧力をかけて有利な交渉を用いてレシピやシステムを奪うつもりだった。
相手は子爵家の三男、わずか9歳…カフェも含めて経営していることも含めて、只者ではないとは思っていた。
だからこそ慎重にスパイを送り込み、内情を探り仕掛けを施し、全てを手に入れるつもりだった。万が一にも子爵家当人が出てくる前に決着をつけて一瞬で…
値下げ交渉という場でいざ実行に移ろうとしたときに思わぬ攻撃を食らってしまった…
目の前にいたのは9歳の貴族少年とその従者として控えるメイドのみ…
何も恐れるものはないはずだった…
まず突き付けられたのは、ドン家を取り込むために仕組んだ最初の計画、当主の暗殺…
周到にいくつもの人を挟んで依頼をしたはずだったし、そんな証拠が出てくるわけないと思っていたから動揺が顔に出てしまった…
さらにドン家の跡取りに罪を着せた悪行の6点、それ以外でもやってきた賄賂、さらに送り込んだスパイ…
言葉が出なかった…
もはや小さな少年が何を話しているのか聞き取れなかった…
頭に血が上り、暴力に出るしかなかった…誤魔化すことのできない数々の証拠がどうにもできないことを語っていたからだ…
護衛も弱いはずがない…なかったはずなのに…
一瞬で5人が転がされた。2人が縄と鎖でメイドに縛られ後方にいた3人が見えない壁に押しつぶされていた…
信じられない…なんだこれは…何をしたんだこのガキは…
私は叫んだ!「乱心した!マイク殿が暴れだしたと!」
だがその声はどこに聞こえなかったらしい…
ドアも開かずどこにも逃げられない、万が一の暗殺者すら仕留められた…隠し扉も封じられ、私に差し出されたのは紹介を譲るという誓約書だった…
出来るわけがない、人生をかけて積み上げていった私の結晶を、努力を、10年も生きていない若造にくれてやらねばならないのか…
しかしそんな思いとは裏腹にその権利はどうやらなかったらしい…どこからともなく現れた騎士団にしょっ引かれ連行され牢屋にぶち込まれた…
あの少年にはしてやれたがまだ財産は残っている!ここからなんとしてでも巻き返して…
そんな風に思っていたが…全くだった…
全財産はとっくに失っており、かつてあった商会の人脈やノウハウ、流通網…すべて根こそぎ他の者に持っていかれていた…すべての汚名が自分に着せられ副会長のもと、新たなカルカッタ商会として活動していた…
かつて自分がドン家にしたことがそのまま自分に返ってきたのである。
当主に罪を着せたように、無気力感にした夫人の精神をむしばんだように、嫡男を道化のように操り弄んだように、すべてが自分に戻ってきた…
身だしなみを整えていたかつての姿はそこにはなく、無造作に伸びた髭や髪を生やし、ボロの服を着た男が牢屋に繋がれていた…
日中過酷労働にさらされ、かつて見下していたような連中と同じことをやらされ、食事は1日に1食、生気は日に日に失われていった…
全ての失敗をその牢獄から振り返っていた…虚ろな目で微かに見える夜空を見ながら…
〈フラグラーレ視点〉
トム壱番屋の支店が見事に成功…の兆しを見せていた最近、王都にその報告をしにイングランディーレ家の屋敷に来ていた。
応接室に通され、対応に出てきてくれたのはまさかの元公爵令嬢でもある子爵夫人ヴィータローザ様であった…
マイク様のことを伝えると嬉しそうに貴族とではなく親類のお姉さまに話していように錯覚してしまうほどであった。
そんな一幕を終え、マイク様が来た…ちなみに会合場所はカフェの予定であったらしいのだが、私が早とちりで屋敷の方を訪ねてしまった…申し訳ない…
「報告をきちんとしてありがたいけど、一応同格の貴族なんだから、ちゃんとしないと周りから変な目向けられるよ…」
「はい申し訳ありません…それにしてもマイク様でもお母上様には頭が上がらないのですね」
「やめて!この事業はほぼ家とは関係ないんだから、勝手に探ってくれるなよ…」
「…はい、それでは先に謝らせていただきます、先ほどマイク様の婚約者候補として名前を上げさせていただきました…」
「……誰が?」
「私が!」
「誰に?」
「マイク様に…」
「嘘でしょ?」
「本当です、検討しておくというお言葉いただきました…」
「マジか…王宮仕えの貴族から選ぶと思って排除しにかかってたのに…まさか身内から狙われるとは…」
「もう身内と思っていただいて光栄です!」
「そういう意味じゃねぇよ…」
意外と勝ち目が出てきたかもしれない…マイク様は私の家の当主になる人間を選びあぐねていた…
そしてその隙がマイク様を引き寄せられるきっかけになった…これを逃さなかった自分をほめてあげたい、マイク様をドン家に引っ張って来れれば、これまでの不景気を吹き飛ばせるはず…
マイク様さえ引き込めれば…
「なるほどな…フラグラーレに気を使ったのが間違いだったか…さっさと婚約させておけばよかった…」
「あの…さすがに最低では?私も傷つくのですが…」
「知らん!自業自得だ!オレの婚約者になったらいいように扱われるだけだからな!!」
「それでもかまいません!私を救ってくれたのですから、自由にしてもらうだけです!どうですか?かなり魅力的な提案ではありませんか?」
「…たしかに、アリよりではあるか…」
そういって考えてくれた…少なくとも今よりは近づける…そう考えていた‥
「ユニヴァース領に近いからなぁ~…いずれ兄にあげればいいし、それでもいいかなぁ~」
「え?ドン家は?」
「存在価値は土地だけじゃない?経済的なシステムはこっちが握っちゃってるわけだし…メリットはその辺りだと思うけど?潰れる未来になるかもね、オレを選ぶってことは…」
「…そんな……」
どうやら裏目に出たらしい…婚約者に選ばれるにしろ、選ばれずに相手を見つけるにしても、どちらも苦難の道が続いてるのは明白らしい…




